- 著者:スティーヴン・グールド 訳:公手 成幸
- 『ジャンパー ―跳ぶ少年(上)』
- 『ジャンパー ―跳ぶ少年(下)』 (ハヤカワ文庫)
父親から虐待を受けていた少年ディヴィッドは、突如テレポーテイション能力に目覚める。
故郷を離れたディヴィットは自分の能力を活かした生活をニューヨークで始める。
映画公開を前に・・・と思い再読しました。
小さい頃に父親の暴力のせいで母親が出て行ってしまい、その後は自身が虐待の対象となっていたディヴィッド。
その父親から自宅で暴力を受けている時、突如自分が図書館にいる事に気付きます。
自分の能力に気付いたディヴィッドは家を出てニューヨークで一人で気ままに暮らし始めるのだけれど、ミリィという年上の女性と出会ってその生活が変っていきます。
このあたりまでは能力に目覚め、その力を利用して銀行強盗を働いたりと、序盤に児童虐待というものがテーマとして描かれていても楽しみをもって読めます。
もっとも「もし自分がその能力を持ってたらもっとこうするのに」と思うような事もないですが(笑)。
ミリィと出会った事で自分自身と向き合う事を始めるディビッドは小さい頃に家を出て行ったきり消息を知らない母親の行方を探し始めます。
そして母親と会えた後から物語は急展開。
後半はハリウッド映画のような復讐アクション活劇に。
この後半からラストにかけて、痛快といえば痛快だけれど、そこには大きな痛みが伴っている事が描かれています。
児童虐待から始まった物語は、アルコールや金さえあればなんとでもなるといった現代社会や、はては宗教問題まで絡んで、自分の行動の結果は自分自身で受け止めないといけないのだと、ただ自身の傷を舐めるだけだった少年が成長していく様子を描いています。
刊行当時付いていた帯には「心躍る」「痛快無比な」冒険SFなんて書かれていたけれど、うーん、手放しで痛快とはやはり言えないなぁといった感じ。
それでも刊行当時は少年の痛みに共感を覚え、ミリィとさよならをする場面などはディヴィッドと同じように涙したけれども、あれから10年以上経った今の自分が読むと前には気付かなかった部分や感想が出てくる。
それは単純に自分が歳をとったからでなくて、そして擦れた大人になったかれではなくて、自分なりに経験を積んで、多少とは言え成長した証なんじゃないかなと自分で自分を納得させてみたりして(笑)。