結婚して7年。
フリーランスの翻訳者である志織は、〈理想の旦那〉と呼ばれる誠と穏やかな生活を送っていたが、妊活に悩む中である日突然、「志織を利用していた」との手紙を残して誠がいなくなってしまう…。
心の襞をざらつかせるものがありながら、どこかコミカルというかユーモラス。
痛々しくもあり、滑稽でもあり、切なくもあり、それでいてキュートな物語でした。
美人で朗らかで誰からも好かれる志織、それは実は他人から嫌われたくないという理由の裏返しでもあります。
けれども夫である誠といると飾らず自然体でいられたのは、誠の趣味であるカメラの被写体になっていられたのにも表れているような気がします。
そんな志織が妊活に励む様子、それは真剣であるがゆえに結果が出ない事への苛立ちと哀しみの波が押し寄せてくるようで、誠へその苛立ちをぶつけてしまう場面などは痛々しくて目を背けてしまいそうにも。
更には怪しげなものにまで手を出すようにもなるのですが、その姿は決して信じ切ってはいないがゆえにどこかコミカルであると共に、それでも求めるものへの執着というのは狂気めいているようにも見られました。
さて、夫の誠は妊活にも協力的で、何かと気遣いのできる〈理想の旦那〉と友人からも呼ばれていますが、そんな友人に対して志織は妊活中である事を打ち明けれず、更に友人が妊娠した事に、マイナスの感情を抱くようにも。
そんな志織を「利用していた」との言葉を残し、突然誠は失踪するのですが、そこで視点が志織から誠に変わり、物語の様相が一変します。
果たして誠が失踪した理由が明らかになる訳ですが、そこには誠が志織と結ばれるようになるまでの事が描かれ、彼の妄執さが分かると、気持ち悪さもあるけれど、誠と志織はなんだか似た者だったんだなと、読んでいて笑えてさえきました。
実際、誠の行動や心理って、はたから見ると気持ち悪く感じるかも知れませんが、恋愛においては結構「あるある」だったりするかも知れませんね(笑)。もっとも、あまりにも行き過ぎるのは…ですが。
最終章では再び志織の視点に戻るのですが、志織が昔のバイト仲間から過去の誠の話を聞いた時には何故か泣けてきたり。
そして最後は志織が誠にきった啖呵など、二人の痴話げんか(?)には思わず声に出して笑ってしまいました。
読み始めた時に感じたザラつきから考えると、うん、読み終えると、ごちそうさまって言いたくなるような、キュートな恋愛小説だったなぁ。

