でんでん太鼓の音と共に
どうも遊木です。
また例のごとく月末になるとブログの更新頻度が増えますが、実は現在静かに修羅場ってます。
ぶっちゃけブログ書いてないで作業進めろや、という感じですが、今月中に更新しないと絶対に書き逃す内容だと思ったので参上した次第ですハイ。
前回の記事で微妙に告知しましたが、pixivに更新した漫画について。
漫画制作に至った流れは、こちらの記事をご覧下さい。
はい。
「幼女がメインにいること」という縛りの元制作した漫画です。
「蝶が太鼓を鳴らすとき」

もともと短期間での課題制作でしたが、途中まで個人のイベント準備などがあってさらに短い期間での制作でした。…故にネームに毛が生えたレベルの体裁ですが、中身や設定はそれなりに考えました…よ?←
あと、今日になってpixivから連絡が来たのですが、「pixivマンガ」Android向けアプリで「編集部のオススメ」としてこの漫画を掲載して頂いたようです。
私はAndroidじゃないので詳細は良くわかりませんが、もし利用する機会があれば是非~。
<掲載情報>
掲載場所:編集部のオススメ
作品タイトル:蝶が太鼓を鳴らすとき
作品ID:49505027
さて、軽く中身について語ろうかなぁと思いますが、以下のことは是非本編を読んでからご覧になって頂ければと思います。先入観を持って作品を見て欲しくないので。
まず、登場人物の設定をさらっと。
主人公のおっさんは、所謂クリーンではないお仕事の方です。三十路ぐらいの設定ですが、実年齢より性格も雰囲気も萎れてます。感情の起伏が非常に少ないタイプ。
そして幼女との関係ですが、まぁ良くあるネタで、仕事先で仕事を終えた時に残された子供…みたいな。実は俺は、お前の敵なんだよ…みたいな感じです。
幼女に対しては、どう接して良いかわからないまま、思う所があって面倒を見ています。
優しくすればよいのか、突き放せばよいのかわからない。でも無自覚の深層心理では、自分の職業を嫌悪し、罪滅ぼしの意識があり、優しく接したいと思ってます。
幼女が自分の状況を理解しているのかしていないのか、主人公にはわかっていないので、正直幼女が成長してしまうのが怖いです。「いつか、俺はコイツに殺されるんだろうか」ぐらいは考えています。
…とまぁ、これぐらいは漫画を読みなれている人なら説明なしに作品から察することはできるかなぁと思ってたり。
この作品のコンセプトというかメッセージというか問いかけというか(どれだ)、それはまさに主人公が最後に言った言葉です。

↑↑ですね。
例えば自分の知っているものが、可愛い動物や、綺麗な花や、美しい景色だけなら、
もっと優しい生き方ができるのだろうか。
という感じです。
個人的に、綺麗なものだけを見て生きられなかった男が、平穏に憧れるというスタイルは、私が考える物語の中では割と分かり易い表現だと思ってます。
そして何故この物語にでんでん太鼓を取り入れたかと言うと、すごく感覚的な話ですが、「でんでん太鼓=子供をあやすもの」という流れから、母親にでんでん太鼓であやされている子供の様子が浮かんで、あ、なんかその風景ってすごい平和だなぁ…と感じたので、この物語でもでんでん太鼓に、幼女とセットで平穏の象徴みたいな役割を与えました。めっさ直感的ですね!
ここでタイトルの「蝶が太鼓を鳴らすとき」についてです。
まず幼女の名前を“ティエ”にしたのは、中国語で「蝶」という意味だからです。普通は「胡蝶」でフーティエと読むらしいですが。
ようするに結論から言うと、この物語は「蝶=ティエ=子供」がでんでん太鼓を鳴らすことで「主人公=大人」をあやしてるわけですね。
この表現には私の、「現代において、本当にあやす必要があるのは大人なのではないか」という主張を込めています。怖くないよ、落ち着いて御覧。貴方が思っているほど、世界は辛いだけのものではないから、と、まぁ綺麗ごとですね。
ぶっちゃけ、男が幼女に言った言葉は嘘ですよね。
動物や花や太陽を知ってるだけで、生きていけるわけがない。それで十分なわけない。綺麗ごとに憧れた大人が、一時の慰めを自分に与えただけの台詞です。
ただ、優しいこと、綺麗なもの、正しさだけでは生きていけないと知っている大人が、綺麗ごとに憧れてはいけないという道理もないわけで。
そんな矛盾を内に持ったまま、頑張っている人はやっぱり美しいなと思います。
と、なんかいろいろ裏事情?もあるんだよ、的な語りでした。
ちなみに1pで野良犬とすれ違ってるのは、男=野良犬というイメージがあったからです。最初は「太鼓と蝶と野良犬と」ってタイトルだったんですよ。
あと、途中に透明度を落として挿入されている文字は、男の心情という意味合いと、もっと抽象的?な意味合いの両方を持たせています。
サークル内で講評会をしたときも、最後のページでようやく文字の存在に気付いたという意見が出ましたが、それでOKです。実は他のページの文字は透明度が25%なのに対し、最後のページだけは30%にしています。
最初から気付いてて漫画と一緒のリズムで読み進めてももちろん良いですが、最後に気付いて一回最初まで戻るのが、こちらの狙った効果でした。
そんなこんなで、長ったらしい語りは切り上げて動画作業に戻ります!
では~
aki
また例のごとく月末になるとブログの更新頻度が増えますが、実は現在静かに修羅場ってます。
ぶっちゃけブログ書いてないで作業進めろや、という感じですが、今月中に更新しないと絶対に書き逃す内容だと思ったので参上した次第ですハイ。
前回の記事で微妙に告知しましたが、pixivに更新した漫画について。
漫画制作に至った流れは、こちらの記事をご覧下さい。
はい。
「幼女がメインにいること」という縛りの元制作した漫画です。
「蝶が太鼓を鳴らすとき」

もともと短期間での課題制作でしたが、途中まで個人のイベント準備などがあってさらに短い期間での制作でした。…故にネームに毛が生えたレベルの体裁ですが、中身や設定はそれなりに考えました…よ?←
あと、今日になってpixivから連絡が来たのですが、「pixivマンガ」Android向けアプリで「編集部のオススメ」としてこの漫画を掲載して頂いたようです。
私はAndroidじゃないので詳細は良くわかりませんが、もし利用する機会があれば是非~。
<掲載情報>
掲載場所:編集部のオススメ
作品タイトル:蝶が太鼓を鳴らすとき
作品ID:49505027
さて、軽く中身について語ろうかなぁと思いますが、以下のことは是非本編を読んでからご覧になって頂ければと思います。先入観を持って作品を見て欲しくないので。
まず、登場人物の設定をさらっと。
主人公のおっさんは、所謂クリーンではないお仕事の方です。三十路ぐらいの設定ですが、実年齢より性格も雰囲気も萎れてます。感情の起伏が非常に少ないタイプ。
そして幼女との関係ですが、まぁ良くあるネタで、仕事先で仕事を終えた時に残された子供…みたいな。実は俺は、お前の敵なんだよ…みたいな感じです。
幼女に対しては、どう接して良いかわからないまま、思う所があって面倒を見ています。
優しくすればよいのか、突き放せばよいのかわからない。でも無自覚の深層心理では、自分の職業を嫌悪し、罪滅ぼしの意識があり、優しく接したいと思ってます。
幼女が自分の状況を理解しているのかしていないのか、主人公にはわかっていないので、正直幼女が成長してしまうのが怖いです。「いつか、俺はコイツに殺されるんだろうか」ぐらいは考えています。
…とまぁ、これぐらいは漫画を読みなれている人なら説明なしに作品から察することはできるかなぁと思ってたり。
この作品のコンセプトというかメッセージというか問いかけというか(どれだ)、それはまさに主人公が最後に言った言葉です。

↑↑ですね。
例えば自分の知っているものが、可愛い動物や、綺麗な花や、美しい景色だけなら、
もっと優しい生き方ができるのだろうか。
という感じです。
個人的に、綺麗なものだけを見て生きられなかった男が、平穏に憧れるというスタイルは、私が考える物語の中では割と分かり易い表現だと思ってます。
そして何故この物語にでんでん太鼓を取り入れたかと言うと、すごく感覚的な話ですが、「でんでん太鼓=子供をあやすもの」という流れから、母親にでんでん太鼓であやされている子供の様子が浮かんで、あ、なんかその風景ってすごい平和だなぁ…と感じたので、この物語でもでんでん太鼓に、幼女とセットで平穏の象徴みたいな役割を与えました。めっさ直感的ですね!
ここでタイトルの「蝶が太鼓を鳴らすとき」についてです。
まず幼女の名前を“ティエ”にしたのは、中国語で「蝶」という意味だからです。普通は「胡蝶」でフーティエと読むらしいですが。
ようするに結論から言うと、この物語は「蝶=ティエ=子供」がでんでん太鼓を鳴らすことで「主人公=大人」をあやしてるわけですね。
この表現には私の、「現代において、本当にあやす必要があるのは大人なのではないか」という主張を込めています。怖くないよ、落ち着いて御覧。貴方が思っているほど、世界は辛いだけのものではないから、と、まぁ綺麗ごとですね。
ぶっちゃけ、男が幼女に言った言葉は嘘ですよね。
動物や花や太陽を知ってるだけで、生きていけるわけがない。それで十分なわけない。綺麗ごとに憧れた大人が、一時の慰めを自分に与えただけの台詞です。
ただ、優しいこと、綺麗なもの、正しさだけでは生きていけないと知っている大人が、綺麗ごとに憧れてはいけないという道理もないわけで。
そんな矛盾を内に持ったまま、頑張っている人はやっぱり美しいなと思います。
と、なんかいろいろ裏事情?もあるんだよ、的な語りでした。
ちなみに1pで野良犬とすれ違ってるのは、男=野良犬というイメージがあったからです。最初は「太鼓と蝶と野良犬と」ってタイトルだったんですよ。
あと、途中に透明度を落として挿入されている文字は、男の心情という意味合いと、もっと抽象的?な意味合いの両方を持たせています。
サークル内で講評会をしたときも、最後のページでようやく文字の存在に気付いたという意見が出ましたが、それでOKです。実は他のページの文字は透明度が25%なのに対し、最後のページだけは30%にしています。
最初から気付いてて漫画と一緒のリズムで読み進めてももちろん良いですが、最後に気付いて一回最初まで戻るのが、こちらの狙った効果でした。
そんなこんなで、長ったらしい語りは切り上げて動画作業に戻ります!
では~
aki