納骨堂のメリットは、費用の安さと管理の楽さだ。墓ではこうはいかない。墓は、寺と檀家のトラブルもよく耳にする。またオカルト的観点からも、不幸続きだった人が霊媒師に相談したら「先祖の供養をしっかりしなさい」と言われ、荒れ果てた墓を綺麗にしたら不幸が去ったという話もある。墓が無ければ先祖の呪いに怯える必要も無いのだ。また納骨堂は墓に比べ省スペースなので、土地活用という観点でも、個人だけでなく社会全体にメリットがある。
しかしそんな納骨堂も、買ってしまえば後はもうなんの心配もないかと言えば、そうでもない。2022年10月、北海道でどっかの宗教法人が経営破綻し、そこの運営する納骨堂が突然閉鎖する事件があった。こんなレアケースは誰も予測出来るものではないが、そういう想定外の不利益をこうむる可能性もあるという事だ。それに納骨堂はお墓より楽とは言え、遺された者が今後、維持していく事になるのは変わらない。
仮に私が死んで幽霊になったとしたら、霊体のまま住み慣れた我が家に戻るか、家族に付いて回るかするのではないか。自分の骨があるからといって縁もゆかりも思い入れも無い納骨堂でジッとしてるとは思えない。なので墓参りの時期になり「おじいちゃん会いにきたよ」とか言われても普段ここには居ないし、なんなら昨日もお前達と一日ずっと一緒だったし。買った日から(死者の魂も含め)誰も利用してない納骨堂、必要か?
そもそも霊の存在からして疑わしい。生活水準の向上や、医療技術の進歩により、人口は増加しているが、魂が輪廻転生をしているのなら、人口増えた分は何処から魂、持って来たのか?解脱(げだつ:輪廻転生から解放され何の苦しみもない魂になる)者が出れば使える魂はもっと減る。人1人に対し守護霊をメインに平均4つくらいの霊がついていると言う話もある。本当に魂、足りてます?だいたい先祖の霊が守護霊として子孫にずっと付いてる状態って可能なの?「ワシは遥か大昔のお前の御先祖様じゃ」って、お前、全然転生してねーじゃん。現世に残りっぱなしじゃん。成仏しないの?それにもし、しっかり転生し終わって次の人生を歩み初めてたら彼岸の時期に子供達が会いに来ても、もう居ないよね?色々おかしくなってこない?理屈どうなってんの?
私は無神論者だし無宗教者なのだが、“宗教の自由”により保障された権利があるので、親が仏教徒だからといって子の私も仏教徒にならなければいけない道理はない。となれば無宗教者の私が仏教式に葬儀・埋葬されるのもおかしな話だろう。何教でもないのだから何教でもない形で永眠させてほしい。家族には「ワイが死んだら遺体は灰にして散骨してくれ。墓とか墓参りとか一切要らん。金や時間は、居るかどうかも分からない幽霊に使わず、生きてるアンタや子供たちの為に使ってくれ」と言ってある。