真実の結晶

真実の体験をお伝えします!気づいて下さい!
あなたはもともとパーフェクトだと言うことを♪


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よく個人セッションやリトリートで「私の今生の引っかかっている所はどこですか?」と言う質問があります。初めての方でもリトリートの最後の日になると、ほとんどその人の引っかかっている所はわかります。

 

では、どうしてわかるのでしょうか?

 

実は、相手のジャッジしている内容がその人の「ひっかかり」なのです。でも、それもその人のプログラム通りの行動(ひっかかりを知ること)なので悪いことではありませんが、(その人のジャッジしている内容)対応していれば全てわかるのです。個人セッションやリトリートなど(参加者との)会話が多くなるなるので、その人のひっかかりそうなキーワードの言葉を多く入れます。もし、スルーする人はそのひっかかりはありませんが、思惑通り(魚が餌に食いつくように)そのキーワードにひっかかりがあればその人は反応します。ある方が「北島さんはお金に引っかかっていませんか?」と質問されました。これこそ、質問したご本人がお金に関するキーワードに反応した結果なのです。

 

また、今生の引っかかりは過去世にも関係しています。例えば、過去で高い地位にいた方(皇帝や王様・教祖など)は全てとは言いませんが、お金の執着やプライドが高い人が多い傾向にあります。ちなみにお金持ちは、お金が無くなることに不安になるそうです(笑)また、過去世で(全ての人とは言いませんが)宇宙人や妖精などの方は(全てのモノを自分で作りだせる力があるので)枠(ルール)を作り、そのループから抜け出せない傾向があります(実は、宇宙人や妖精は意識体なので身体がなく本当の自分を知ることが出来ず悟ることが困難なのです)。また、人間より知識レベルが高いので相手を上から見下す傾向があります。私も過去世でその体験があったのでよくわかりましが、今は人間の身体をまとっているのですから、過去世の記憶には意味がないことに気づかないと悟ることは難しくなることに気づいてください。私に体験から、過去世の記憶や栄光は悟りに何の足しに貰らず、かえってマイナスですので、いち早く気づいてください。

 

実は、人間に生まれ変わると言うことは最高にラッキーのことであり祝福なのです。また、いま現在この時代の人間に転生したいと思っている方々(意識体)が多く待っているの事実です。あなたは、せっかく今生、人間に生まてきたのですからご自身のひっかかりをいち早く見つけてください。そして、人間に生まれたことの祝福を無駄しないでくださいね♪

 

 

◎お知らせ

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https://chakrawork.jp/events/2018-ubud/

 

 

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今回は、肉体の崩壊である「死」とそれに関連する真実をOshoが書いた素敵な講話がありますのでシェアします。

 

 

Osho:みずからの自己のなかへはいってゆくとき、本当の問題が生じてくる。あなたが目覚めようとすると、本当の問題が生じてくる。そうなると過去全体がそれに抵抗する。過去全体が山のようにあなたの上にのしかかり、あなたを押し戻し、あなたが大空へ、無限なるもの、永遠なるもの、神、涅槃(ニルヴァーナ)へと翔け昇るのを許さない。

 

これはすばらしい寓話だ。ひとりの師がこの世を去ろうとし、もうひとりの師が別れを告げにやって来る。だが、なんという別れの告げ方だろう!死という機会が使われる。そう、ごくごく意識的な人々だけが死によって開かれる機会を使うことができる。無意識に見られる死は敵であり、意識的に見られる死は最大の友達だ。無意識に見られる死は、あなたのすべての夢を、あなたのすべての生活様式を、あなたが築きあげてきたすべての世界を、あなたが元手をかけてきたあらゆるものをこなごなに打ち砕いてしまう....すべてが崩れ落ちる。

 

だが、意識的に見られた死は新たなる生の始まり、神に到る扉になる。蜷川(にながわ)が息を引き取ろうとしていたとき、一休は尋ねた。「私が道案内をいたそうか?」彼は、死は始まりであって終わりではないと言っている。「私の手引きはいらないかね?私の助けはいらないかね?あなたは新しい存在のありようを学ぶことになる。新しい光景が開かれてくる。あなたは新しい次元、新しい地平に入ってゆこうとしている....私の手引きはいらないかね?私の助けはいらないかね?」

 

蜷川は答えた。「私はこの世に独り来て、独り去ってゆくのです。どんな手引きができると言うのです?」その通り、私たちは独りで来て、独りで去ってゆく。そしてこの二つの独りあることのあいだに、私たちはともにあること、関係性、愛、家族、友人、仲間、国家、教会、組織などすべての夢をつくりあげる。私たちは独りで来て、独りで去ってゆく。<独りあること>が私たちの究極の本性だ。だが、その二つのはざまで、私たちはどれだけ多くの夢を見ることだろう!

 

人は夫や妻に、父や母になる。人は金、権力、威信、社会的地位をかき集めるが、空の手で生まれ、空の手で死んでゆくことをよく知っている。この世のものをもってゆくことはできない....それでも人は集めつつけ、それでも人はしがみつき、執着心をますますつのらせ、いずれ去らねばならないこの現世にもっともっと深く根をおろそうとする。この世界を旅籠(はたご)として使うのはいいが、そこに家を建ててはいけない。

 

それを使うのはいい、だが、それに使われてはいけない。ものを所有してもしかたがない。何かを所有しはじめたとたんに、人はそれに所有されてしまうからだ。所有すればするほど、いっそう所有されてしまう。使うがいい!だが、死がやって来つつあることを、死がいつも途上にあることを心にとめて、それを忘れてはいけない。いつなんどき死が扉を叩き、何もかもそのままにして立ち去らねばならないかもしれない。いつもあなたは中途半端のままで立ち去らねばならない。人は生で何ごとも完結させることはできない。

 

蜷川は抜かりなく答えた。「私はこの世に独り来て、独り去ってゆくのです。どんな手引きができると言うのです?死を前にしてどうやって私を助けることができるでしょう?生きているあいだは、助け合うという幻想を抱くこともできますが、死を前にしてどうやって?」彼は深遠な真理を語っているが、真理はまだまだ奥が深い。一休はさらに高い真理をもって答えている。

 

これを覚えておきなさい....真理と虚偽のあいだに葛藤があるのではない。真の葛藤はより低い真実とより高い真実のあいだにある。虚偽はどこまでも虚偽だ。虚偽に何ができるだろう?真理をどう損なうことができるだろう?虚偽と真実を選び分けるという問題ではけっしてない。問題はつねに低い真実と高い真実のはざまにある。蜷川が言ったことは確かにすばらしい真理だ....私たちは独り来て、独り去ってゆく。

 

だが、それよりもまだ高い真理がある。一休は答えた。「本当に来ては去ってゆくのだと思っているなら、それは君のまぼろしだ」誰が来て、誰が去ってゆくのか?すべてはあるがままにある。来ては去ってゆくというのも、また夢だ。例えば、夜になって、眠りにつくと、夢がはじまる。朝になると、夢は消える。自分はどこかに行って、そこから帰ってきたと思うだろうか?ふと気つくと、いつもの部屋のいつものベッドの上にいる。それはすべて夢だった!あなたは遠くの場所まで旅をしていたかもしれない....月や惑星や恒星を訪れていたかもしれない。だが、朝になって目を覚ますとき、あなたは星の上で目覚めるわけではない。眠りについたその同じ場所で目を覚ます。人生は夢だ!私たちは今いる場所にいる。私たちは今あるがままにある。私たちは一瞬も動いていないし、みずからの本性から微動だにしていない!これこそ真理の究極の表現だ。

 

そう、蜷川は重要なことを、とても意義深いことを言っていた....「私たちは独り来て、独り去ってゆく」....だが一休は、それよりもさらに深遠なことを言っている。彼は言う。「何が去り、何がやって来ると言うのかね?あなたはくだらぬことを言っている!誰が生まれ、誰が死んでゆくと言うのかね?」波が立ち、再び海のなかに消えてゆく。海の波は波立つ前と同じように海であることに変わりはない。それはまた消えて海にもどってゆく。形は現れては消えてゆくが、実在は今あるがままの姿でありつづける。

 

変化はすべて見せかけにすぎない。深いところに、最も奥深いところにある中核では、何もけっして変化しない。そこではすべてまったく同じままだ。時間は周辺で起こる現象だ。中心には時間もなく、変化もなく、動きもない。そこではすべてのものが永遠だ。蜷川が息を引き取る寸前のこの対話の要点を見てみなさい。これは死を前にして論じるようなことがらではない。人々は死が迫ると、相手を助け、慰めようとする。「まだ死にはしないよ。死ぬなんて誰が言ったんだい?君はもっと長生きするよ」容体を知っているときでさえ....医者が「できるかぎりの手はつくしましたが、もうこれ以上はどうすることもできません」と言っているのに....それでも家族の者たちは、あなたは死なないというふりをしつつける。家族の者たちは夢がもう少しつづくように、手を貸そうとする。家族の者たちは奇蹟が起こって生命が救われることを願ってやまない。

 

この対話は、このうえもなく美しい。誰かが死を迎えつつあるなら、死がやって来たことを気づかせてやったほうがいい。実際、死が今日訪れようと訪れまいと、すべての人に気づきをうながす方がいい。死が訪れるのが明日であろうと明後日であろうと違いはない。それは、いずれは訪れる。ひとつ確かなのは、死は必ずやって来るということだ。生において唯一確実なもの....それは死だ。だから、最初から死について語るほうがいい。いにしえの文化では、子どもたちはみな死を自覚させられたものだ。あなたのまさに基盤は、死の自覚の上に築かれるべきだ。死を自覚している人間は、必ず生を自覚するようになるが、死を自覚していない人間は生に対しても無自覚でありつつける....なぜなら、生と死は同じコインの裏表だからだ。

 

一休は言った。「もしもそう思うなら……」だが、いいかね。彼は「もしも」という言葉を使っている。なぜなら、一休は知っているからだ。彼はこの男、蜷川を知っている。一休はどこまでも見通すことができる。この男には一点の曇りもない。一休は蜷川が行き着いていることを知っている。おそらく彼は一休を挑発して、何か美しいことを、真理に触れるようなことを言わせようとしているだけなのだ。おそらく彼の発言は仕掛けにすぎず、ゲームをして遊んでいる。

 

だから一休は言う....「もしも君が、自分は本当に来ては去ってゆくと思っているなら、それはまぼろしだ。来ることもなく、去ることもない道を教えよう」来ることもなく、去ることもない道とは何だろう?そう、あなたの内側にはある場所がある。そこはあなたの永遠の故郷であり、そこでは何ひとつ起こらず、そこでは何ひとつ変わらない....誕生もなく、死もなく、来ることもなく、去ることもなく、生じることもなく、滅することもない。すべてのものがいつも同じだ。

 

一休がその言葉であざやかに道を示してみせたので、蜷川は微笑を浮かべてうなずくと、静かに息を引き取った。それにまさる表現はありえない....蜷川がひと言も発しなかったのはそのためだ。だが、彼は微笑んだ……。語りえぬものを微笑みで表し、語りえぬものをうなずくことで表し、語りえぬものを指し示すことはできる。彼はそれを表情で示した。彼は認め、うなずくことで、一休に言った。「よろしい、非の打ちどころがない。あなたもまた故郷に帰り着いている」二人の師が言葉を交わすことはきわめてまれだ。というのも、二人の師が出会うとき、ふつうはともに言葉を発することがないからだ。言うべきことは何もない。

 

だが、二人の師が言葉を交わすとき、そこには必ず大いなる遊びがある。そこには遊び心がある。いいかね、それは議論ではなく、対話だ。彼らはもっとうまい表現を引き出そうと互いを挑発している。一休はそれを語った。蜷川は満足した、心から満足した。一休は何を言ったのだろう?....私たちが思い描く生は生ではない、まだ私たちはそのありのままの姿を一度も見たことがない、ということだ。Osho - The Secret Of The Secrets

 

どうだったでしょうか!一休禅師と蜷川禅師の高度な対話を読んでいると全ての真実が見えてきます。一休禅師は「私たちが思い描く生は生ではない、まだ私たちはそのありのままの姿を一度も見たことがない、ということだ」と言っています。そう、この世は幻影であり、全てはプログラム通りで元々パーフェクトであったことを知らない限り悟ることが出来ないと言っているのではないでしょうか!

 

 

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あなたはご自身の本性は何か知っていますか?実は、あなたには、どうしても出来ることや出来ないことがあるでしょう。それがあなたの本性です!また、性格でもあるでしょう。この世の中には、全く同じ性格の人(本性を持つ人)はいないのです。

 

カメとサソリの面白い寓話があります。サソリがカメに背中に乗せて川を渡って欲しいとたのみました。しかし、カメは嫌がりました。それは、サソリが川を渡っている途中で刺す可能性があるからです。すると、サソリは(川の途中でカメを刺せば)「自分も一緒に沈み死ぬから刺すわけがないよ」と言いました。それを聞いて理論的に納得したカメはサソリを乗せて出発しました。しかし、サソリはわたっている途中でカメを刺しました。最後にカメはサソリに聞きました。「何で刺したの?」これにサソリが「自分の本性である刺す行為は止めることが出来ない!」と答えたのです。

 

これでお解りのように、本性は理論などでは計り知れないことなのです。例えていうならば、オリンピックで実力はありながら金メダルが取れる人と取れない人がいます。練習ではうまくいかなかったけれど本番では出来てしまう人や、またが逆に練習ではうまくいくが本番で失敗してしまう人もいます。これは全てその人の性格に関連しています。

 

この本性の源は、その人の潜在意識にそのデータ(過去世の体験など含む)があるのです。あなたはどんな本性があるのか!わかっていますか?わからない人は信頼するグルに聞くか、今までのご自身の人生を振り返り感じてみて下さい。また、発達障害を持ちながら自分がそう思わない人もいますので、ご両親や家族、また自分の信頼できる友人に聞いてみるのもいいかもしれません。

 

 

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