松陰神社:やむにやまれぬ 大和魂 | オヤジのおもちゃ箱

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行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず・・・・・・

 

豪徳寺の次に向かったのは松陰神社です。

祀られているのは吉田松陰。

松陰は安政の大獄で命を落とす訳ですが

粛清を行った張本人である

井伊直弼の墓からは至近距離。

なんとも皮肉な巡り合わせですね。🤔

 

 

松陰の亡骸は当初回向院に埋葬さます。

その後、長州藩の有志の手によって

この地に改葬されたそうです。

上の画像奥が松陰の墓地。

 

その有志の中に白井小助という

破天荒な人物がいました。

 

小助は松陰が獄中にあっても

私財を投じて援助したといいます。

 

そして維新以降、旧長州藩の有力者の邸を訪れ

嫌がらせのように飲み食いしたそうです。

一番凄いのが山形有朋邸での振る舞い。

小助は大便をした後

山形夫人に尻を拭かせたという逸話が残っています。💩

余程山形には後ろめたい事が有ったのでしょうねぇ~😁

 

                                                                               境内に復元された松下村塾↑

 

‟持丸長者”という言葉がありまして

これは明治時代の長者番付の事ですが

著名な財閥当主の中に

山形有朋と井上馨が名を連ねています。

何で政治家が腐るほどの金を持っているのか?

エゲツナイ利権の賜物だと思う。😲

 

 

ところで尊王攘夷の起源は

水戸藩の徳川光圀から始まる‟水戸学”です。

 

光圀という家康の孫が関わった思想によって

徳川幕府は解体される訳ですから

これも‟大いなる皮肉”というもの。

更に最後の将軍は水戸藩の慶喜ですからね。

 

 

乃木希典が寄進した道標。↑

乃木も長州出身です。

薩長の藩閥政治って形を変えて

今でも続いているような気がします。

 

考えすぎでしょうか・・・・・・?

 

かくすれば  かくなるものと  知りながら

やむにやまれぬ  大和魂