【2】
「まあ、空いてるとこに座れや」
なんのジョークか知らないが、あまりのことに立ち尽くしているおれに、キョウヘイが声をかけた。いや、座るったって空いてるところねえぞ…。勉強机の椅子がかろうじて空いているので、コーヒーカップに触れないようそうっと引き出しそこに座った。状況を理解しようとしばらく無言で部屋の中を眺めていると、
「まいったわ」
キョウヘイがぼそりとつぶやいた。
「えーと、さっぱり理解できないんだが…新しいいたずらか?ユーチューバーでも目指すんか?どっかでカメラ回ってんの?」
んなわけねえべ…って顔で、キョウヘイは俺を見つめた。確かによく見れば、無精髭は生えてるし目のまわりにくまができている。ヨレヨレのパジャマ着てるし。どうやら、本当にただ事じゃなさそうだ。
「そしたら、いちから説明してくれる?」
あたりまえじゃ、とうなずきキョウヘイが口を開いた。
「お前さぁ、コーヒーこぼしたbotって知っとる?」
いきなりすぎて頭が?でいっぱいになった。ぽかんとしてる俺を尻目にキョウヘイは続ける。
「ツイッターは知っとるじゃろ?botも知っとるわなぁ。自動でつぶやいとるあれじゃ。そのbotによう、コーヒーこぼしたbotってのがあってな、『コーヒーこぼした!』ってつぶやきを拾ってリツイートするんじゃ」
「はあ…」
「いろんなところでコーヒーこぼしてるのがおもろうてな、わしフォローしてたのよ」
「はあ…」
まだ、見えない。
「そんで昨日な、わしコーヒーこぼしてもうてさ、やみっちのカードの上に」
やみっちは98人の女の子で構成されてるアイドルグループのひとりで、キョウヘイの推しだ。ゴスロリファッションとオカルトを愛するキャラが人気。ちなみに俺はツインテールのさいこみゅを推している。
「そんでな、『わーやってもうた!コーヒーこぼした。やみっちコーヒーまみれ(T∀T)』って写真付きでつぶやいたんさ。そしたらそれをコーヒーこぼしたbotが拾ってリツイートしよったのよ」
「ぜんぜん話が見えねえ」
イライラしてる俺に、もうすぐ核心だからとキョウヘイは続ける。
「おー拾いよったってケラケラしてたらさ、カチンて音がしたんよ。なんじゃ?と目を上げたらさ、そこにコーヒーがあったんよ」
なにを言ってるんだこいつは。もともとそこにはコーヒーカップがあったろう。
「なにを言ってるんだと思ってるよな?そうじゃ、最初はわしも自分のコーヒーカップと思ったわ。でもな、カップはふたつあったんじゃ。わしゃひとりじゃから、同じコーヒーが入ったカップ、ふたつ出すわけがない。そうじゃろ?」
「…じゃあ、なんなんだよそのカップ。どっからわいてきたんだよ。そんな急に増えるわけあるか。からかうのもいい加減にしろよ」
ゴォーっと音をたて、トラックが国道を走る。
「そんなんわしもわからんわい。じゃから、こうしてお前に来てもろたんじゃ。わしかて困っとるんじゃ」
その話が本当なら、たしかに困るだろう。でも、信じられない。
「いや、まあ、そうかもしれんけど…でも、なんでこんなにたくさん…」
「わしも、驚いたんじゃけどな。ちと面白うなって、コーヒーこぼしてつぶやいてみたんじゃ。そしたらまたカチャンて音がして、カップが現れた」
「信じられん…。いや、本当だとしてもさ、こんなに増やすことないだろ?いったい何回つぶやいたんだよ」
「つぶやいたのは5回くらい。さすがに薄気味悪くなって片付けようとしてな、そんときうっかりテーブル蹴っ飛ばしてもうてよ、コーヒーこぼしてしもたんよ」
「いくつ?」
「ぜんぶ」
「ぜんぶぅ?そんでまたつぶやいたんかい。いい加減にしろや」
「あほぅ、そんなわけあるかい。気味悪くて片付けようとしとったんやぞ」
「したら、なんでこんなに増えるんだよ」
「知るか!うわーっやってもうたって思った瞬間パパパパパってカップ増えとったんじゃ」
「そんなばかな…」
「しかもよう、ふとスマホ見たらコーヒーbotがつぶやいてるんよ。『コーヒーぜんぶこぼしたー!』って。わしのアカウントでつぶやいたの拾っとるんよ。わしつぶやいてないのに…」
(続く)