【1】
「わかった。いま行くわ」
スマホの通話を切って、俺はジャンパーをはおった。10月にしては気温が低く、長袖のTシャツだけでは肌寒いと思ったからだ。
「電話では説明できん。一刻も早く来てほしい。助けてくれ」
キョウヘイの切羽詰まった声になんとなく胸騒ぎを覚えて、あわてて奴のアパートに向かう。どうせまた町でひっかけた女とどうとか、そんな話だろうという気もしたが自然と少し早足になった。
奴のアパートは、俺の部屋から国道をはさんだ真向かい。土埃を舞い上げながら走るのは、この先にあるショッピングセンター建設予定地の土砂を運ぶ大型トラックだ。ひっきりなしに疾走する鉄の塊を眼下に見ながら、俺は歩道橋を渡る。トラックの振動で、錆びかけた歩道橋がグラグラ揺れる。
アパートに着くとエレベーターで6階へ。ピンポーン。チャイムを押すと、鍵は開いてると中から声がした。ドアノブを回すと扉が開く。とたん、信じられない光景がおれの目に飛び込んできた。
6畳程度のワンルーム。入って左手に簡易なキッチン、奥の右手にベッドがあり、その向かいに勉強机と14インチのテレビが並んでいる。来客の時に使っている安物のガラステーブルも今日は出してある。
そんな、いかにも田舎から上京してきた貧乏大学生が住んでそうな部屋はいま、夥しい数のコーヒーカップで埋め尽くされていた。これオシャレでいいべ?女子にうけるべ?と、リサイクルショップで買ったスタンド式間接照明の上にも、白いコーヒーカップがちょこんと乗ってる。
さらに、すべてのコーヒーカップは、黒い液体でなみなみと満たされている。
(続く)