「俺、直美(ちょくび)でガッポリ稼ぐから。」
それが、彼の口癖だった。
高級スキンケア、美しい指先、そして、勝ち組の人生。
それが、彼の思い描く『美しい未来』だった。
けれど――
一人の少女との出会いが、その価値観を静かに、そして確実に変えていく。
これは、
形成外科医・渡辺翔太が
本当の「美学」に出会うまでの
最初の一歩。
形成外科医とは
形成外科医は、「体の表面を整え、人生を取り戻すプロ」。
整形外科が「骨や関節、動き」を治すのに対し、形成外科は「皮膚や見た目、機能の再建」を担当。
ガンや事故で失われた部分の再建、ケガや火傷の傷跡を治す等。美容外科も形成外科の分野。
形成外科医は「いかに傷を細かく、目立たなく縫うか」に命をかける。
顕微鏡を使って、髪の毛よりも細い糸で血管や神経を繋ぐ「マイクロサージャリー」という超絶技巧を駆使することもしばしば。
「命を救う」のが救急医や外科医なら、「救われた後の人生(QOL:生活の質)を、笑顔で送ることができるように整える」のが形成外科医の仕事と言える。
Snow Man総合病院にも、そんな『未来を縫う』形成外科医がいる。
傷跡ひとつで、その人に人生が変わってしまうことを、誰よりも知っている男だ。
一秒の執刀
数年前ーーSnow Man総合病院、研修医室。
渡辺翔太(しょっぴー)は、お気に入りの美顔器を顔に当てながら、深澤辰哉(ふっか)に豪語していた。
しょっぴー:
「……いいか、ふっか。俺の人生プランに『泥臭さ』は不要なんだ。形成外科のローテが終わったら、俺はそのまま美容外科へ直行する(直美:ちょくび)。……自由診療で若いうちにガッポリ稼いで、午後はハワイのビーチでシャンパン。それが俺の正解なんだよ。泥臭い保険診療は、俺の肌にも、美学にも合わねぇんだわ。」
美しく、裕福に、効率よく。
それが研修医・渡辺翔太の掲げる、完璧な「成功の方程式」だった。
ふっか:
「はいはい、翔太は相変わらずブレないねぇ」
ふっかが適当に相槌を打つ中、しょっぴーは鏡に映る自分を見つめ、不敵に笑った。
彼にとって、保険診療の形成外科は、単なる「通過点」に過ぎなかった。
そんなしょっぴーが形成外科の2ヶ月間のローテートで出会ったのが、10歳のユミちゃんだった。
幼い頃の火災で、顔の右側に深い熱傷を負った彼女。
成長とともに皮膚がひきつれ(瘢痕拘縮)、右の口角が歪み、瞼もうまく閉じられない。
ユミちゃんは、診察室でも常に深くフードを被り、一言も喋らない。
彼女の時間は、あの日、火の手が上がった瞬間から止まったままだった。
しょっぴー:
「……おい、ユミ。お前、ずっと下向いてたら表情筋サボるぞ。……肌の代謝、なめんなよ。」
しょっぴーの毒舌混じりのコミュニケーションに、ナースたちはヒヤヒヤしていた。
彼女は、学校で友達がやっていたのを思い出したのか、小さな爪を、何度も何度も磨いていた。
まるで、「綺麗」を取り戻そうとするかのように。
顔は隠していても、手だけは綺麗にしていた。それが、彼女に残された小さなプライドだった。
しょっぴーは気づいていた。
彼女が時折、長い前髪の隙間から、自分のピカピカに磨き上げられた指先を、羨望とも絶望ともつかない瞳で見つめていることを。
ローテ終盤、ユミちゃんの「瘢痕拘縮解除術」と「植皮術」が行われた。
しょっぴーの役割は、第3助手。
執刀医である教授の対角で、ただひたすらにレトラクター(鉤)を引き続け、術野を確保する地味な役目だ。
教授:
「渡辺。美容外科は『美しさ』を足すが、我々は『人間としての尊厳』を取り戻す。……よく見ておけ。これが、彼女の止まった時計を動かすための手術だ」
顕微鏡下で繰り広げられる、神業のような世界。
ひきつれた組織を1ミリ単位で解放し、繊細な手技で新しい皮膚を移植していく。
レトラクターを持つしょっぴーの手が、微かに震えた。
数時間に及ぶ手術の末、ひきつれていた口角が本来の位置に戻った瞬間、しょっぴーは直感した。
自分がこれまで追い求めていた「美」は、表面を飾るだけのメッキに過ぎなかった。
ーー次回予告ーー
手術は終わった。
けれど……本当の治療は、そこから始まる。
一年。そしてさらにその先へ。
少女が取り戻すのは、ただの「顔」ではない。
止まっていた、「時間」そのもの。
次回
「笑顔の再建」
