スイスで乳がん - Breast Cancer - Swiss experience -2ページ目

スイスで乳がん - Breast Cancer - Swiss experience

HER2陽性でした。治ったみたいです。
わたしもネット情報にくぎ付けになった患者の一人です。
スイスでのがん治療・対応について、
具体的な体験を書いていきます。
世界のどこかの誰かにとって参考になりますように。

 

チューリップ ちょうちょ チューリップ ちょうちょ

 

去年の春、日本に住む外国人のAさんと出会った。

 

Aさんはコロナ禍の真っただ中、日本で卵巣がんを克服したところだった。

 

スイスで乳がんの話しで意気投合し、定期的に会っていた。

 

外国での大病治療について、説明しなくても色々と分かる間柄だった。


あれから一年強。

 

この冬にAさんの臓器にがんがみつかった。

 

また克服するから大丈夫って言ってたのに、さっさと逝ってしまった。

 

もう一度会えると思っていたのに、最期はいつのまにか来た。

 

神社 富士山 神社 富士山 神社 

 

Aさんは、もちろん日本が大好きだった。

 

お寺の近くの町屋がお気に入りで住んでいた。

 

わたしがあえて和風の家に引っ越した際のお祝いは、これ。

 

 

「あえて『逆』がこの家には素敵だと思ってネ」

 

超洋風ティーカップ。

 

この3月、わたしの家まで持ってきてくれた。

 

抗がん剤中の体調のいい日を使って、お気に入りの店にも行ってくれたんだよね。

 

Aさん、ありがとう。

 

短い間だったけれど、知り合えてうれしかったよ。

 

この匿名ブログに色々書く事は快諾してくれていた。

 

おまわりさんの話しはよかったね。

 

👮

 

あと少しだけAさんの話しを書くよ。

 

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんサバイバーへ
にほんブログ

 

PC

 

とっても長い間ブログを更新できなかった。

 

他の方のブログは読んでた。特に病気の話しは、その方の思いがひしひしと伝わる。

 

わたしの周りでは、卵巣がんを克服したと信じていた友人Aさんの身体にまたガンが見つかった。

 

一緒に日本で患者支援の活動をしようよ、と相談したかったけれど、それどころではないくらい大変な状態。

 

Aさんはとっても頑張っている。

 

つらいだろうな。

 

怖いだろうな。

 

もっと正直に話してほしいな、と思う。

 

うずまきうずまきうずまき

 

ひとつ思い出した事がある。

 

スイスで自分の乳がんはかなりヤバい、と知らされた時、ずっと心のどこかで思っていた事がある。

 

それは、本当に最期が来る時は、お医者さんよりも先にわたし自身が最初にわかる、という根拠のない確信だった。

 

生存率とかステージとか数字ではない何かがわかるだろうと思った。

 

わかったときは怖いだろうな。

 

でも、今でもまだ勝手にそう信じている。

 

 

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんサバイバーへ
にほんブログ,

 

バス 病院 バス 病院

 

スイスで断捨離中に発見したカツラを寄付しようと、がん患者支援団体を再訪した話しのつづき。

 

9年ほど前にお世話になったカツラともサヨウナラ。

 

もしも再発してまた必要になったら、その時はその時。

 

メール PC メール PC

 

メールでやり取りをしたJさんは、受付時間外まで待ってくれた。

 

すぐに打ち解けて話しが弾んだ。こういう団体の人達とは既に共通点があるから、信頼関係を築くのが超早い。

 

イタリア ぽってりフラワー イタリア ぽってりフラワー

 

わたしの面倒をみてくれたカウンセラーのRさんは数年前に引退していた。会えなくて残念。孫たちのいるイタリアで隠居生活。でも、オンラインの集まりには定期的に参加しているそうだ。ネットのこういう所が素晴らしい。わたしも足腰弱って歩けなくなったら、オンラインで色々参加したいな。

 

ふんわり風船ハート スマホ ふんわり風船ハート スマホ

 

Rさんが辞めてから「後任」カウンセラーはいないけれど、他の団体と連携してがん患者や家族にカウンセリング・サービスを提供しているそうだ。

 

そもそも有志で立ち上げた活動だから、その時にいる人材ができる事をする。

 

お茶会、散歩、音楽鑑賞、本や映画の紹介、講演会・勉強会、ヨガ教室等。

 

お茶 お団子 コーヒー トロピカルカクテル  あしあと イチョウ コアラ 傘 太陽 バレエ 

 

この団体は、サバイバーやがん患者の家族・遺族の「経験者」でもっている。他にも貢献したいという人はいるものの、援助活動を団体として続けるとなると、なかなか大変。時間の拘束。そして責任が重大。ボランティアとはいえ、引き受けるには覚悟がいる。

 

Jさんも「がん経験者」だとばかり思っていたら、そうではなかった。

 

? 電球 ? 電球

 

J: わたし? わたしはずっと医療従事者よ。精密検査機関の技術者。最後は管理職だったけれど。

 

蘭:あら、珍しい!

 

J: そう、よく言われるわ。このグループで元医療技術者は初めて。ましてや「がん未経験者」。

 

蘭:でも、がん検査ってとても重要...

 

J:『サバイバーかがん患者家族じゃないと本当の気持ちは分からない』って疑われた事もあったわ。

 

蘭:あら...

 

J: でも、分かると思っているの。がん細胞の精密検査を何十年もやってきて、患者さんの人生を見た気持ちだったわ。退職したら、人間として何か続けたいと思っていたのよ。この団体があることを知って、名乗り出たの。何かできることはありませんかって。

 

蘭:ほお~

 

J: そしたら、まとめ役に専念できる人を探しているって。

 

蘭:ピッタリですよ。

 

コーヒー カップケーキ コーヒー カップケーキ

 

こういういきさつで、「まとめ役」はJさんがRさんから引き継ぎを受けたそうだ。

 

ずいぶんおしゃべりした。あっという間の1-2時間だった。

 

帰り際に、日本でもこんな活動ができるといいな、でも大変だろうな、ともらした。

 

J: この団体は女性がふたり喫茶店で会う事から始まったそうよ。

 

日本で卵巣がんを克服したカナダ人のAさんと月に一回会ってるから、もう始まってるともいえる。

 

今度Aさんに相談してみよう。

 

つづく

 

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんサバイバーへ
にほんブログ,

 

うお座 うお座 うお座

 

お久しぶりです。暑いですね。

 

にっこり にっこり にっこり

 

スイスで荷物整理をしていたら、大事なカツラが二つでてきた。

 

ひとつはがん患者支援団体に駆け込んだ日、Rさんが「練習用に」くれた金髪のカツラだ。

 

もうひとつは当時の自分のヘアスタイルに一番近い特注品。

 

そうだ! 寄付しよう。ラブラブ

 

お願い お願い お願い

 

人間とは勝手なもので、自分が困った時には藁にもすがる。

 

9年前にすがった支援団体に行く事にした。

 

英語でがん患者と家族をサポートするグループだ。

 

バス バス バス


まずはメールで連絡。ラブレター

 

すぐに返事が来て、アポをとった。

 

いざ行こうとしたら、住所が違う。

 

? ? ?

 

以前はビルの間借りだったが、すぐ近くのお城のような建物に移動していた。

 

わ~グリーンハート 悠々と建っている。

 

ここに来るだけで気持ちがいい。

 

 

担当のJさんは、私に会うために待ってくれていた。

 

訪問者と会えるのは久しぶりだから楽しみ、と言ってくれた。きっと本心。

 

話しが弾んだ。

 

くちびる くちびる くちびる

 

あまりに素敵な所なので、家賃が気になった。

 

寄付金だけで運営が大変だという話しがあったけれど、大丈夫?

 

$ $ $

 

幸か不幸か、団体の活動は拡大しているそうだ。

 

この街だけでなく、他の所からも参加希望者が増え、いまだにすべて色々な形の寄付で回しているとの事。すごい。

 

バイキンくん バイキンくん バイキンくん

 

辛かったのは、2019年末にこの広くて素敵な場所に引っ越した矢先に突入したコロナ禍。ネット環境を改善したり、せっかくの広いヨガルームが活用できなかったり…

 

この2年以上患者の集まりやカウンセリング活動をオンラインで続けてきたけれど、これからは徐々に対面とオンラインと二本立てを目指しているって。

 

PC コーヒー PC コーヒー PC コーヒー

 

日本でもこんな所がいくつかあったらいいな~

 

あるのかな?

 

神社 うさぎ 神社 龍 神社 ヘビ

 

つづく

 

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんサバイバーへ
にほんブログ,