私の知人に、今年68歳の人がいる。
今働いている仕事は、来年の9月末までの契約とのことで、まだ半年以上先に月の仕事をどうするか次の仕事はしないで引退するかはたまた趣味に没頭するか。まぁいろいろ今正月を前に悩んでいるところです。
そんな折、奥さんから「来年契約終わったらどうすんの働いてよ」と言われてるとのことで、ため息をついている日々だそうです。
仕事辞めた途端に急に体調崩す人も結構いるとのことで、私も友人や親戚の人そういう中でいやいやもう少し人生楽しんだらよかったんじゃないのってその人たちが亡くなった後に、自分の足元というか、自分自身のことが気になったりするものである。例えば退職して「ちょっと体調も良くないので、いちど病院で検査を受けてまたそれから何をするか考えてみるよ」会社を辞めていったM さんは、結局検査で胃がんが見つかり、ステージ4ステルス性の胃がんで発見が遅れたらしく、手の施しようがない状態だったそうです。もちろんすぐになくなりました。他に身近な話で、親戚の69歳の義理の兄はリンパ癌で亡くなりました。これも結構不幸な話で、70歳まで働くよなんて言ってて、どうも69歳になった頃に体調が芳しくないねって言ってこれまた検査を受けることにした。それまでは、年金も延長して70歳から受け取るようにしているからたくさんもらえるんだと言ってた。それがどうやらまずは近くの町医者で検査を受けてどうも耳の後ろに昆布があるような感じがしたので、これは大学病院で正式に検査したほうが良いと言われ紹介状ももらった。それが1月の事だった。それも1月の初めだったと思うんだよね。その後体調はみるみる悪化していき、1月の終わりぐらいになると歩くのもやっとになってきた。これはまずいなということで紹介状を持ってそろそろ大学病院に行かなきゃねって言ってた頃に急に夜中に廊下でばったりと倒れた。もちろんそのまま救急車で運ばれたんだけど、その大学病院の紹介状持ってたので、その大学病院で受け入れてもらいたく救急車に登場する人に伝えたが、病院側が拒否をしていると言うことで別の病院に受け入れてもらうことになった。もちろんその大学病院には1度も行ったことがなかったので、大学病院側としても1度も検査してないものを倒れたからといって受け入れるのは難しかったんだと思う。それでとりあえず何件か回ってやっと救急に受け入れてもらえることになり病院に搬送された。急遽では診察をして、特に今精子に投稿ということではないと言うことで、いろいろレントゲンなどをとって翌朝担当医から説明をするとのことで、その日はそのままその病院で入院をすることとなった。しかし、問題はこれからだった。翌日病院の担当医から思わぬことを伝えられた。「申し訳ないが、明日退院してもらえるでしょうか?」の一言だった。昨日倒れて入院して何の治療もなく、翌朝退院してもらえるとはどういうことだろうと家族は驚いた。担当医の説明によると、患者の病気はどうやらリンパに異常があり、そちらのほうの検査をもっと詳しくして治療すべきということであったならば、その病院でその治療をしてもらえないかとお願いしたが、こちらの病院では無理だと言われた。仕方なく明日退院をする手続き取ることにしたが、退院後にどの病院で受け入れてもらえるか探さなければいけない。まずは当初の大学病院のほうに打診してみた。しかし大学病院側では今救急で搬送された。病院との兼ね合いもあり、受け入れは無理だと言われた。病院と病院との関係もあり、一旦そちらで治療を受けた。診察を受けた患者はその大学病院では受け入れられないとの事であった。仕方ないのでかかりつけ医に相談して別の病院をその日のうちに紹介してもらい手続きができるようにした。それでやっと新しく入院する先は決まったが、救急で運ばれた。病院のところ調べてみると、そこの病院は整形外科が専門の救急病院であった。つまりリンパとか全く無縁の病院であった。だから退院してくれと言うのは納得できる話であった。救急で運ばれたこと自体が問題だったのかもしれない。それから入院先の病院で検査が始まった。検査結果、リンパ癌ステージ4でした。医者の説明によると既に癌が転移しており、手の施しようがないとの事。救急から運ばれて1週間も経ってない。2月のある木曜日のことであった。あと3ヶ月の命とのことであった。そして家族で話し合い延命治療をしないと言うことで医者に話をすることになった。そしてよく金曜日に延命治療はしませんということで話をしました。しかしそのよく月曜日になって、兄はもう少し生きてみたいとやはり延命治療をしてもらいたいと言い出しました。そして月曜日に担当医に再度延命治療すると言うことで話をし、よく火曜日に延命治療のための最終検査を行うことになりました。そして翌火曜日に最終検査をして水曜日に担当医からの説明がありました。「検査の結果、既に延命治療ができない状態になってます。手遅れですので申し訳ありませんが延命治療を行うことができません。」と、告げられた。そして余命3ヶ月とは言われたが、その通り5月にこの世を去った。モンハン歳もすれば、70歳を迎えると言う時であった。

義理の兄のことを思うと、働くことが全てではないようにも思うし、いろいろなストレスを抱えて苦しんだのかなと思う。

私は兄のことを思えば、簡単に働け働けと言うその人の気持ちが何を持ってそう言っているのかわからない。

とは言って、私の妻に最初に言った68歳の知人が奥さんに「働け働け」と言われるんだってと言うと、私の妻は、なぜか「あなたも頑張って働いてよ」と言うだけだった。仕方ないから頑張るか。