「下北線路街」ホームタウンの散策路 | 島村 美由紀

島村 美由紀

都市計画、商業施設計画、業態開発等のコンセプトワークやトータルプロデュースを手掛ける
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「下北線路街」ホームタウンの散策路

(TEMPOLOGY Vision vol.16 2024年(令和6年)5月31日(水)掲載)

 

 

 「下北線路街」を訪れた時“ホームタウン”という言葉が頭に浮かんだ。高度成長期に耳にしたドラマタイトルのようなワードで今では久しく聞かない言葉だが、「下北線路街」を行き交う人々が「私の住み馴れた町」「私たちの地元」という感覚でこの路を歩いている雰囲気が漂っていて“ホームタウン”が頭に浮かんだのだろう。遠出から帰った時や多忙な一日が終わった時、まちの入り口に立つと見馴れた景色が目に入りホッと安堵する、そんなステージが「下北線路街」には隠されているようい思える。

 

 「下北線路街」のホームタウン感はどこからきているのだろうか、と考えるとそこには“小さな粒立ち”“素人っぽさ”“閑寂”“緑路”という4つの特長がみえ、これがうまくブレンドされていると感じた。

 

 下北沢駅から西に進むと駅前には商業施設があるもののその先は商業やギャラリーなどがポツンポツンと見えてくる。やがて公園、さらに学生寮や商業や保育園や小公園、「おや、日本旅館がある」などという“小さな粒立ちの良さ”が点々と繋がりやがて世田谷代田駅に出る。

 

 逆に下北沢駅から東に行くと大きな広場から洒落た商業施設、ホールと続き、「はやりのブティックホテル?!」を見かけると公園を通り東北沢駅に出る。ここも“粒立つ面白さ”で街の表情が豊かだ。

 

 下北線路街は2013年に小田急線東北沢駅から世田谷代田駅が地下化したことで生まれた線路跡地1.7kmに小田急電鉄がデベロッパーとなって16年から22年までの6年間で13施設を整備した再開発計画だ。下北沢は渋谷や新宿から至近のターミナル駅なので複合集積や派手な都市機能などの大型計画が実行されてもおかしくない場だが、それとは真逆な小規模で暮らす人や訪れる人の求めに応える良質な役割機能を一カ所にかためずに点在させたところが街に自然な街路をつくりチャーミングな計画となった。

 

 いくつかの店舗をのぞいてみた。どの店も“素人っぽい”。きっとこの女性が焼いたのであろうケーキやクッキー。カウンターのシックな男性が集めたであろう雑貨やTシャツ。料理好き女性グループがはじめたような定食屋。「あの町でも見た、あそこの駅ビルにもあったよね、この店は」という最近ありがちな大手チェーン集積のつまならない商業への感想は皆無だ。どの店も初めての出会いで良い意味で素人っぽい。マニュアルなどなく自分たちのモノを自分たちで集めつくり、自分たちで売っている感覚が伝わってくる。昔々の商店街は個人経営の小さな店舗の集合体だったので専門性が高く、顔見知りの店主や売子の個が見えていた。こんな昔の良い商業感覚が下北線路街の店にはあって楽しい時間が持てる。

 

 週末は賑やかになるだろうが平日は人出が少なく落ち着いた下北線路街だ。コロナ禍が一段落しどの街も人流が増え店には行列ができ喧騒の中で暮らしているので、下北線路街の“閑寂さ”には癒されありがたい。

 

 レストランにスッと入り席に着ける。お会計の時に「美味しかった」と声をかけ店の人がニコッとする互いの余裕がある。「このコットンは○○のフェアトレードで…」「フェアトレードって何ですか?」という店と客のおしゃべりができる。そして何よりざわついていないのでどの店にも入店をためらうことがなくスタイリッシュな店を楽しむことができる。“素人っぽさ”と“閑寂さ”がうまくブレンドされるのと店の個性と客の好みの出会いが増え、その店やこの街のファンとなりよい循環が生まれている。

 

 ブラブラと散策しているとランドセル姿の小学生が歩いていく。おばあちゃん2人がお散歩。犬を連れた男性。公園で弁当を広げる外国人女性たち。自転車に幼児を乗せて走るママ。様々な人々が下北線路街を行き来する平日午後の平凡なシーンだが“どの人の姿も美しく絵になる”のはなぜだろう。

 

 決定的な違いは“緑路”だ。低い樹木や花咲く木々、大きな桜がありポケットパークも。線路わきにあった昔からの公園や桜を活かしたのかと思ったがランドスケープを担当したUDS COMPATH執行役員小泉智史氏は「全て今回の計画でつくったもの。既存の街に馴染むように、樹木の高い、低い、植栽帯の右、左の幅など路の全方位の景色を大切にした」という。

 

 散策路は全国で計画されるがこんな自然に歩きたくなる心地よい路は少ない。この“緑路”の気持ちよさが世田谷代田から東北沢までを繋いでいるのは街の大きな財産だ。

 

 「今は下北線路街といっているがいつかは名が主役でなくなっていい。それが街の当たり前にある場として人々に受け入れられた証となる」とUDS COMPATH執行役員高宮大輔氏に聞き府に落ちた。住み馴れた町や地元を感じる“ホームタウン”は各々が暮らしの中で感じる場面や感覚であり、人々の日常に下北線路街が溶け込めればプロジェクトは大成功だ。

 

 「このごろ近所に新しいマンションが建ったりカフェやグリーンショップがオープンしたりしている。これも当プロジェクトが刺激となり街が成長している証だ」と高宮氏は言う。

 

 都市の開発は効率重視の大規模・大集積が目白押しで都市機能もメジャー企業の進出ばかりで食傷気味な昨今、「下北線路街」はデベロッパーの余裕と時代の価値観を捉えた計画者と地域住民の高い文化度が相まって創造された類い稀な事例といえよう。

 

 

(島村 美由紀)