【小説】いっぱいのコーヒー【3】 | そうでもなくない?

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【3】

キョウヘイは青ざめていた。そりゃそうだ。訳がわからず勝手にコーヒーが増えていくんだもの。そ様子からすると、冗談やいたずらではなさそうだ。
キョウヘイが続ける。

「なんやわからんけど、怖くなってとにかく片付けようとしたんじゃ。雑巾で床ふいてたら頭の上でにゃぁんて鳴き声がきこえてのう。そしたら猫じゃ。なんや知らんが机の上に猫がおるんじゃ」

キョウヘイは猫を飼ってない。

「あーなんじゃお前ーって思った瞬間猫が飛び降りての。コーヒーカップがガッシャーンじゃ」

それは派手にこぼれたんだろうなぁ…。

「あーっ!て思て、はっ!って気づいてスマホ見たら、またコーヒーbotが『猫がコーヒーひっくり返してガッシャーン』ってつぶやき拾っとる。もちろんわしのアカウントじゃ。ついでに写真付きじゃ。つぶやいてもおらんのに…」
「え、まさか…」
「そのまさかじゃ。コーヒーカップがめちゃ増えとるんじゃ」
「はぁ…で、猫はどうしたの」
「知らん、気づいたらいなかった」

まったくわけがわからないが、どうやら嘘じゃなさそうだ。キョウヘイが差し出したスマホに、コーヒーbotのつぶやきがずらりと並んでる。黒猫と倒れたカップも写っている。
これだけつぶやかれたら、部屋いっぱいのコーヒーカップが出現してもおかしくない。
途方に暮れるキョウヘイに俺は尋ねた。

「で、どうすんの」
「…とにかく片付けるの手伝ってくれ」

わかったと腰を上げようとしたが、急に緊張してきた。このコーヒー、俺がこぼしたらどうなるんだろ…。実験する気は起きないので、そうっと立ち上がる。椅子がキィっと音を立てる。キョウヘイが不安げな視線を俺に向ける。

「コーヒーさえこぼさなきゃいいんだよな」
「たぶん」
「流しに捨てるのはだいじょうぶなのか?」
「わからん。でも、コーヒーbotはこぼしたつぶやきを拾うんじゃ。それ以外をリツイートしてるのは見たことない」

わかったと答え、俺は他のカップを蹴り飛ばさないように慎重に立ち上がる。手近にあるコーヒーカップを手に取る。けっこう縁までなみなみ入っている。持ち手をそうっと右手でつかみ、腰を伸ばす。カップに左手を添える。これでひとまずだいじょうぶだ。
キョウヘイは、俺の一挙一動をハラハラしながら見ている。
さらに慎重に体を回し、カップの海から右足を抜いて隙間を探し着地。慎重に、慎重に。
何度か繰り返して、やっと流しまでたどり着く。右のこめかみあたりに、つうっと汗が伝うのがわかる。

「いくぞ。スマホ見てろよ」
「お、おう」

あわててスマホを手に取るキョウヘイ。画面を凝視する。
その姿を確認し、深呼吸をひとつして、俺はコーヒーをそっとこぼす。ドロドロドロドロ。汚れたステンレス製の流しが音を立てる。最後の一滴がこぼれカップが空になると、俺は首だけ振り返りキョウヘイを見た。
キョウヘイはじっとスマホを見つめている。
 

(続く)