サットサンで、悟る為に自分の内側に入って行き、そのことを知ったうえで外と内が同じであったことがわかることの大切さを解いています。また、いつもタオの教えである「無為自然」のことをお話しています。そのことがいかに大切かについてOsho(タオの教えを解いている)の説法がありましたのでシェアします。
Osho:どうすれば円を完結させることができるか、どうすれば光を巡らせることができるか、どうすれば内側に動いてゆけるか、どうすればほんの少しの青空を、ほんの少しの天国を手に入れることができるか....そうすれば、どこにいても幸せでいられる。あなたは地獄にいても幸せだ。今のままのあなたでは、どこにいても不幸になる。たとえ天国にいても不幸になる。あなたはそこでも不幸になる手段や方法を見つけだす。
なぜなら、あなたは嫉妬や怒りや貪欲や所有欲をすべてもち歩いているからだ。あなたは激怒、性欲、抑圧をすべてもちあるいている。あなたはこの荷物をそっくりもち歩いている。天国に着いた瞬間、あなたはそこでもまたまわりに地獄をつくりだす。なぜなら、あなたは地獄の種子をもち歩いているからだ。清らかであれば、静謐(せいひつ)であれば、あなたは天国にたどり着くと言われているが、真相はまったくその逆だ。清らかであれば、静謐であれば、天国があなたのもとにやって来る。人はけっしてどこへも行かない。人はつねにここにいる。だが、ひとたび内側が光で満たされたなら、外側の世界すべてが変容を遂げる。
仏陀はあなたがたと同じ世界で活動している。仏陀はあなたがたが歩くのと同じ通りを歩いている。だが、仏陀はまったく異なる世界に生きている。仏陀は楽園で暮らし、あなたは地獄で暮らしている。あなたは仏陀の隣に坐っているかもしれない。彼の手を取ったり、彼の足に触れたりしているかもしれない。それほど近くにいても、二つの世界は遥かに遠く離れ、分かれている。天国にある、完全な祝福のなかにある、神という名のその光輝に包まれる秘法は何か?これがその秘法だ....
呂祖師は言った。汝らの修行は次第に集中し、成熟してゆくだろう。タオの道は頓悟(とんご)の道ではない。それは禅のようではない。禅は頓悟だ。タオはゆっくりと成長してゆく。タオは突然起こる、唐突な変化を信じない。タオは<存在>と歩調を合わせることを信じ、けして自分の流儀を押し付けたり、川を押したりせず、ものごとをひとりでに起こらせてゆく。
そしてタオは言う。永遠の時間があるのだからあわてる必要はない。適切な時に種子を蒔いて、待てばいい。そうすれば春がやって来る。春はいつでもやって来る。そして春が来れば、花が咲く。とにかく待ちなさい。急いではいけない。樹の成長を速めようと引っぱったりしてはいけない。「すべてがインスタント・コーヒーのようになればいい」とねだったりしてはいけない。待つことを学びなさい。
自然は、実にゆうゆうと動いてゆくからだ。このゆったりとした動きゆえに、自然には優美さがある。自然はとても女性的であり、女性のように移ろってゆく。自然は走らず、急がず、あわてることがない。自然はひじょうにゆっくりと進む、静かな音楽のようだ。自然は実に忍耐強い。そしてタオは、自然の流儀を信じている。タオとは、まさに「自然」を意味する。それゆえに、タオはけっして急がない。これを理解しておかなければならない。タオの基本的な教えはこれだ....忍耐強くあることを学べ。
無限に待つことができるなら、それは即座に起こるかもしれない。だが、即座に起こることを求めてはいけない。求めれば、それはけして起こらないだろう。あなたが求めるそのことが障害になる。その欲望そのものが、あなたと自然のあいだに溝をつくる。自然と調和を保ち、自然にみずからの道をとらせなさい....それはいつ起こってもかまわない。それはいつも時を逸することがない。起こるのがいつであってもだ。たとえ長い年月がかかるとしても、それで遅れたことにはならない。それはけっして遅れない。それはつねに正しい瞬間に起こる。
タオはあらゆることが必要な時に起こると信じている。弟子に用意ができたとき、師が現れる。弟子に究極の用意ができたとき、神が現れる。それを可能にするのは、性急で、慌ただしい、攻撃的な姿勢ではなく、あなたのふところの深さ、虚空、受容性、受け身の姿勢だ。真理は征服できないことを覚えておきなさい。人は真理に明け渡さなければならない。人は真理に征服されねばならない。
だが、いつの時代にも、あらゆる国々で攻撃的で野心に満ちた教育が行なわれてきた。私たちは人々をせきたてる。私たちは人々の恐怖を煽る。私たちは彼らに言う。「時は金であり、じつに貴重なものだ。過ぎ去った時間はもどってこない。だからぐずぐずしてはいられない。急げ」と。これが人々を狂気に駆り立ててきた。彼らはここからあそこへとあわてて飛びまわり、どこにいても少しも楽しむことがない。
彼らは、この国際ホテルから別の国際ホテルへと世界中を駆け回る。どのホテルも似たりよったりだ。東京であろうが、ボンベイであろうが、ニューヨークであろうが、パリであろうが大差はない。これらの国際ホテルは、みな似たりよったりだ。ところが人々は、この国際ホテルからあの国際ホテルへと駆けまわりながら、世界一周旅行をしているつもりになっている。どこもかしこも同じなのだから、どこかの国際ホテルに腰を据えていればよかったし、他のところに出かけてゆく必要などなかったのだ。
だが人々は、どこかに向かっていると考えている。スピードは人々を神経症に追いやっている。タオは自然の道だ。樹が育ち、川が流れるように、そして鳥や子供たちのように……それとまったく同じように、人は神のなかへ成長してゆかなければならない。呂祖師は言った。汝らの修行は次第に集中し、成熟してゆくだろう。あわてないこと。死に物狂いにならないこと。今日うまくゆかなくても、希望を失うことはない。今日しくじったとしてもどこもおかしくない。数日のあいだ失敗がつついてもどこもおかしくない。
人々は失敗することをひじょうに恐れている。ただ失敗するのが怖いために、けっしてやってみようとはしない。怖がるあまり恋をしない人々が大勢いる....誰にわかるだろう?拒絶されるかもしれないではないか。そこで彼らは、愛情を表現しないでおこうと心に決めた。そうすれば誰にも拒絶されることはない。人々は失敗を恐れるあまり、けして新しいことをやろうとしない.....わかるものか。失敗したら、どうするんだ?
そして言うまでもなく、内側に入ってゆくためには何度も失敗せざるをえない。一度もそこに入ったことがないからだ。あなたは外界での活動や外向的な仕事をこなす手腕や力はそなえているが、どうやって内側に入ればよいのかわからない。人々は「内側に入りなさい、なかに入りなさい」という言葉を耳にしても、何のことだかわからない。彼らが知っているのは出てゆく方法だけだ。彼らが知っているのは他人のところへ出かける方法だけだ。彼らは自分自身に到る方法をまったく知らない。
それも無理はない。過去からの習慣ゆえに、あなたは何度も失敗するだろう。希望をなくしてはいけない。成熟はゆっくり起こる。成熟は必ず起こるが、それには時間がかかる。そして、いいかね。人が違えば、成熟する速さも違う。だから比較しないこと。「あの人はとても静かで、 楽しそうなのに、私はまだなっていない。いったいどこがいけないのだろう?」と考えてはいけない。他人と比較してはいけない。人はそれぞれ異なる過去生を生きてきたのだから。今生ですら人々の生き方は様々だ。
Osho - The
Secret Of The Secrets
いかがだったでしょうか!全てはインスタントではありません。タオは「タオはあらゆることが必要な時に起こると信じている。弟子に用意ができたとき、師が現れる。弟子に究極の用意ができたとき、神が現れる」と言っています。しかし、せっかく見つけても、その師の価値がわからず去って行く方もいます。まあ、それが自然な行動なのかも知れませんが・・・とにかく、これからはあなたも自然の流れに任せてみて下さい。きっと今までと違った感覚を味わうことでしょう♪
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