黒豹みたいなゾウ -32ページ目

えげつない話をしようか2







この事件が国際的な裁判にならないように、ベルギー側や政府側は多くの殺人鬼をつくることにしました。

これも、多くのジェノサイトとの違いです。

その他の大量虐殺の場合は、たいていカリスマ的指導者や残忍な政府の存在があり、それを処罰すれば事件は終息します。

しかし、ルワンダではたくさんの人が殺人に加担しています。
老若男女問わず、職業問わず、…神に仕えるはずの神父や修道女たちも、人を殺しています。


あ、余談だけど。ルワンダはアフリカで一番キリスト教の信仰が深いといわれる国なのだよ。

それほどの国が、宗教など無意味だということを教えてくれています。




“裕福なツチ族は、自分の全財産を出して、鉈ではなく拳銃を使って殺してくれと頼むんだ”

「マリア・ビードル」では、ルワンダ虐殺の凄惨さを語るシーンでこんなことを言ってます。

殺さないでくれとは頼まず、楽に死なせてくれと望む。その絶望は計り知れないでしょう。





家族、親戚43人を数分の間に殺され、生き延びた青年の手記が出版されています。

彼の家族は頭蓋骨を割られ、首を切り落とされて死んでいったそうです。
彼自身、左腕を切り落とされ、鼻を削がれ、肩の骨を砕かれ、目をえぐり出されています。





さあみなさん。
死とはなんなのでしょう。
生きているとはなんなのでしょう。


フツ族の犯した罪は、フツ族のみの責任なのでしょうか。

それとも政府?助けを求める声を無視し続けた国連?ツチ族を憎ませたベルギー?そもそもの貴族制度をつくったドイツ?感情を煽ったラジオ関係者?原因をつくった大統領の暗殺者?

むずかしい話です。
中学のころ、この話を初めて聞いたときから。
年に数回はこの事件についてのサイトをまわるのに、いまだに答えはうまくまとめられません。


マリア・ビードルを読んだときにまた調べようかなあという気になって、今日ヒマだったのでしらべてみました

暗い話をすみません。

うちらが4歳のころにおこったこの事件。
歴史の教科書の出来事ではないのだといつも痛感させられます。







えげつない話をしようか







今日はえげつない話をします。
大量虐殺が嫌いな方は読むのをお勧めしません。










大量虐殺といっておもいつくのは、ドイツのホロコーストであったりカンボジアのポル・ポトであったり、原爆投下であったりしますが。今回のお話はルワンダ大虐殺です。


ルワンダという国は、85%のフツ族と14%のツチ族、それからわずかなジプシーたちで構成されていました。このお話はフツ族とツチ族の間でおこった出来事です。

フツ族は農耕民族、ツチ族は遊牧民という他に、ふたつの民族に大きな違いはありません。

日本では、歴史をみてみると農耕民族の方が裕福であったとされますが、ルワンダでは逆です。枯れた土地の多いルワンダでは農耕はうまくいかず、遊牧民の方が裕福な生活を送ることができました。

しかし、それでもふたつの民族は理解し合って生活していたと思われています。



両者の関係を崩したのは、植民地支配という名の欧米からのちょっかいです。


はじめ、ドイツが統治していた時代。
ドイツはツチ族を優遇し、貴族制度をつくりました。ツチ族の方が民族的にも優れており、フツ族はツチ族の奴隷ということにしたのです。
虐げられたフツ族は当然おもしろくないけど、逆らうことはできません。

統治国がベルギーにかわります。
ベルギーは今までの制度を取りやめ、フツ族こそが至高であるとしました。当然、ツチ族のまとめ役はすべてフツ族に変わりました。

その後、ベルギーは反ツチ族を増やすための教育を始めます。長年虐げられた恨みをはらすべきだ、ツチ族はみんな卑怯で死んでもいいようなヤツらばかりだ、というように。

フツ族の中に、ツチ族を憎む感情をもつ者が増えたころ、事件がおこります。

フツ族出身の大統領が暗殺されたのです。



大統領暗殺のニュースを、ラジオではツチ族の仕業だと流しました。
邪魔なツチ族はこの国から、この地球から滅ぼすべきだ!そうラジオでは何度も放送されます。


その結果、フツ族の人々は、鉈を持ってツチ族の抹殺を行いました。
100日間で、約100万人が殺されたといわれています。1日に1万人が死んだのです。

大量虐殺兵器や、毒ガスなどはもちろん使用されていません。

彼らを殺したのは、農耕のために使われるはずだった鉈であり、家の壁のレンガであり、道端に転がる石でした。



遅ればせながら







デザコンはなかなか、5年生にとっては手厳しい結果になったようで。


努力の跡は、…たとえそれがどれだけ時間をかけたものだとしても…関わらなかった人には伝わらない。伝わるのは、目にみえて耳に聞こえる数字のみ。


だからこそ、ブリッジに期待する人も多かったのだとおもう。
何よりも努力していた彼らに、どうか結果を与えてあげたかったのだとおもう。



今回の彼らの努力は、もしかしたら次代の高専生には良いように伝わらないのかもしれないけど。

でも、わたしたちは知ってるんだよね

おつかれさま。
来年がないってことは、こんなに哀しいことなのか。