毎年届く「ねんきん定期便」、封筒を開けて見込み額の数字だけ確認して、そのまま引き出しにしまっていませんか。私は正直そのタイプでした。でも、
・あの見込み額はどれくらい「自分に近い」数字なのか
・単身と夫婦で、老後の資金繰りはどれくらい違うのか
・女性の年金額は、男性とどれくらい差があるのか
・結婚している女性は、この差にどう備えればいいのか
・貯蓄や新NISAでどこまで埋め合わせられるのか
・そもそも今の政治は、この不足にどこまで向き合っているのか
がずっと気になっていたので、公的統計を確認し直してみることにしました。よくある老後資金シミュレーターや解説ブログの多くは「平均値」で計算されています。でも平均値は一部の高額受給者・高額資産保有世帯に引っ張られて高く出やすく、実感とズレることが多いです。今回はできる限り「中央値」にこだわって、単身・夫婦・女性のケースを図解つきで並べて計算し直してみました。
【年金定期便でよく見る"平均"の中身】
・「ねんきん定期便」は、加入記録の確認とあわせて、将来の年金見込み額を知らせる通知
・2026年度(令和8年度)の年金額改定:国民年金(基礎年金)+1.9%、厚生年金(報酬比例部分)+2.0%
・2026年度の国民年金の満額:月70,608円
・2026年度の「標準的な夫婦」のモデル年金額:月237,279円(平均的な収入で40年間フルタイムで就業した夫の厚生年金+夫婦2人分の基礎年金という設定)
・厚生年金の平均受給月額(令和5年度末、65歳以上):男性169,484円/女性111,479円
・国民年金(老齢基礎年金、25年以上)の平均受給月額:57,700円
「標準的な夫婦モデル」の23万7,279円は、あくまで"平均的な収入で40年間フルタイムで働いた夫"を前提にした一つのモデルケース。単身世帯や、片働きではない世帯、非正規期間が長かった世帯には、そのまま当てはまりません。
【図解1:中央値で見ると、単身と夫婦でこんなに差が出た】
年金の「平均受給額」は、高額受給者に引っ張られて実感より高く出がち。そこで、年金の平均額と総務省「家計調査」2025年(実測値)の高齢無職世帯の家計収支を組み合わせて、単身・夫婦それぞれの「実際の赤字額」を確認してみました。
・65歳以上の単身無職世帯:可処分所得118,465円-消費支出148,445円=毎月29,980円の赤字
・65歳以上の夫婦のみ無職世帯:可処分所得221,544円-消費支出263,979円=毎月42,434円の赤字
夫婦世帯の方が赤字の「絶対額」は大きいものの、これは世帯人数分の支出も大きいためです。重要なのはこの後の「貯蓄との比較」で、ここで単身と夫婦の差がはっきり出ます。
この毎月の赤字を65歳から95歳までの30年間積み上げると——
・単身:29,980円×12ヶ月×30年=約1,079万円
・夫婦:42,434円×12ヶ月×30年=約1,528万円
ここに、金融資産保有額の中央値(J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査2025年」)を並べます。
・単身世帯の金融資産保有額:平均919万円/中央値130万円
・二人以上世帯の金融資産保有額:平均1,940万円/中央値720万円
平均値だけを見ると「単身でも919万円あるなら意外と大丈夫そう」と思ってしまいますが、中央値で見ると単身世帯は130万円しかなく、必要額1,079万円の1割強しかカバーできません。夫婦世帯は中央値720万円で、必要額1,528万円の半分弱をカバーできる計算です。

不足分を新NISAの生涯投資枠(満額1,800万円)で埋めるとすると——
・単身:1,079万円-130万円=約949万円を新NISA等で用意する必要がある(生涯投資枠の約53%)
・夫婦:1,528万円-720万円=約808万円を新NISA等で用意する必要がある(生涯投資枠の約45%)
生涯投資枠には収まりますが、そもそも中央値の貯蓄額(単身130万円、夫婦720万円)自体が、投資に回す原資として心もとない金額です。「投資すれば埋まる」以前に、投資に回す元手をどう確保するかが単身世帯ほど大きな壁になっています。
なお2026年5月の消費者物価指数は前年同月比+1.5%、為替も2026年7月時点で1ドル162円台と約40年ぶりの円安水準。物価高・円安が続けば、必要額はさらに膨らむ可能性があります。
【図解2:女性の年金は、男性よりどれだけ少ないのか】
単身・夫婦という世帯の切り口とは別に、もう一段踏み込んで「年金額そのものの男女差」も確認しておきたいと思います。SNSやYouTubeでも「平均年金額で暮らす独身の老後」を扱った漫画動画などが話題になっていますが、そこでよく語られるのは主に男性の年金額での比較や見栄の話。女性の年金は、実はもっと厳しい構造になっています。

・厚生年金の平均受給月額(65歳以上):男性169,484円に対して女性111,479円。女性は男性の約66%の水準
・年齢を問わない厚生年金の老齢年金受給権者全体(約1,605万人、平均146,429円):男性平均166,606円、女性平均107,200円
・この分布データから月額13万円未満の受給者の割合を計算すると、男性が約21%であるのに対し、女性は約79%。女性受給者の約8割が月13万円に届いていません

・この分布から中央値を算出すると、女性は月10万円台前半で、平均の107,200円よりもさらに低い水準。年金額でも「平均値」は実感より高めに出やすいことが分かります
なぜこれほどの差が生まれるのか。主な要因は年金の加入履歴の違いです。
・国民年金第3号被保険者(主に会社員・公務員に扶養される配偶者)686万人のうち98%が女性。この期間は厚生年金の上乗せがなく、老齢基礎年金(満額でも月70,608円)のみ
・厚生年金の短時間労働者(パート等)92万人のうち76%が女性。フルタイム勤務に比べて加入期間や報酬が伸びにくい
・離婚時に婚姻期間中の厚生年金記録を分割できる「年金分割制度」もあるが、請求しなければ自動的には反映されない
【図解3:単身女性が年金だけで暮らすと、いくら足りないのか】
単身無職世帯の消費支出は月148,445円。ここに女性の年金額を当てはめて試算してみます。
・女性の厚生年金平均額(111,479円)だけで暮らす場合:毎月の赤字は約36,966円→30年で約1,331万円
・厚生年金に入っていなかった女性(国民年金のみ、満額70,608円)の場合:毎月の赤字は約77,837円→30年で約2,802万円

単身世帯の金融資産中央値130万円と比べると、女性・厚生年金ケースで約1,201万円、女性・国民年金のみケースでは約2,672万円の不足。新NISAの生涯投資枠(満額1,800万円)を足しても、女性・国民年金のみケースは約872万円届きません。
今回の試算全体の中で、「単身・女性・厚生年金に入っていなかった」という条件が重なるケースが、最も厳しい結果になりました。
【図解4:結婚している女性が年金で安心して暮らすには】
ここまでは単身女性のケースでしたが、「私は結婚しているから大丈夫」と思った方にこそ知っておいてほしいことがあります。夫婦世帯のモデル年金(月237,279円)は、あくまで"夫婦合算"の数字。もし離婚・死別で一人になった場合、自分名義の年金がいくらあるかで生活は大きく変わります。
・専業主婦や扶養内パートで働き続ける(第3号被保険者のまま)と、自分名義の年金は老齢基礎年金(満額でも月70,608円)のみ
・2026年10月から「106万円の壁」が撤廃され、週20時間以上働くパートは厚生年金への加入が必須に(対象は段階的に拡大)。加入すると保険料負担は増えるが、将来の年金額も増える
・目安として、月収9.8万円程度で20年間厚生年金に加入した場合、将来の年金は年間約12万円(月換算約1万円)増えるという試算例がある

結婚していても、自分名義の年金を厚くしておくことは重要です。今すぐできることは——
・「ねんきんネット」で自分名義の年金見込み額を確認する(夫婦合算ではなく自分の分だけ)
・扶養内で働き続けるか、厚生年金に加入するかを、将来の年金額も含めて検討する
・繰り下げ受給・付加年金・iDeCo/新NISAを活用する
・万一のときは「生活福祉資金貸付制度」(社会福祉協議会、低利・無利子)という公的セーフティネットもある
【高市政権の物価高対策は、この不足に届いているか】
高市政権は2025年11月に約21.3兆円の総合経済対策を決定(ガソリン税廃止で年間約1.2万円、子育て応援手当など)。ただし30年続いても数十万円規模で、今回試算した単身949万円・夫婦808万円・単身女性872万円〜2,672万円という不足額とは桁が2つ以上違います。目の前の物価高対策としては合理性がありますが、老後の構造的な資金不足、特に女性が直面するギャップには届いていない、というのが率直な評価です。
【今回分かった一番大事なこと】
・単身:30年で約1,079万円必要、不足分は約949万円
・夫婦:30年で約1,528万円必要、不足分は約808万円
・単身・女性(厚生年金のみ):30年で約1,331万円必要、不足分は約1,201万円
・単身・女性(国民年金のみ):30年で約2,802万円必要、不足分は約2,672万円(新NISA満額でも約872万円届かない)
・結婚している女性も、自分名義の年金を確認・強化しておく価値がある
年金定期便の数字を「平均値の話」として直視せずにいるのは、特に単身世帯・女性にとってリスクが大きい、というのが今回改めて実感したことです。
※本記事の数値は総務省「家計調査」2025年、厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」令和5年度、J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査2025年」など各種公的統計・報道をもとにした概算です
※30年間の必要額試算は現在の赤字額が今後も続くという単純な掛け算による簡易試算で、医療費・退職金・住居費等の個人差は考慮していません。厚生年金加入による増加額・遺族厚生年金の目安も簡略化した試算例です
※投資や資産形成は自己責任でお願いします。税金・手数料は考慮していません