黒豹みたいなゾウ -27ページ目

時間に正確な母







うちのお母さんはちょっと変わってるのかもしれないと思った。





彼女は、毎日時間通りに動く。

平日・休日関係なく6時に目覚め、6時半に朝ご飯をたべ、12時に昼ご飯をたべて6時半には夜ご飯をたべる。
平日なら、7時すぎには仕事に行き、5時半に帰宅する。
休日なら、9時までニュースをみて、11時までに掃除洗濯をして、お昼をたべると買い物にいく。行き先がどこだったとしても、5時半には必ず帰宅する。
よほどのことがない限り、例外はない。


そりゃあ勤務先によって就業時間が変わるから、何十年もずっとこのサイクルなわけじゃないけど、今の職場についてからこのサイクルは変わってない。



そんな母が、久しぶりの休みのきょうは友達とごはんに行くのだと言っていた。

友達の家に迎えにいくから、連絡を待つのだそうだ。

それから1時間もせずに、母はきょうの約束はナシになったと言い出した。

何故かと聞いてみればもう12時を30分も過ぎたからだという。

「連絡、待たないの?」

と聞けば

「お昼の時間を30分も過ぎたから、きょうはもうナシでしょ?」

と聞き返される。うちに聞かれても知らん。


母の中のお昼は、12時ちょうどしか認められないらしい。猶予は30分。

その後友達から連絡がきても、怒ったわけでもなくさも当たり前のようにまた今度ね、と笑っている。


時間通りに動く人だなあとは思ってたけど、そんな厳しくなくてもよくないか?
すぐ連絡きたんだからいけばよくないか?

とうちは思うけど、母にはダメらしい。
うちにはよくわからん感覚………




すきなもの









“中秋の名月”より、
“仲秋の名月”がすきだ。


たしか“仲秋”は陰暦の8月全般を指す言葉だから、厳密には“中秋”が正しいんだろうけど、それでも“仲秋”のほうがすきだ。


なんかキレイな響きがある。


なかよしのあきだとずっと思ってたせいもあるのかもしれないな。
季節の中でも、とくに月となかよしになるのですよ。それが、“仲秋の名月”






きょうはなかまと構造屋さんとおしゃべりした。


人とのおしゃべりがうまいかどうかは、引き出しの広さが重要だと思う。

人を納得させるには、たとえ話を咄嗟に多く出すことが重要だと思う。

構造屋さんはたとえ話がうまい。
だから、彼は人を納得させる話し方をする。

でも、彼はおしゃべりがうまいわけじゃないな、ときょう思った。
彼のたとえ話はいつも理論的で、数学的だ。
そこの引き出しは深いけれど、どんな話もそこに集結してしまうとおもしろくない。

残念ながら、女の子にはモテないしゃべり方だな。






よっつわかった!






しょぼい英語力(´・ω・`)










「理解する」について。

最近やけにツボにハマるこの言葉。
テストのせいかいろんな人の口から聞くけど、何故か笑ってしまう。
何がおもしろいのか自分でもわかんないし、バカにしてるとかでもなくて……言葉のニュアンスなのかな?

だけど、そもそも理解したっていう言葉に、どれだけの重みがあるんだろうか。

理解というのは、文字通りにとるならば「ことわりがわかる」ってこと。
ことわりは、世の中の法則だったり、筋道だったりする。
それを解るっていうのは難しいことのはずだし、うちらがやってる分野の法則もカンタンにわかることはないんだとおもう。

でも、テストの前になると必ず理解という言葉が出てくるし、わたしも使う。

テストのときにだけ適応される理解って、意味なんてあるのかな。



理解は人間にも使われる。
あの人理解できない、と言って遠ざけたり、理解したようなこと言うなって苛立ったり、、

そもそも、自分ですら自分のことを理解できていなくて、人間を理解するのは難しいなんていうけど、反対に“良き理解者”なんて言葉もある。


結局みんなわかった気になっているだけなのだろうか。

それとも、わかろうともしていないのか、

わかるはずないと悟り、諦めているのか、


わかろうとしないのは悪いことなのか、

わかろうともしないのに遠ざけることが罪なのか、

わかってないのにわかったふりをするのが罪なのか、


すべてわかってしまえば、またそれは悪いことのはじまりなのか、、