先月の伊勢神宮に続き、今度は奈良県にある箸墓古墳と三輪山・大神神社に行ってきました。

当初、この日は別の予定があったのですが、
その予定が不自然な形で進行せず、結果中止に。
奈良への旅は朝ちゃんが声かけしてくれてたのですが
予定が中止になったから参加表明したところ、
私とまっきぃの参加で定員数に達したとか。
呼ばれてる時って、こんなもんですね。

奈良県は自宅から近いのですが、箸墓古墳も三輪山も初めて。
何が起こるのか・・楽しみにしていました。



箸墓古墳
前方後円墳と言えば、仁徳天皇陵が有名ですが
こちらは「卑弥呼の墓」の可能性が高い古墳。
仁徳天皇陵より古い古墳ですね。



昼食は、古墳の側にある『ひすい庭園・卑弥呼』にて。
翡翠原石があちこちに置かれ、
古墳から湧きあがるエネルギーも相まって
かなり強力な磁場を出している場所です。
なかなか面白いエネルギーですよ。





台風一過の真夏日!
青い空から照りつける太陽は、庭園の翡翠達にパワーを注ぎます。

こちらの庭園のそばで、翡翠加工をしている風景を拝見させて頂きました。





小さくカットした原石に大まかなラインを入れて、
一つ一つ、職人さんが手磨きで磨いていかれます。
かなり細かいペーパーまで用意されていて・・
勾玉の湾曲部分も丁寧に磨いていかれます。
まさに、職人技!

翡翠を堪能してパワーもたっぷり頂いたあと、
三輪山・大神神社へ。



三輪山には3つの鳥居があります。
こちらは『二の鳥居

祭神 大物主大神(おおものぬしのおおかみ)
配祀 大己貴神(おおなむちのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)


大己貴神がご自身の幸魂・奇魂を三輪山にお鎮めになり、
大物主神の御名をもってお祀りされたのがこの神社の始まり。
山そのものをご神体としているので、本殿ではなく拝殿があります。


日本書紀や古事記の記述では、大物主神が神とされて書かれていますが
カタカムナを読み解いていくと役職名だということが解ります。
これは以前から知っていたのですが、
この旅でなるほどなぁと思う所あり。
カタカムナを偽書にしておかなければいけないのも、この世界が宗教によって今の時代に続く流れになっていった背景が絡んでいるのかと思います。
こういったことは世界中で行われていたのですから、その後に続く時代が男性性で争いの時代へとなるように仕組まれていたのでしょうね。




駐車場のお手洗いを出たら、目の前に止まっていました。
エンジェルナンバーは毎日見ますが、
こういう時って神社に呼ばれた感じが強まります。



衣掛杉(ころもがけのすぎ)

何故か気になりました。

現世の欲望を捨てて、三輪の地に住まうことになった玄賓僧都。
謡曲「三輪」にゆかりの玄賓僧都です。
そこへ美女が寒さをしのぐための衣を玄賓僧都に求めました。
衣を差し出した玄賓僧都は、気になって後を追ってみるとこの杉の木に自身の衣が掛かっていたというお話です。
彼が出会った美女は、実は三輪の神様だったというお話し。


三輪山に白蛇の女神がいるというのは、この神のことかもしれません。



この階段を昇ると拝殿に。



拝殿前のエネルギーは、伊勢神宮とも違う不思議なエネルギー。
言葉に表現出来ずにいましたが、地面から足へ、
天から頭上へどんどん入ってくる感覚。。
ご一緒したお友達もそれを感じて。。
さて、このエネルギーをどうしましょう?という感じでしたが、
しっかり受け取ってまいりました。



拝殿前にあるご神木。

巳の神杉(みのかみすぎ)

江戸時代は雨乞い杉と呼ばれていたのが、
いつの間にか杉の根基に蛇が住みついたことから
この名前に変わったそうです。

蛇自体は見かけなかったのですが、
お参りするとき根元の穴が気になって見てみると
何かと眼があった・・こちらを見てるのが解りました。
白蛇の女神はここにいたのかもしれません。



境内でゆっくりエネルギーを堪能したあと、
駐車場までの道中にある翡翠ショップで一休み。




素敵な翡翠の天使の置物が!
これ見てるだけでも、柔らかなエネルギーが伝わりますね。

店内には他にも、兎や様々な翡翠の置物がありました。
原石にも触れることが出来るのですが、
翡翠は比重が高いので見た目より重いのですね。
ずっしりくる重さは、柔らかい色合いには想像できない重さですよ。



こちらが『一の鳥居

この鳥居が三輪山を守る最初の結界ですね。
大きくそびえ立つ力強い鳥居は、太古の昔からこの山を護り続けているのでしょうね。



今回の旅は兎に角エネルギーに触れる旅となりました。
神社によって全く違う色を見せるのは、
神々の側面なのかもしれませんね。





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外宮参拝の記事はこちら

内宮参拝の記事はこちら

おはらい町と猿田彦神社の記事はこちら


次は『月讀宮』へと向かいます。

月讀宮に祀られているのは、天照大御神の弟神
『月讀尊(つきよみのみこと)』
こちらは皇大神宮の別宮とされていて、
外宮の別宮『月夜見宮(つきよみのみや)』と同じ神様です。

天照大御神が昼を治め、
月讀尊が夜之食国(よるのおすくに)を治めるようになりました。

こちらの宮も今建て替えが行われており、
以前行った場所よりも内宮側に新しい駐車場が出来ていました。



ご立派な柱が立っています。



その先には、境内に入る鳥居が。

以前の入り口は森の中に入る感じがして、
凛とした気が漂っていたのですが・・・

ちなみに、以前の入り口はこんな外観。



こちらは今は入ることが出来ないようです。

月讀宮は、外宮や内宮に比べて神気が高く霊験新たかな宮だと思います。
ひっそりと静かなたたずまいがあるからでしょうか。
そしてやはり夜を感じさせる空間。
お参りしてる時間は午前9時ごろですが夜を感じるのです。

ここにお祀りされているのは

月讀宮 月讀尊(つきよみのみこと)

月讀荒御魂宮 月讀尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま) 

伊佐奈岐宮 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

伊佐奈弥宮 伊弉冉尊(いざなみのみこと)


の四人の神様。

天照大御神の弟とご両親ですね。

月讀尊も和魂と荒魂に分けて祀られています。



手前が月讀尊。 奥が荒御魂。



手前が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)。

奥が伊弉冉尊(いざなみのみこと)。


お参りする際は、
月讀尊→月讀尊荒御魂→伊弉諾尊→伊弉冉尊の順に行うとされています。

天照が陽のエネルギーであれば、こちらは陰のエネルギー。
夜の闇を治める静寂と沈黙のエネルギーという感じでしょうか。
凛とした空気もあいまって、心が静まりかえっていきます。

伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀っているせいか、
縁結びの宮にしている雑誌なんかもあるようですが
この二人の神様は、離縁しています。
よく調べもしないで、縁結びのパワースポットにするのは
神々に対して失礼だと思うのですが。
こういう所は日本人の流行りに便乗する悪い癖じゃないでしょうか。





雨もかなり小雨になり、緑を増して行く木々。

新しい社の敷地横に、大きな木があります。
その側には昔井戸だったのでしょうか・・小さな祠が。





この木は見る角度によって、節の部分が龍の顔に見えたりする不思議な木。
建て替え後は、新しい社を見守るのでしょうね。




お参りを済ませ、駐車場に戻る手前の左側に
強い気が流れる石段があります。

そこは『葭原神社』。



石段を登った敷地内にひっそりと鎮座されております。

佐佐津比古命(ささつひこのみこと)
宇加乃御玉御祖命(うかのみたまのみおやのみこと)
伊加利比賣命(いかりひめのみこと


の三神が祀られているのですが、ここもかなりの強い気。
田野守護の神様なのですが、倭姫命が祝い定めた神社であるとも言われます。

ここは、参ってよい者を選ぶ神社かもしれません。
倭姫命は皇大御神の「御杖代」。
自分の肉体を通して神々に奉仕するいわゆる「巫女」です。

私とまっきぃはお参り出来たのですが、
朝ちゃんは「御参りしてはいけない気がする・・」とやめたのです。
その直感、大当たりなのかもしれませんね。



ここで御参りを済ませ、伊勢の旅は終了。
日の出より参り続け、神々の神気を沢山頂いたので
エネルギーでお腹いっぱい状態に。
でも何故か、私だけがまだまだ吸収できそうな勢いでした。

何の予定も入らず、ここに行けと言われんばかりに導かれた伊勢。

これからの3人の変化が楽しみ・・・と思いきや、
いきなり次の旅が決定したのは数日後。
それも導かれるようにして・・まだまだ神社巡りは続きそうです。




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内宮を出ると、雨も小雨なのでおはらい町を歩きながら猿田彦神社へ向かいます。
いつもは賑わうこのあたり、まだ店は開いておらず
雨のせいもあって人が殆どいませんでした。

過去数回、午前8時ごろに内宮へ到着したにも関わらず
駐車場がいっぱいで午後からしか入れなかった私には
この時間(午前7時半くらい)で御参りをすませ、
ここを歩くことが出来るのは初めての体験でした。




置物かと思うくらいじっとしていた猫ちゃん。
おはらい町の入り口のお店の前で眠っているのか?
この他にも2匹の三毛猫ちゃんが対になって寝ていました。





雨の中、ひっそりとしたおはらい町。

おはらい町は、江戸時代の参宮客を館でお祓いや神楽でもてなしたことから
この名前がついたそうです

今は古い町並みのように統一されて、コンビニもそれらしい外観ですが
一時期の近代化した建物の頃は、人気が薄くなり観光客も減少したとか。
それを立て直したのが、こちらのお店。



伊勢名物「赤福」の本店。
伊勢特有の街並みを再現することからはじめ、本格的に伊勢市も動きだし今の街並みが再現されたようです。
流石、創業1707年の老舗ですね。



おかげ横町は赤福本店の前。
「おかげ参り」と「商いを続けてこられたのは伊勢神宮のおかげ」という
2つの意味を込めて「おかげ横丁」と名付けたそうです。
このおかげ横丁も赤福さんが作られた町並みなのですよ。


ここまで歩いておきながら、結局元来た道を戻り
猿田彦神社には車で行くことに。


(画像は猿田彦神社HPよりお借りしました)

今丁度、造営工事の真っ最中であったので、
お参りは出来るのですが社の写真がありません。

猿田彦神社は、過去数回伊勢神宮に参拝しつつも
初めて行かせて頂きました。

猿田彦大神は「みちひらき」の神様。
天孫降臨の際に、高千穂に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を御案内した神様です。
そして妻の天宇受賣命(あめのうずめのみこと)と共に、
伊勢の地から全国へと開拓を進めた神様でもあるため
道案内や開拓をした功績が、物事の始まりに繋がり
『みちひらき』の神となったそうです。





こちらは拝殿正面にある『方位石』。
昔の神殿跡の位置にあります。
この方位石には干支が書かれているのですが、
自分の干支の位置を触るといいらしいですよ。

願いをこめてお賽銭を置く方が沢山いらっしゃいます。
もちろん、私も置かせて頂きました。




こちらは境内にある『たから石』。
宝船の形に似ているからそう呼ばれるらしいのですが
良く見ると蛇が乗っているようにも見えるので
縁起が良いと言われています。





確かに、蛇の顔のように見えますね。



そしてもう一つの大きな石は『さざれ石』。
君が代にも出てくる「さざれ石」はこの石のことだそう。
年を重ねることで成長し、やがて大きな石となるという
縁起ものの石です。

人の成長も子供から大人へ、同じですね。



そしてこちらが「佐留女神社(さるめじんじゃ)」
猿田彦大神の妻、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)が祀られています。
天宇受賣命(あめのうずめのみこと)は、
天照大御神を岩戸から出すために神楽を舞った逸話を持つことから
芸能の神とされています。


芸能の神と言えば有名なのが弁財天。
奈良県・天河村にある『天河弁財天神社』の五十鈴は、
この天宇受賣命(あめのうずめのみこと)が岩戸の前で舞った時に
使った神代鈴と同様のものだと言われています。



だからでしょうか、境内の社務所には五十鈴が置いてありました。
ただ、天河弁財天のものは玉が3つなのに
こちらの五十鈴は5つの玉がついています。
二つ多いのは・・どうしてなのでしょうね。

更に今回御参りして、気がついたのですが
造営工事の為か、猿田彦大神のご神殿からパワーが感じられませんでした。
工事の喧しさに、別の場所に移動されている?
これは昨年熊野大社に行った時も同じ感じがしたのです。
熊野大社も水害からの建て替え中だったのですが
お社の中が空っぽな感じがしていました。

こういう時、神様がどこにいらっしゃるのか気になるものです。


旅は月読宮へと続きます。




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