自分に変化をもたらしたい時や、何かの問題に出会った時
内観して問題と向き合いそこから様々な気づきを得ることが出来ます。

内観の方法については以前伝えたように、
(参考記事:内観するということ
自分の中にあるエゴや執着などと向き合っていきます。

その課程で問題を深めていくのですが、この「深める」というのが
なかなか難しかったりどう深めていけばよいのか解らない人も多いようです。

ある問題が起こった時、それは必ず自分の外側で起こります。
人間関係や度重なる不運な出来事など、
どうしようもない感情に見舞われたり、
怒りや憤りを感じたり、悲しみや寂しさ、
憎しみの感情などが浮き上がってきます。

先ずはその感情とじっくり向き合い、何故そんな感情が浮かぶのか原因を探りますね。
人間関係が問題の時は、今目の前にいる相手ではなく自分に焦点を当ててみます。
度重なる同じような出来事の場合は、どんなパターンがあるかを探ります。
そしてそのパターンが起こっている時の自分の心の状態を探し出します。
ネガティブな感情が浮き上がっている時や、
何か欲求不満の時に起こる等、必ず心境にもパターンがあるのです。


内観とは心の闇の部分、深く閉ざした部分を観ていく作業です。
自分の心と体の変化をしっかりと感じ取ることが必要なのです。


自分の心の中に
エゴや欲、傲慢さ、観念や思いこみ、
被害妄想や自己中心的な考え、不安、恐怖、
依存心や威圧、責任の放棄や責任転嫁、
相手をコントロールしようとする心などがないかを観ていくのです。
そういう時の体の変化にも注目します。
呼吸が荒くなる、息がとまる、腹痛が起る、
何処かに痺れや痛みが走るなど。
体は正直に反応してくれます。


「もうこれ以上ない」と感じても、
更に奥深くにもっと根深いものがあります。

必ずあるのです。

Crystal breath

           オトメユリの花言葉は「わたしの心の姿です」
Crystal breath


その心の中にあるものが、
問題となる相手や状況にどれだけの傷を与えたかを観ていきます。
相手や状況というのは、本来は特別な意味はなく
自分自身がそれに対して意味をつけているにしか過ぎません。
例え酷い事を言われたと思っていても、
相手にすれば軽いジョークの場合もあります。
受け取り方に意味をつけたのは自分自身。
意味をつけることで、目には見えなくても相手を傷つけているのです。

自分がどれだけ我欲に支配された人間であるか、
どうしようもないくらい相手や自分を傷つけていたか
思い知らされるという感覚に陥るかもしれません。

そこまで辿りつくと、不意に問題となっていた相手や状況に
無限の愛を感じることに出会います。
人であれ状況であれ、姿形を変えて、
無限の愛で自分に様々な事を学ばせてくれたことに気がつくのです。

それは温かく包み込んでくれる感覚であり、
慈悲の愛であり、生かされていることの歓びでもあります。
無限の宇宙の愛を感じることもあるでしょう。

言葉を失い、心からその相手や状況に感謝の気持ちが湧きあがり
涙がこぼれおちるかもしれません。

こういった体験を経て、やっと自分の問題から解放されます。
相手を赦し、感謝出来るようになるのです。


頭で考えて解った気になっていても、結局は同じ問題を繰り返してしまうのは
真の内観が出来ていない証拠なのです。

「深めてくださいね」と私はよく話しますが、
それはこういった形で自分自身をじっくり見てくださいねということ。
ここまで内観を深めていくことで、
問題から学び、素晴らしいギフトを受け取る体験が出来るのですね。



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バラあなたのハートに愛と光と祝福をバラ


自分の周りには今どんな人たちがいるでしょうか?

尊敬する人、解り合える人、心許せる人、一緒に楽しめる人、
反対に、憎まれ口を叩く人、意見の合わない人、信用できない人、心が通じない人。
色んなタイプの人がいますよね。
そういった人達との関わりの中で、一体自分は何を学んでいるのでしょうか。

他山之石(たざんのいし)』という言葉があります。

これは中国の古い詩集にある言葉で
「「他山之石 可以攻玉」(たざんのいし、もってたまをおさむべし)」
という言葉からきています。
他の山から出る悪い石でも、自分の玉を磨くことが出来るとい言う言葉です。
他者の言動を見て、自分の人格を磨くために役立てようという意味です。

日本でも昔から『人の振り見て我が振り直せ』と言いますよね。
それと同じ意味合いです。


よい人間関係の中では、「こんな人になりたいな」と素直に思えますが
苦手な人間関係では出来るだけ避けたいという心が働きます。
「ああいう人にはなりたくない」と思うことはあっても
その人とは深く関わりたくはないでしょう。
深く関われば関わる程、嫌な部分が目についたり
敵対心を持ってしまいがちですね。
ですが、そのままの状況ではその人間関係は修復することはありません。


わざわざ無理に仲良くする必要はありませんが、
その人から学ぶことがあれば、自然とそういう関係は気にならなくなっていくのです。

相手は鏡だと何度か伝えてきましたが、
自分の持つ部分を映し出してくれているのだから
苦手な人達の行動や言動は、自分の中に必ず存在する一部なのです。
相手の気になる部分や気に入らない部分が自分にあるというと
「絶対にそれはない」と言い切る人がいますが、
実は自分が気付いていないだけで、
相手を変え状況を変えた時、別の人に同じことをしていたりします。


例えば、仕事ではせっかちで先の事ばかり気にしている人は
のんびりマイペースな人を見てイライラしますよね。
だけど、そのせっかちさんは食事に出かけると
メニューがなかなか決まらない人だったりするのです。

Crystal breath

             オニユリの花言葉は「共感」
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相手がどんな人であれ、その瞬間、あなたが交流している人が、
その瞬間のあなたにとって、
あなたの人生の中でもっとも重要な深いつながりのある人です。
なぜなら、それぞれの人が、自分自身をより深く知るために、
お互いの姿を映し出している鏡だからです。
すべてのかかわりの中で、あるべき自分というものを
お互いに鏡のように映し出しているのです。
より本当の自分自身になること、
それがその関係の中であなたがもたらすことのできる贈り物です。


~バシャール~

形を変えて表現していることに気がつかなければ
いつまで経っても気に入らない相手には、嫌な思いが浮き上がります。
ですが一旦それに気がつけば、自分を知ることになります。
今まで見えてなかった自分を知ることで
相手のその言動や行動は受け入れることが出来るし
気にならなくなっていきます。
そして、その関係性が必要でなくなれば
苦手な人との関係も自然に離れていくのです。
そういう状況は、その人からもう学ぶことが無くなってしまったのですね。


嫌な相手を「苦手だ。嫌いだ。」と決め付けてしまう前に
そこからまだ知らない自分を見つける方が
気持ちよく苦手な人間関係を手放すことが出来るのです。




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花あなたのハートに愛と光と祝福を花
生きていた時の意識レベルで死後の魂の行き先は決まります。
それは家族や友人、今のパートナーにも当てはまります。

互いが同じ意識レベルであれば同じ界層でまた出会いますが
意識の差があれば例えどんなに愛しあったとしても別々の界層に行くことになるのです。

地上での男女の愛は肉体的な結びつき(性愛)が強く、利己的な要素が伴います。
聖書に出てくるダビデや、アブラムの二人の妻の話のように
自分のエゴや欲からくる愛情や、奪い取る関係などは利己的そのものです。


また地上での男女の結婚では、子孫を残すために肉体的な交わりがありますが、霊界ではそうした性的な結びつきはありません。

霊体は子供を創らないのでセックスする必要がないのです。
だから性愛というものが存在しなくなるのです。

ロミオとジュリエットのようにいくら激しく愛しあった二人でも、
意識のレベルが違えば別々の場所に行ってしまうので
この世限りの愛と言うことになります。

地上時代の愛を霊界でも継続させるには、
互いに霊的な愛や利他愛が必要になってくるのです。


世間でよくいう仮面夫婦を演じていた場合は
例え同じお墓に入ったとしても住む霊界は別々の所なのですね。

地上で激しく愛しあって、あの世でも一緒にいたいと願うのなら
二人揃って霊的な成長を遂げるしか方法はありません。
そうでなければ、大事なパートナーとも二度と会えなくなるのです。


Crystal breath

             サルビアの花言葉は「家族愛」
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この世と霊界の愛の違いがハッキリ顕れるのが、この男女の愛です。

地上での愛は性愛が強いので、霊界から見ると「真の愛はない」という状態です。

では「真の愛」とはいかなるものでしょうか?

それは少し前に話した、「神の倫理の愛」のように
相手を思い慈しみ、相手の成長だけを願う愛になります。
魂と魂の関係の中で利他愛の結びつきがあり、相手の霊的成長を最優先します。
こちらの世界の友愛に似たような関係ですね。


そもそも男女と言う意識自体、霊性が高くなればなるほど薄くなっていきます。
男性性や女性性がどんどん統合されていくので、
男か女かに拘る必要もなくなってしまうのです。
ゆえに利他愛の結びつきが深まりやすくなると言えば
ある程度理解しやすいかもしれませんね。


霊界での結婚とは、こういった神の真実の愛によって結ばれた者同士が体験できるのです。

霊界でもこの人と一緒にいたいと思うのならば、
生きている間から互いに霊的な愛を学ぶしかありません。

容姿や性格が好きだとか、体の関係が合うからとか、
ツインソウルだからツインフレームだからとか、
何かしらにつけて執着したり条件をつけて愛しあっても
何の意味もない「模造品の愛」でしかないのです。


こちらの世界で誰かを愛するというのなら、
その人の神聖な部分を見つけ出し愛すること。
そしてその人の霊的成長を最優先して願いましょう。


それはこちらの世界の関係性とは全く違ったものですが、
霊界に戻ってからより深い愛の学び・喜びを体験できるのですよ。




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花あなたのハートに愛と光と祝福を花