『運命の日』 デニス・ルヘイン | 固ゆで卵で行こう!

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『運命の日』

著者:デニス・ルヘイン



第一次大戦末期のボストン。

アイルランド系の二世で有能な警部の息子であるダニーは、刑事のバッジを報酬に市警の組合の母体となる組織に潜入する事に。

一方、自らが招いたトラブルが元で妻とそのお腹の中の子供を置いて逃げ出した黒人のルーサーがタルサからボストンに逃げ込み、ダニーの家で使用人として働く事になる。

ダニーとルーサーは心を通わすようになるのだが、猛威を振るうインフルエンザや高騰する物価や、アナーキストなどのテロが続発する混乱した社会情勢の中で二人の運命は・・・。





なんとも感想が難しい作品ですが、何より印象に残るのは冒頭のルーサーたち黒人たちを相手にベーブ・ルースたちプロの野球選手たちが偶然から試合を行う場面。

瑞々しい描写でなんとも光る瞬間瞬間が眩しいくらい。

しかし、その光が陰るような展開に、物語自体の運命を暗示しているようでこれから先を読もうとする読者をわくわくさせてくれる。


物語は混沌とした社会情勢の中で、実際に起こったボストン市警のストライキとそれに伴った暴動事件に向かってダニーとルーサー、二人の青年を軸にルヘインらしく、格差や人種、地域の問題などをあまりあざとくなく読者に提示しつつ、父と子、家族の絆などを描いています。


特にダニーとその父親であるトマスとの最後の邂逅の場面は胸を打つものがあります。

本当に大切なものを手に入れたダニー。

考え方や生きる道が違い、たとえどのような諍いがあったとしても父と息子の間に流れる愛情は変わらず深い。


一方ルーサーは天真爛漫めいた部分を持っているものの、逆にその子供じみた性格が仇となって自らをトラブルの中に放り込んでしまう結果に。

そして妻とまだ見ぬ子供を捨てて逃げ出した先で人種を超えた友情を得るものの、その人種の違いが元で再びトラブルに巻き込まれます。

その中でルーサーが見い出した自身の心の中の真実とは・・・。


と、主役二人がそれぞれ自分自身の本当に願っているものを見い出すまでが描かれるのですが、その主役二人を取り巻く登場人物に対して少々おざなりになってしまってるのが気になりました。

主役二人、といってもやはりダニーがメインのような感じなのですが、そのダニーが一度は愛した女性テッサと再び対峙した時に躊躇いも無く銃口を向けるように、ダニーが家族に対してもそうだけれども愛情をもっている(いた)人物たちへの自身の胸の内が実はあまり描かれていないのが、終盤でのダニーの家族に訪れる悲劇がいまひとつ盛り上がりに欠けてしまった原因の一つではないだろうか。


読んでいる間は面白く、先へ先へとページを捲る手も止まらないぐらいでしたが、全体的なボリュームが分厚かった割りに読了後のカタルシス感が少ないのは、決して悲劇過ぎず、かといって誰もが幸せを掴んだわけでもない結末に象徴されるように、どことなく中途半端というか物足りなさを感じさせる部分があったせいかも。


それは、

「欲しいと思っているものが、必要なものと分かっているものと矛盾するときに、男がどれほどのしくじりをしでかすのか・・・」

というルーサーの言葉があるように、現実にはその矛盾に気付き本当に大切なものをしっかりと胸に抱きたいものだけれども、物語の中では逆にたとえ大きなしくじりを見せたとしても、男としての何かを見せて欲しかったところかも知れないですね。