前回の前田邸の和館に続き
今回はいよいよ洋館のご紹介です。
やはり見事な佇まいですねぇ~😍
こちらも和館と同じく
竣工したのは昭和4~5年の間。
高島屋東京店や国立博物館を手掛けたスタッフによって
建設が進められたそうです。
表面に引っかき傷が付いた
スクラッチタイルが外壁を覆います。
旧帝国ホテルにも同じ建材が使われました。
これは家紋かなぁ?
調べてみたけれど前田家の家紋ではない。
素材は日華石という石川県の小松産の石で
加工が容易な凝灰岩だといいます。
タイルと同様、帝国ホテルにも使われました。
(リンクを貼っておきます)
「東洋一の大邸宅」と呼ばれた洋館で
個人の邸宅としては
前田邸を上回るものは国内には皆無です。
更に敷地丸ごと残っているのはとても珍しい。
天を突き刺すような鋭角的な切妻屋根と
丸いアーチはテューダ様式の特徴。
玄関から内部に入り、いきなり驚きました。
なんと!蛇紋石の柱が梁を支えます!😲
蛇紋石はアスベストの材料になる岩石。
高級な建築資材として使われているとは
思いもしなかった。
至仏山や谷川岳は蛇紋石で構成された山。
この石は雨が降るとムチャクチャ滑ります。
夥しい数の登山者が命を落とした谷川岳。
蛇紋石がその要因の一つじゃないのかなぁ?
(リンクを貼っておきます。)
一階部分はお客様をもてなす空間。
画像右側はマントルピース。
前田邸は地下にボイラー室を備え
セントラルヒーティングが完備されています。
前田邸の中で一番好きな眺め。↑🤩
こうやって見ると深緑の蛇紋石の石柱は
重厚感を演出すると同時に
チーク材との色彩的バランスが絶妙です。
ステンドグラスの趣味もよろしい。😄
こういう画像を見ると
カーテンの装飾的効果の高さが分かります。
前田邸がGHQに接収された後にも
主なカーテンは保存されていたそうで
復元に際して東京都は
残されたものを参考にしました。
ここまで復元が出来るのは
裕福な東京都のなせる技かもしれない。🤔
チーク材には細かい装飾が施されています。
「ここまでやるの!?」といった感じ。
二階の夫人のお部屋。↑
こちらのカーテンも復元されました。
壁紙と絨毯の文様に統一感があります。
こんなに手を掛けているにもかかわらず
入場料は無料です・・・・・・
凄く得をした気分になります。😁
こちらは前田夫妻の寝室。
シャンデリアの外側八つのシェードは
シルクで作られているそうです。
銀製品は英国のマッピン・ウェッブという
1775年に設立された会社の手によるもの。
マッピン・ウェッブの商品は現在でも
世界中の王侯貴族に支持されているそうです。
ちなみに家具はハンプトンというメーカー。
これも英国ブランドです。
屋敷の全てが‟イギリス仕込み”なのは
施工主の前田利為(としなり)が
昭和2年から5年の間、駐英大使館武官として
イギリスに滞在していた影響でしょうね。
当時の英国の貴族趣味は
世界中のセレブの憧れの的だった訳だな。
前田家の人々。↑
軍服を着ているのが16代当主の利為。
利為は分家から先代の婿養子となりましたが
イギリス滞在中に夫人が亡くなり
画像左側の菊子と再婚します。
椅子に座っている高齢の女性は
亡くなった夫人の母親である前田朗子。
利為がボルネオに出征する直前に撮影されたもので
不幸にも彼は現地で飛行機事故の為に
58年の生涯を閉じてしまう。
利為の死を「戦死」として扱うのか
それとも「事故死」とするのか・・・・・
国会でかなり揉めたそうです。
当時、戦死だと相続税は非課税だったので
前田家としては莫大な相続税を
払うか払わないかの瀬戸際でした。
結果は「戦死」に落ち着いたそうです。
でも屋敷はその後中島飛行機に渡り
戦後はGHQに接収されてしまいます。
洋館の二階から中庭を見下ろした図。
これ(↑)は当主の書斎です。
贅を尽くした落ち着きのある
重厚感に満ちた空間です。
壁紙は金唐紙が用いられています。
「次の間」から撮影したもので
前田家に仕える人々は次の間で
当主から様々な指示を受けたのでしょう。
空間は身分によって明確に区切られています。
南側から眺めた前田邸。
竣工して100年近く経過しているのに
全く古さを感じません。
そういえば数年前に北陸を訪れた時に
前田家の菩提寺である瑞龍寺に参拝しました。
とても立派な禅寺で
加賀藩の奥深さを感じました。
北前船あたりで、しこたま稼いだのかなぁ?
リンクを貼っておきます。
前田邸は東京観光の隠れた名所なのかも?
建物好きの方にはオススメです。
入場料も無料ですからね。😁




















