謎の国でHER2陽性乳がんサバイバーに出会う。 | スイスで乳がん - Breast Cancer - Swiss experience

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HER2陽性でした。治ったみたいです。
わたしもネット情報にくぎ付けになった患者の一人です。
スイスでのがん治療・対応について、
具体的な体験を書いていきます。
世界のどこかの誰かにとって参考になりますように。

ピンクリボン

先週、転勤後初めて乳がんサバイバーに会った。それもわたしと同じHER2陽性。車で3-4時間くらい先の同じ組織の現地職員の女性Aさん。一応国境があるので隣国だけれど、初めての「現地のがん友」だ。Aさんは「疲れた」との理由で特別休職願いを出していた。

 

蘭翠:実はわたしも乳がんだったの。エヘン虫

 

Aさん:(内内に聞いていたようで、こくりとうなずく。)

 

蘭翠:人によって色々だけれど、わたしは「HER2陽性」で、結構きつい治療をして、片方を全摘したの。病院

 

Aさん:わたしも。一緒。HER2陽性。すごく進行が速かったの。ハーセプチンしました?ナース

 

蘭翠:した。一年。うずまき

 

カチコチの雰囲気で始まった初対面の会話も、同じタイプと知るなり和らいだ。そうそう、わたしも・・・、わたしの時は・・・と会話が延々と続いた。

 

蘭翠:HER2陽性は原因不明だって。宝くじのようになぜ当たるのかはわからないってスイスの先生が言ってた。うずまき

 

Aさん:そう、いつも「なぜわたしが」って思うの。?

 

蘭翠:わたしも。うずまき

 

こういう話しを職場の一室で、それも謎の国でしている自分の姿が不思議だった。うずまき

 

Aさんは抗がん剤、全摘手術、放射線、そして定番のハーセプチンを一年終えてまだ間もない。この謎の国近辺には良い施設がないので、トルコのイスタンブールまで行って治療をしたそうだ。Aさんにとって一番つらかったのは、放射線の後の検査結果が芳しくなく、二度目の抗がん剤をした時だそうだ。そうだろう。身体が弱っている上に、せっかく終わったと思った治療の「やり直し」は想像しただけで気が滅入る。もやもや

 

Aさんにはまだ小さな子供がふたりいる。心労からか、旦那さんまで倒れて救急車で運ばれたことがあるそうだ。救急車

 

「がん」だけでなく、最近リストラがあった。Aさん自身は対象ではなかったけれど、長年一緒に働いた同僚が次々と去っていく職場に復帰して、心身ともに疲れ果てたのだろう。はっきりとは言ってくれなかったけれど、同僚との人間関係も機敏だろう。がん治療後の復帰だけで大変なのに、帰る先の雰囲気がこれでは気が休まらない。ガーン

 

Aさん:わたし、職場に来ると半日でぐったりしちゃうの。力が出なくて。

 

蘭翠:分かる。わたしは関節が痛かったわ。

 

Aさんはとりあえず半年間しっかり休むことで落ち着いた。来年初旬に再会する約束をして別れた。バイバイ

 

Aさん:わたしのことを親身に考えてくれてありがとう。ハート

 

最後に一瞬だったけれど、にっこりとしてくれた。つきものが落ちたような顔だった。ああ、この人は本当はこんなに綺麗な笑顔の持ち主なんだ、とハッとした。

 

わたしはまだ本当の彼女を知らない。

 

つづく

 

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