映画の感想と考察 | Do You Want to Know a Secret?

Do You Want to Know a Secret?

馬に乗るズワイガニのブログです

こんにちは、審神者です。本業としてのOLの傍ら、毎晩副業で歴史を守っています。高校の時は地理選択でした。


今日は、西洋の歴史改変モノ映画が公開されたということで、観に行ってきました。はい、「イエスタデイ」ですね。


ビートルズの存在しない世界に飛んでしまった主人公が、誰も知らないのをいいことにビートルズの曲を歌いまくって大ヒットする、まあありがちなストーリーの映画です。蟹くん、そういえば審神者より前に強火のビートルズオタクだったもんね。あ、本記事はめっちゃ内容に言及します。ストーリーの中身そのものや結末にはあまり触れませんが、ネタバレとか気にする方はとりあえず映画見てきてから読んでください。いや読む必要もないですけど。


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ありがとう、制作者。ありがとう、「イエスタデイ」の世界。ありがとう……


めっちゃ泣きました。あるひとつのシーンでめちゃくちゃに泣いて、そのあとエンドロールでそのシーンのこと思い出してもう一回泣きました。てかエンドロールは本家ビートルズの曲が流れるんですけど、映画館の音響であれ聴けるだけでも行った価値あったわ。映画館ででかい音で聴くと、楽器とかコーラスとかいろんな音がそれぞれ独立して聴こえるんだよね。最高でした。




一番、というかほぼ唯一泣いた部分。ジョン(のそっくりおじいちゃん)が出てくる。え????

けっこう雰囲気似てて笑ったし、でもそれどころじゃなく泣きました。音楽とは無縁の生活をしている、津波が来たら即死しそうな海辺の小さな小屋に暮らす、(映画内では)78歳のジョン……有名でもなんでもなくそのまま閉じていくであろう自分の人生を、現在を、幸せであると言うジョン……うわ思い出してまた泣けてきた


ジャック(主人公)が「よくここまで生きてくれた」「ハグしても?」みたいなこと言ってるとき、わたしもぴったり全く同じ気持ちでした。この世界線を生んでくれた制作者、ほんとうにありがとう、ありがとうございます……


もういっこ、泣くまでいかなかったけどだいぶやばかったところ、ジャックがリバプールに行ったところ。具体的にはストロベリー・フィールドに。あそこ工事中なんですね……知らなかった……しょももんとしてしまった。実際改装工事中っぽいです。先日わたしは岩見沢競馬場跡地を見に岩見沢まで行き、駅から徒歩で競馬場跡地まで行くという愚行の挙句に工事現場にたどり着くというやつをやったんですが(しかもそのあとめっちゃ雨降ってきて洪水に巻き込まれてえらい目に遭った)、その時と似た気持ちになりました。

映画としては、曲で有名にもならなかったから、老朽化により取り壊し中、みたいな図だったのかもしれない。しんどいですね。




映画の良かったポイントも書いておきましょう。


リリー・ジェームズかわいすぎて死ぬかと思いました。「マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー」で気付いてたけどわたしこのひとかなり好き。「イエスタデイ」ではちょっとだけリリー・ジェームズが歌ってる姿を見ることができます。うれしいね。


その他ビートルマニアならぴくっとするようなポイントがたくさんありましたね。歯医者の会話、マックスウェル、ルーフトップ、悪夢のシーンの裸足、モスクワライブ。

あとCarry that weightが流れたシーン、ウワーッて思いました。あそこにあの曲持ってこようと決めた人と握手したい。えっこんな序盤にアビー・ロードの曲出す?って一瞬思ったけど、でも曲があまりにどんぴしゃなので。以前ポールのライブの感想で書いたけど、わたしは、もう、というかあのライブのときやっと、B面ラストメドレーが「人生」であること、Carry that weightの歌詞がhave to でもmustでもshouldでもない、gonnaであることに気付いて、それで世界が変わっています。そのことを思い出したりもしました。


演出の面では、エリナー・リグビーの歌詞を思い出そうとするシーンがよかった。笑えたし、そして、そもそも「エリナー・リグビー」は花嫁ではないんですよ。でも花嫁のイメージがめっちゃ出てくる。その違和感を、ラストで回収してくれたのもよかった。あれ回収してくれなかったらただもやもやして終わってたけど、ちゃんと拾ってくれたおかげであの一連のシーンを面白かったなあとニコニコ思い出すことができます。

あとエド・シーランかなり好きになりました。よく知らない人だったけどこれから聴きたい。マ!ヒ!の(ラ!サ!みたいな言い方をするな)シェールみたいな枠かなと思ったら普通に大事な登場人物でしたね。自分の楽曲着メロにしてるの笑った。


もやったところも一応書いておくか。

製作者、ビートルズの偉大なところをメロディライン(と、コード進行、歌詞も?)だけだと思ってませんか? たしかに偉大だけども。かれらの偉大さの一端は、メロディやコードや歌詞だけじゃない、あの時代、まだロックというジャンルが赤ちゃんだった頃において、そのスタンダードを作りながら自分たちでぶち壊して新しいものを作り続けたことだと思うのです。つまり、冒頭で変なびよーんて音鳴らしてみたり、ストリングス入れてみたり、サイケ路線に走ってみたり、クラシックの要素を持ち込んでみたりというのを、あの時代に、やったということが。だからこそビートルズは多くの人に影響を与えたのだと思っています。

だから、もしこの映画の目的が「ビートルズの偉大さを伝えたい」なら、それに関してはふーん……って感じです。もっとやりようがあったんじゃないの、と思います。

ヒメーシュ・パテルの歌はめっちゃ上手くてすげえと思ったけど。というか、あんまり上手いので、本家はそんなに上手くないよなでも上手い下手じゃない鮮烈さがあったから残ってるんだよな……ってむしろ考えてしまうくらいでした。




さて、この映画はわたしの初期刀であるところの山姥切国広くんをはじめとする数振りの刀とともに観に行ったので、映画が終わったときぐずぐず泣いているわたしを見て彼らはかなり戸惑っているようでした(これらはすべて限界オタク女の脳が生み出した幻覚です)

改変を防ぐ仕事をしてるのに、改変後の世界を見て何を泣いているんだお前は、ということですね。

まあ、映画だからいいんだよ、の一言で終了なんですけど。現実(現実ではないが)、もしもわたしが審神者やってる世界で改変が起きて、ビートルズなくしてジョンも死なない世界になっちゃいました、元に戻してって言われたら、わたしは、じゃあ戻そうかってわたしの刀に言うと思いますし。なぜならすべての現在と未来は過去の続きであり、過去は現在と未来のためにのみ存在し、まあ要するに過去のために今が、未来が変わっちゃいけないからです。

だから安心してね、わたしの刀たちよ(幻覚です)


活撃/刀剣乱舞(アニメ)では刀のみんなが戦いながら敵の思惑や作戦について一生懸命考える姿がかっこよかったですね。というわけで、わたしも考えてみようと思います。「イエスタデイ」の世界に改変した修正主義者は、一体何を目的とし、どこをどのように改変したのか?どこに介入すれば、もとのビートルズが存在する世界に戻せるのか?

(映画ではビートルズ関係ない他の概念もちらほら消えてる描写があるので、たぶんなんかもっと都合のいい何かの力によって消えてるだけだと思います。ここからはすべてわたしの妄想です)


方法、目的、いずれにしても可能性の話なので無限にあるのでしょうが。


まず方法から。

ジョンがいる、ということは、メンバーが生まれなかったことにはしなかったようです。ジョンだけ生存してて残りが生まれなかったことにする、だけではビートルズ(に類する大きな存在、またはそれらの楽曲)の誕生を阻止できなかった可能性があるからです。グループ組まなくてもあんな才能あったら周りがほっとかないでしょ。ほっとくなよ。ということで、たぶんみんなこの世に存在してはいそう。


まず、メンバーに音楽やらせたらもう失敗だと思うんですよね。ぜってー才能あるんだから。クオリーメン出来たらもうお終いよ。もうなし崩しに聖ピーターズ教会でジョンとポール出会っちゃうじゃん。直後にジョージ合流しちゃうじゃん。そのうちリンゴも来るじゃん。だめ。というか、彼らが出会わなくても、各々が音楽に出会ってしまっていたら、メンバー共作でないいくつかの曲は世に出てヒットしている可能性がある。ややこしくなるのでだめ!


なので、音楽から全力で遠ざけていきましょう。

有力候補は、スキッフルの誕生阻止です。スキッフルというのは音楽ジャンルの一種で、ブルースとかジャズとかに端を発した、有り体に言えば労働者階級向けの音楽です。「向け」というのは、聴く側としてではなく、演奏する側として。有り合わせの、時には手作りの、時には代用品(洗濯板とか)の楽器を用いた音楽は、高価な楽器を持っていない人や上手に弾けない人でも気軽に参加しやすく、めちゃくちゃ人気がありました。Wikipediaによると、50年代後半にはイギリスだけで35万のスキッフルバンドが存在したとか。人口じゃないですよ。バンドの数だけでこれ。ってことはスキッフル人口はもっともっと多かった。当時のイギリス人口約5000万人、うち音楽を嗜みそうな年代で、ブルースやジャズを好み、スキッフルバンドを組むことを禁止されなさそうな階級で……と絞ったら何万人になるのかはよくわかんないですけど(調べるの諦めた)、少なくともメジャーなジャンルではあったでしょう。存在するのに触れないのは、難しそう。かなり。

なので、このジャンルが存在せず、音楽をやることのハードルが高いままであれば、うっかりチャック・ベリーなんて聴いちゃっても、楽器を買ってバンド組もうとは……いや……なるかな……自信ねえな……


やっぱ安全なのはそもそもブルースもロックンロールも生まれないようにすることなんですよね。クッソつまんねえ世界になりそうだな。

えーでもそのへんのルーツってアフリカ系民族音楽だし、もう奴隷貿易をやめさせて音楽の流入時期を遅らせるとかしか……どんどん壮大になっちゃうな……いやでも映画でストーンズ消えてなかったからやっぱ黒人音楽消えちゃダメだ……ブルースは温存しなきゃだ……



1950年代までの大きな歴史の流れを変えずにメンバーの才能開花を阻止するには、きっとあとは周りの環境を変えるしかない。

映画に出てたからとりあえずジョンの話に絞りましょう。

ジョンは実親が離婚したりなんだりなんやかんやで叔母夫婦に育てられています。で、ときどき実母の家に通っていました。Wikipediaによると、再婚相手にバンジョーを教わった実母がジョンにもコードを教えてあげたって……あっこれもうこれじゃん!!!両親の離婚阻止すりゃいいんだ!!そしたら楽器教える再婚相手も出現しないし!……そういえば映画のジョンおじいちゃんは、元船乗りでしたね。ジョンの実父も、船乗りだったね……


わたし、映画館を出て帰るとき、製作者ありがとうジョンが生きてる世界ありがとうという気持ちとともに、もし史実通り実母が事故死しているとしたら、実母を事故で亡くしたジョン少年に音楽が寄り添えなかったということじゃん……音楽がないなら何がジョン少年を慰めてくれたんだろう……と考えてたんですけど、離婚回避してたらこの事故だって回避ワンチャンありますよね??両親と仲良く暮らして(父は船乗りだから家を空けがちとしても)、事故の日に母親がその場所を通らず、死なない可能性が。

あれれ??もしかして、もしかしてだけど、これ、目的、「ジョンに穏やかで幸せな人生を送らせる」では????

あっうわ…………やば…………泣くじゃん…………

ヒィ…………


ビートルズがないからオアシスもなかったし、消えてなかったアーティストも、たとえばストーンズはI wanna be your manを歌わず、ボウイはAcross the  Universeを歌わなかっただろうし、日本のグループサウンズやロックも変わっていたかも、矢沢永吉はサブウェイ特急を作らなかったしそもそもデビューしてもいないかも、他にも多くのアーティストが生まれず終わったかもしれない、巡り巡ってジャニ◯ズ事務所のアイドルが新◯誠映画のサントラやってたかもしれない。あとジャンル問わず、レコードやCDに歌詞カードがつかないのがデフォなままだったかもしれない。日本だけでこの有様、世界規模で見たらもっと大変な変化や欠落がありそう。それら全部見過ごしても世界を変えたかった理由がそれなら、わたしは、そういうの、大好き……………………



気の向くままに書いてたらもうなんの話してたか思い出せなくなっちゃった、まあいいや、とりあえず見てない人は見るといいと思います、「イエスタデイ」。