こんにちは。
季節が逆戻り、蚊が多い蒸し暑い日が続いております😅
熱中症などにはぜひ気を付けてくださいね。
さて、長野県の観光スポットでも上位に入る、信濃国一宮、諏訪大社こと、お諏訪さん⛩
創建年代も不明で、御柱祭など非常にミステリアスな祭事が多く、縄文時代からの最古の神社として有名でございます。
※諏訪大社
主祭神はもちろん、タケミナカタ。
出雲大社の祭神、大国主さまの御子神ですね✨✨
このタケミナカタ、出雲神のはずなのに、なぜか日本書紀にも出雲風土記にも登場しないのです。
その母神は公式では不明と言われておりますが…
古代出雲の軌跡を追っていくと、浮かび上がってくる母神は、なんとあの女神さまだったのです。
さて、むかーしむかし、縄文時代😆
穴倉式に住んでいると学校で習ったはずなのに、日本にはまさかの大国が繁栄しておりました♪
それが、出雲。
現在は「出雲大社」がその古代の名残として残っておりますよ✨
さて、古事記の「出雲神話」って絵空事だと信じられてきたのです😅
「島根の松江市にそんな大国、どこにあるんだよ!」と歴史学者の中でも長らく討論されてきたのですが😅
1984年、出雲の荒神谷遺跡で、日本の歴史をひっくり返すとんでもない数の銅剣が一斉出土したのです。
それまで島根は新幹線も高速道路も通っていなかったので、発掘調査があまりされていなかったのだとか😅
そう、歴史は考古学的にくつがえされました。
出雲の荒神谷遺跡は、古来から「祟りがあるので近づいてはならない…」と言われているホラースポットでもあったのです🥶
そう、それは真実だったのかもしれないですね。
※日本地図を逆さまにした裏地図
さて、古代出雲の勢力範囲は本当に広く、日本海ルートを通り、関東エリアにまで拡大しておりました。
「日本地図」をひっくり返すと、「裏日本」と呼ばれる地図こそが、実は近代まで使われていました。
今でこそ「表玄関」の太平洋側は繁栄しておりますが、日本海ルートが古代の繁栄地、だったのですね。
つまり、古代出雲というのは、
島根県海岸沿い→能登半島→越の国→信州→北関東
という順で勢力を拡大させていったのです✨✨
そう、行きつくのは、こちら、北関東の武蔵国(※東京、埼玉、神奈川)
※大宮氷川神社
そうです、武蔵国一宮、氷川神社です。
関東に広がる氷川神社というのは、古代創建の出雲神を祀っている、というわけですね😆✨✨
なお、日本というのは、実は「海洋民族」なのです。
中国や朝鮮などは、「陸上民族」で、皇帝の命令は絶対ですが、海洋民族は、「船長の言うことはきく」という自由な精神性を持っているのです😅
よって、海の安全を守る‼️ことが古代からの必須条件で、だから「水があるところ」には神社が建っているのですね✨
色々とつながってきましたね…😅
戦いに敗れたタケミナカタは、その後に諏訪大社に祀られますが、このタケミナカタの母上は「古事記」には明記されていません。
しかし❗️
「旧事記(くじき)」には書かれているのです。
くじきってなんだ?
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
「先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)」
のことで、古代豪族物部氏が編纂した、れっきとした歴史書です。
ちなみにこちらで、物部氏の祖先はニギハヤヒだと書かれているのです😅
諏訪大社のタケミナカタは、そもそも出雲神ではなく、信濃で生まれた「信濃神」なのです。
生まれたところは長野県安曇野郡小谷(おたり)村でして、こちらにはタケミナカタ生誕伝説が残っておりますよ。
そして、旧事記(くじき)では、タケミナカタの母親はこちらの女神さまだと、明記されているのです。
こちらです‼️
※JR糸魚川駅前より
そう、糸魚川の女神、ヌナカワヒメ。
糸魚川の姫川の化身であり、翡翠の女神としても有名です。
日本の翡翠文化というのは、なんと7000年前の縄文時代から始まっているのです。
縄文時代の翡翠というのは、入手困難な日本の宝であり、日本🇯🇵の国石として選ばれております。
糸魚川の翡翠というのは、縄文時代の石なのですよ。
だから希少で高価で入手困難なのですね😅
このヌナカワヒメは、赤坂ヒーラー笠原さんのブログでも初期のころから使われている、こちらの女神さまでもあります😆
うーん、偶然ってすごいわあ😅💦
さて、糸魚川の姫川から諏訪に入ったタケミナカタは戦いに敗れました。
古事記では、タケミナカタは諏訪湖まで逃れます。
そう、タケミナカタは出雲神ではなく、信濃神であり、諏訪湖の神なのです。
出雲大社と諏訪大社には「巨木文化」が残っており、海路ルートが結ぶ、古代の強い縁を感じますね✨✨
というわけで、お近くのかたは、古代出雲の神々を祀る神社を、ぜひ巡ってみてくださいね✨✨
古代出雲の神々は、時空を超えて、ようやく現代に蘇ってきたのです✨✨
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