やさしい同情心、


親切、


へりくだった思い、


温和、


そして辛抱強さを身に着けなさい。


誰かに対して不満の理由がある場合でも、


引き続き互いに忍び、


互いに惜しみなく許しあいなさい。


・・・・しかし、これらすべてに加えて、


愛を身に着けなさい。


それは結合の完全な絆なのです。







「許し」とは、自分の器に愛を育むための過程でもありますね。


そしてそれは、自分を統合していく上での


愛のエッセンス。

全ての感情の基になるもの、それは「愛」。


喜びも・快楽も・豊かさも・心地よさも愛ですが、

憎しみも・悲しみも・裏切りも・切なさも根底は「愛」なのです。


愛があるから憎しみが生まれ、
憎しみがあるから戦いが起こり、
戦いがあるから復讐の気持ちが生まれます。
それが大きくなると戦争です。


じゃあ「恐れ」の感情はどこからくるのか?


それは「愛」からの分離から起こっています。

どんな恐れの感情も、掘り下げて掘り下げて根っこになるまで掘り下げると
答えは一つのところにたどり着きます。


人は生まれてから今日までの間、様々な体験をしています。
その全ては脳で記憶され、もう忘れてしまっている出来ごとでさえ
潜在意識は覚えています。


それよりも前の記憶は?


今ではよくある話のうちの一つに、生まれた時の記憶がある人もいます。
出生時、母親の体内から分離されてこの世に生まれてくる私達は
そこでまず最初の分離体験をしています。


その際、逆子で大変な苦しみを伴って生まれたり
吸引分娩だったりしたらその痛みや苦しみはバーストラウマになっていたりします。
分離されたことへの恐れが湧き上がるのです。


でも、それよりももっと前・・そうなれば話は過去世になります。


私達の魂は幾度の輪廻転生を繰り返し、色んな体験を積んでいます。
その中で何度も何度も「恐れの感情」を経験しています。

その基になるもの・・それは神からの分離。


自分の魂が神のもとを離れ、1つの魂として経験することを選択した時
初めは神と繋がっていました。
様々な経験を重ねることにより、欲にまみれ、エゴが生まれ、
神との繋がりを失った(ように感じる)ことで
分離された恐れの感情が生まれました。


神と言っても神様という訳でなく、しいて言うなら「愛の意識」でしょうか。


それは自分の内側にあり、自分でしか見つけられないもの。
その繋がりを見失ったために「恐れの感情」は生まれました。


だけど、本当は失っていないのです。
全ての人に、どんな極悪非道な罪人ですらも
自分の内側の愛に繋がる事は出来るのです。


手放すことは「恐れ」以外に何もないのです。
自分の内側に繋がることで、愛に目覚めることで
恐れの感情は解き放てるのです。

人間関係には「繋がる縁」もあれば「断ち切る縁」もあります。


親友と思ってた人と喧嘩した
居心地のよくなかった職場を退職した
元彼・元カノ・不倫相手


色んな対象者がいると思います。


自分で断ち切ろうとする縁は、スピリチュアル的に見れば
そこでエネルギーコードは切れます。
人に自分のエネルギーを明け渡すこともなくなれば
余分なエネルギーを受け取ることもなくなります。
残るのはその人との間に出来ているカルマだけです。
それはカルマの浄化をしてクリアリングに励めばいいのです。


でも「切らない縁」というのがあります。
親兄弟とか、金銭問題の相手など理由があって切れない場合ではなくて、
本人が「切りたくない縁」です。
不倫相手や元親友など、他の人とは違う感情を抱いていた縁。


これは執着です。
相手に対して嫌われたくない・繋がっていたいなどの思いから
執着心が生まれます。


執着すればするほど、恐れの感情は大きくなります。
嫌われるのが怖くなったり、繋がりを断つことで愛を失うと恐れてしまうのです。
執着心を手放すことに対する恐れも生まれます。


スピリチュアル的に言えば、エネルギーコードはガンガンに繋がり
その間カルマは生まれ続け、ドロドロの状態になります。


その人を失っても、愛は消えません。
その人が消えても、自分自身は消えません。
なぜなら愛は人から与えられるものではないから。
自分が自分を愛していないから、他者を失うことが怖く
執着心を呼び断ち切る事が出来ないのです。


エネルギーコードが繋がっていれば、相手の邪念も貰い受けます。
邪念を貰ってしまったら、その念による体調不良なども引き起こします。
除霊のとき、憑いてしまったものをまた引き寄せないために
あることをするそうです。
それをしないとまた憑くらしく、それはエネルギーコードの繋がりと似たような感じです。
(エネルギーコードは相手を意識するだけで繋がります)


執着心が強くなると、客観視できなくなります。
なのでその部分に触れられると、自分を正当化しようとします。


古い必要のない縁を持ち続けることで、
恐れの感情の中に生き続けることで、
自分への欲求を満たそうとしているだけなのです。