1975年6月25日発売のオリジナルLPが『エキサイティング・ヒデキvol5 恋の暴走/この愛のときめき』

 

タイトルでもわかる通り、シングル2曲をメインとした5thアルバムです。アメリカでのレコーディングが予定されていましたが、ドラマ「寺内貫太郎一家2」での怪我でスケジュールがキャンセル。

 

レコードジャケットはシングル『恋の暴走』と同じ日焼けヒデキ。歌詞カードの他にフォト・リーフレットが含まれています。

 

 

このアルバムには名曲が多く、ヒデキのパワーも全開!! 

セールスもオリジナルアルバムで最高の5位(ライブ盤では2位がある)、名実共に傑作のアルバムではないでしょうか。

タイトル通り、エキサイティングということでは文句無し。これ以降のアルバムは甘過ぎる、優しく優等生のヒデキになってしまった。

 

全体の統一感はないけれど『さよならの宿命』『海辺の駅へ』の爽やかさ、『夕焼け雲』『愛の叫び』の激しさ、『翼があれば』と『悲しき誕生日』の憂い、すべていい!!

『灼熱のサンバ』『ブギインザブギ』といったユニークな曲もある。

 

特に『翼があれば』は名曲中の名曲、こんなにカッコいい曲はありません(シングル向きではないけど)。ヒデキファンではない人にも聴いてもらいたい。ヒデキの歌の上手さがわかる曲です。

 

『悲しき誕生日』に関しては不倫の歌ですよね、あれは。

なぜかヒデキの作詞家陣は、非常識な恋愛の歌をヒデキに歌わせる。不倫とか三角関係とか近親愛とか。それでもドロドロ感が出ないのはヒデキのキャラのお蔭かな。そんな曲も年上の女性ファン受けした理由のひとつかもしれない。

 

個人的には一番好きなアルバムというわけではないですが、とにかくヒデキらしい傑作であることは間違いないです。 

 

ちなみに、アルバムの帯に"新曲『さよならの宿命』『海辺の駅へ』"って書いてあるので、次のシングル曲かと思ってしまいましたが、何てことはない、新録音ってことでした。新曲には間違いないけど。

ヒデキのレコードジャケットで一番好きなのは『若き獅子たち』とお話ししましたね。

では野口五郎だったら?

 

私はヒデキのファンですが、五郎のファンでもある、

もっとも、ひろみもジュリーも好きです。

要するに70年代の歌手はみんな好きだと言う事ですね。

 

なので五郎のレコードも結構買いました。

その中でもイチ押しなのは(レコードジャケットね)

1975年に発売された『美しい愛のかけら』

これがまたカッコいいんですよ。

 

 

ヒデキが語る…

野口五郎君に・・やはり 雨の日は君のあの歌声が聞こえてくる

やさしく静かに雨の降る日

季節でいえば紫陽花の咲くころ・・・ 

それが君には似合ってる 

 

ちなみに五郎の曲には“雨”の設定(歌詞)の曲が実際に多い。

「雨がひとしずくガラス窓を這う・・」「オレンジの雨の中ぬれてる・・」

「夕立ちのあとの街はきれいに洗われたようで・・」「雨の降る日は一つの傘で・・」

「水色の雨降る街は傷ついた人でいっぱい・・」「霧雨降るガラス越しに19:00の街・・」

「雨の中をどこへ一人行くのあなた・・」

 

これ全部五郎の曲!

 

この『美しい愛のかけら』のジャケットもレインコートっぽい服で、

ヒデキの『若き獅子たち』とは対照的な風景、

太陽と雨みたいな…笑

 

この『美しい愛のかけら』はジャケットだけではなく歌もイイです。

作曲は『私鉄沿線』同様にお兄さんの佐藤寛さん。

曲のサビ前のメロディーが、当時五郎が出演していた"カックラキン大放送"内のコーナー

「刑事ゴロンボ」の登場曲に使われてます。

ヒデキがデビューする1年前、1971年に円谷プロ制作のTV番組「帰ってきたウルトラマン」が放送された。ウルトラシリーズ第4弾。第二次怪獣ブームの始まりで、私は低学年まだまだヒーローはウルトラマンでした。

 

「帰ってきたウルトラマン」では、団次郎さん演じる主人公の名前が「郷秀樹」と名付けられてた。郷ひろみと西城秀樹を混ぜたようなこの名前には今更ながら不思議な気がします。まだヒデキもひろみもデビュー前…何の関係も無いですがね。

 

ヒデキのデビューは1972年3月25日、キャンペーンでは、軽トラックの荷台に乗り、等身大の立て看板を持ってレコード店周りをし店頭で歌う等、テレビで見るスターの華やかさとのギャップに驚いたとヒデキは言っていた。

 

 

その春、特撮番組は「帰ってきたウルトラマン」から「ウルトラマンA」に代わった。レコード店店頭には「ウルトラマンA」のレコード宣伝パネルが置かれてた。その横を等身大パネルを持ってキャンペーンで訪れたヒデキが通る。私にとってのヒーロー2人が並ぶ光景。

 

 

この時期以降、私のヒーローはウルトラマンからヒデキにスイッチした。それもあってか「ウルトラマンA」の後番組「ウルトラマンタロウ」は観ていない、ウルトラマンからの卒業だったわけです。

 

(ちなみにヒデキとウルトラマンには何の関係もありません。ヒデキも世代的にウルトラシリーズは観ていないようで、ヒデキは「月光仮面」や「スーパーマン」が”お好き”

思い出の番組は「恐怖のミイラ」だった)

レコード時代は曲だけではなく、ジャケットの魅力もあります。

今では死語かもしれませんが「ジャケット買い」という人もいました。

 

最近はダウンロードで曲を買ったり、サブ・スクで聴いたりしますから、

そもそもジャケットがありません。

 

私はジャケット買いをすることはありませんでしたが、

お気に入りのジャケットはアーティストごとに存在します。

 

例えば、

ヒデキのレコードジャケットで一番好きなものは?

と聞かれたら迷わず答えます。

『若き獅子たち』

 

 

18枚目のシングル、ヒデキは21才でした。

一番長髪の時代でしたね。

 

太陽に向かい歩いてる限り

影を踏む事はない…

 

歌詞通り、太陽が似合うヒデキの

真直ぐに前を向いた素敵な写真です。

ヒデキのTBS番組出演時の映像がDVDになってます。

その中には“8時だよ!全員集合!!”出演の歌唱も入っていて、

一番古い映像は1973年3月24日放送の『青春に賭けよう』

 

事務所は違っても、ドリフには可愛がってもらったヒデキ。

特にドラマーという共通点がある加藤茶さんとは仲良くしてもらって、

ドリフのコントでも加藤ちゃんとのドラム合戦・コントがしばしば行われた。

ヒデキはものまね番組で加藤さんの真似をしたり、

18歳の誕生パーティには加藤さんがお祝いにかけつけてくれたりと交流もあった。

 

番組コントにも加わって勉強させてもらったり、

またヒット曲が出た時はコントでネタにもされていた。

 

例えば『激しい恋』の大ヒットの時はコントの中で、

いかりやさんに「やめろ!」と怒られたメンバーが

『激しい恋』の「やめろと言われても、今では遅すぎた」という

フレーズとアクションをしていたことがあったり、

 

 

『ジャガー』のヒットの時は、

志村さんがヒデキの衣装のようにお尻を半分出して

「何が見えた!お尻が見えたか!」とギャグにし、

全国のPTA関連から抗議を受けたこともあります。

 

そして「全員集合」には3大事件と言われる放送回があるのですが、

その内2回にヒデキが絡んでいるのです。

 

1度目は1977年5月、コントの最中舞台セットが燃え出すというアクシデントが発生。

この日は無人島探検隊のコントでしたが、

ドリフのメンバーに混ざってヒデキも隊員の一人でした。

スタッフが慌てて消火に走り「落ち」が着かないコントになってしまった。

 

2度目は1983年6月、オープニングに突然会場の照明が落ちた「停電事件」です。

照明が点灯しないので番組を進行できず、

オープニングのために整列していたメンバーとゲストが

会話やギャグで時間を消化していました。

 

この日のゲストにヒデキが含まれていたのですが、

生放送でその後の事態の予測が出来ないことで、

視聴率が時間の経過とともに右上がりになったという珍しい出来事です。

この停電は9分半に及びました。

 

後年この場面を振り返ったヒデキは

「あれだけベテランのいかりやさんが、どうしていいかオドオドしていた姿が信じられないですね。よくやれたなと思いました。僕は何を言っていいかわからなかった…」

とインタビューで語っています。