今、目の前にはPCや携帯がありますよね?
そして今、自分がいるのは自宅かな?

そういった、自宅や携帯、その他自分が今目に見えてるもの全てが
実は幻想の世界だと言ったらどう思いますか?

「何をバカなことを!頭おかしいの?」と思うかもしれないですね。

でもこれは、物理学が証明した本当の話なのです。

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物質はどんな物でも小さくしていくと原子になります。
原子には原子核や電子がありますが、その原子核をもっと細かくしていくと
陽子や中性子になります。
更に陽子や中性子を細かくすると素粒子と呼ばれるものになります。

私達の体を含めた地球上の物質はこの素粒子から出来ています。
つまり、体も携帯も家も素粒子の塊ってこと。

量子力学の世界では、『物質=波動でもあり粒子でもある』という二重性があるのです。

物質は、ある時は波で、ある時は粒子だと。
目に見えない波の状態でもあり、目に見える粒子でもあるって
全然真逆で違うのに??と思いますよね。

でもその両方の側面があるのです。
素粒子や原子核を観察しようとすると、それまで波動だったものが
瞬時にして粒子となって観測されるのです。

波の状態は波動=エネルギーの状態。
粒子は見えている物質として認識出来るのです。

つまり、この世は私達人間も含めて、物質でありエネルギーであるということ。

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波動=波の状態を観察するまでは、何処にどんな状態であるのか解らないものが
観察しようとした途端に粒子になるということは
こちらが観察するという意識を持って初めて粒子=物質になるということ。

人が意識を持ている間は、目の前に物質が現れるけど
意識がない状態では波=エネルギーしかない状態、
そしてそれは目には視えない世界なのです。


私達はこの視えない世界の中で、自分の意識で目の前にあるものを物質化しています。
つまりは何もない所、エネルギーだけの世界から、
携帯だったり自宅だったりを物質化しているのです。

だから自分の意識が変われば、目の前にある現実と思えるもの全てが
全然違うものに変化するのです。


自分の現実は自分が創っているということが解りますか。
この世は目に視えない世界から、自分が見てる世界を創りだしてるのです。
バーチャルシアターやホログラムのように。
視えない所から意識が創りだした幻想世界を物質化しているのです。

自分の意識を高めるということは、この幻想世界を作り変える事が可能なのです。
思考を現実化するにはこういった「意識」の変化次第でいくらでも出来るのです。

何かに捉われていたり、執着やエゴがあれば意識の変化は望めません。
そういった心の制限を外すことで、何もない世界から自分の望む世界を創りだせるようになります。







花粉症がピークを迎えていますね。
黄砂アレルギーなんかも出てる様で、今年からアレルギー症状が出た人が
私の周りには大勢います。
不快な症状はホントにつらいものです。


自分の体を愛おしく感じたり、感謝の気持ちを持ったことはありますか?

自分の体型にコンプレックスがあったり、
老いていく肉体に諦めを感じたり、
病気やアレルギーなどの体質を悔んだり恨んだり。

大抵の人は自分体に対して労わる気持ちや、感謝の気持ちを持っていません。

私達の魂は、自分が輪廻転生してこの世に生まれる時
最も都合のいい条件の肉体を選んで生まれてきます。

前世のカルマを解消するため、今世で学ぶ必要があることなどを体験できる
唯一の肉体を選ぶのです。

そこには先祖から引き継がれた情報がDNAとして組み込まれてもいますし、
必要な学びがあるからこそ先天性の病気や疾患が伴う場合もあるのです。

子供時代に病気がちだった人は、そこから学ぶことで
大人になり健康を維持することが出来るようになる場合も多々あります。

逆に、子供の頃は健康だったのに、大人になって不健康にさらされる場合もあります。

ですがその全てを自分の魂は選んでいるのです。
魂が成長するために必要な条件を、満たしてくれているのです。

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本来は自分の選んだ肉体の細胞の機能が尽きるまで、
いわゆる肉体的な寿命を迎えるまでは死に到りません。

魂が成熟しこの世を去る時期は、健康な肉体であれば苦しみことなくその時を迎えるのです。

ですが人間は生きているうえで様々な要因で自分の選んだ肉体を傷めます。
そして死を迎えるまでの期間を早めてしまいます。
朽ちた肉体から、成熟してない魂がもぎ取られるのですから苦しみが伴うのです。

アメリカのエルマー・ゲイツという科学者は人の呼気を冷却し検出試薬に混ぜた所
特定の感情ごとに違った色の沈殿物が出来ることを発見しました。
そして、そこから研究を重ね、特定の感情の沈殿物の中には毒素が含まれていることを
発見しました。
怒りの感情の呼気から出た沈殿物の毒素をねずみに注射すると数分で
死んでしまったとのこと。


つまり、怒りの感情は体中に毒素を撒き散らしているのです。

ちなみにこの怒りから出る毒素、
1時間怒りの感情を持ち続けていると、80人ちかくの致死量くらいになるそうです。
それでも自分は死なないのだから、私達の肉体って凄いですよね。
自分の出す毒素に負けないように全ての機能が働くのですから。

肉体を貪る要因は感情だけではありません。
大気汚染の環境や石油化学成分の摂取など、人的なものもあります。

こうやって自らが選んだ肉体を、粗末に扱っているのです。

外的な要因は、今の地球上では完全に取り除くことは不可能に近いでしょう。
ですが、体内に蓄積されたものをデトックスすることは可能です。
よくお水をたくさん飲みなさいというのは、血中やリンパに溜まった毒素の排出を促してくれるからです。

感情から生まれる毒素は、自分の心が澄んでいれば生成される事はありませんね。
幸せや喜びを感じたり、愛し愛されて心が充実している状態は
脳からドーパミンやβ-エンドルフィンなどの快感ホルモンが出て、
免疫力が上がります。

心が健康だと、自ずと体は健康になります。


肉体は心の状態を表し、それを表現してくれるのです。

少し体を休めたり、少し体に気を使ってあげたり。
せめてそれくらいの優しさを、自分の肉体にも与えてあげてくださいね。








学校や職場サークルなど、多数の人間が集まる所では
同じ波動を持つ人が仲良くなります。

これは波動の法則が働いて引き寄せられるからと前にも言ったと思いますが
自分たちの輪以外の人はどうでしょうか。

同じ目的を持ってそこに集まっているにも関わらず
どうしてもウマの合わない人、何か理由もなく気に障る人
一つひとつの行動に気分を害してしまうような人が多かれ少なかれいると思います。

何故、気に入らなかったり癇に障ったりするのでしょう。

人は自分の心の中の見たくないものに蓋をするクセがあります。
それを見ることで、自分の知りたくない側面を見るのが嫌だからです。


気にいらなかったり癇に障る人たちは、
こういった自分の気づいてない一面を映し出しているのです。

相手の人に見えるのは、本当は自分もそうなりたい憧れの部分だったり、
自分には到底そうなれないと思いこんでいる部分だったり、
その資質はあるのにまだ目覚めていない部分だったりします。

憧れは目標にすればいいだけの事なのに
「そうなりたい」もしくは「そうなれない」という感情を認められず
否定の気持ちが湧きおこるのです。

それを認める・受け入れる事にたいする「恐れ」の気持ちがそういった感情を作りだすのです。

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では逆に、自分がいい人だと思える人は何を映し出しているのでしょう?

それは自分が持っている良い面、ポジティブな面を映し出してくれています。

優しいと思う人は、自分の持つ優しさを。
行動力があると思う人は、自分の持つ行動力を。
心が強いと感じる人は、自分の心の強さを映し出してくれているのです。

自分が接する人は皆、自分の側面を映し出してくれています。
それは老若男女を問わず全ての人がそうなのです。

自分の世界は自分が創造しています。

自分の心のネガティブな側面やポジティブな側面を見つけられるように
ちゃんと周りにそういった人が現れてくるのです。

自分の中のネガティブな側面を受け入れると
他者に見えていた気に入らない部分や癇に障る部分は消えてしまいます。

受け入れることによって、自分自身がその感情から開放されていくので
今まで感じていた部分に反応を示さなくなっていきます。
と同時に、その相手を認め受け入れることが出来るようになるのです。

これは頭と心の部分だけに起こることではありません。
オーラにはそういった感情や思考が記憶されているのですが
自分と相手のオーラがそのネガティブな部分に反応することも無くなるのです。

嫌な人は近くにいると嫌な「気」がするでしょう?
居心地の良い人は一緒にいるとよい「気(分)」になりますね。

これはオーラ同士が反応した為、それをキャッチしたからです。

ネガティブな気は反発しますが、ポジティブな気は混ざり合います。
それを無意識のうちに感じ取って、自分の感覚として認識しているのです。

自分の周りの人たちを観察すれば自分の今まで気づかなかった側面が解ります。
ポジティブな面もネガティブな面も自分自身。
映し出してくれている人たちからそれを学び、それを受け入れていきましょう。