時間がない ⁻ その2 | スイスで乳がん - Breast Cancer - Swiss experience

スイスで乳がん - Breast Cancer - Swiss experience

HER2陽性でした。治ったみたいです。
わたしもネット情報にくぎ付けになった患者の一人です。
スイスでのがん治療・対応について、
具体的な体験を書いていきます。
世界のどこかの誰かにとって参考になりますように。

キョロキョロ

ブログを書く「時間がない」と諦める前に、時間について常々思っている事を書いてみよう。

 

誰にとっても時間は大切だ。自分の楽しみ、仕事、勉強、子育てや介護、家事、健康診断などのアポ等、それに加えて休んだり寝るために貴重な時間をやりくりし、皆それぞれ忙しく生きている。走る人

 

わたしも人並みに「忙しい」人生を送ってきた。中高校生の頃は塾通いが忙しかった。大学生の頃は部活(山登り)富士山、社会人になってからは大阪での通勤と仕事に膨大な時間がかかった。今の職場はいろいろな国への転勤が仕事の一部のようなものなので、引っ越し、日本への一時帰国、出張等の移動にかかる時間は多い。実はもうすぐ転勤なので、雑用が山積み。山あせる

 

一方いつも頭の隅にあるのは2013年の秋、アフリカ、南米、日本間を飛び回っていたある日突然、「がん」と告知されたこと。ガーン 休暇先のスイスでの出来事だった。とたんに、それまでしていたことはすべて吹っ飛んで、時間は「がん」のためだけにあった。注射 点滴 点滴(黄)

 

「がん」が時間を完全に牛耳った。エヘン虫 日本人はスイスを含むシェンゲン圏には90日までしか滞在できないのに、「一刻をあらそう」治療のためにスイスに残るべき、という内容の手紙を医者が役所に提出までした。こんなに速い「がん」があるなんてなんて知らなかったし、出入国規則を破るなんてあり得ないと思いこんでいたわたしは、人間の作った法律はこうやって人間が曲げるのか、とビックリしてしまった。

メモ

今だからこんなことをつらつらと書いているけれど、「滞在許可なし」の身分はとても肩身が狭かった。そして治療以外はする事がなく、誰からも必要とはされず「暇」なのも困った。用事もないのにわざわざ外に出かけて、何もせずに帰ってきたりした。そんな事をしているうちに、「滞在許可なし」と「暇」な時間には慣れて平気になった。コアラ

 

ただ、この世での「時間がない」のには参った。砂時計 49歳で治療を始め、このまま死にかけでも50歳にはなるだろうと思いつつ、55まで生きられるかとオンコロジストのX先生に質問をしたら、はっきりした答えはくれなかった。ショボーン 

 

当たり前にあった筈の「時間がない」かもしれないと思うと、雑草がとても綺麗に見えたりした。黄色い花 あわてて遺書の書き方をネットで調べていた。サーチ

 

今のところありがたく「サバイバー」だ。52歳になった。人並みに時間をやりくりして生活している。そして、自分は60歳にはなると思いこんで、年金を数えて退職後の生活まで考えている。心の奥底ではきっと70歳くらいにはなるだろうとずうずうしく思っている。恐竜くん

 

分子標的薬「ハ―セプチン」がなかったら今頃この世にいないのに。おばけくん

 

まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」だ。コーヒー ちょっと反省。ピンクリボン

 

つづく

 

こんなひとり言ですが、よかったらクリックありがとう。

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