亜紀が泣き止んで落ち付いた頃、授業の終わるチャイムが鳴った。


 「ゆま、ありがと。 あたし、ゆまと親友でほんと良かった」


亜紀が珍しく弱々しいので、私は調子が狂った。

「なーに言ってんの。 そんなのあたしだってそーだもん」

少し照れながら亜紀に言うと、亜紀はいつもの元気を取り戻して言った。


「裕也先輩の所………行ってきたら?」

「えっ………」

「謝りたいんでしょ? あたしの事は気にしなくていーからっ」

心の内を亜紀に読まれた気がして恥ずかしくなる。


「でも亜紀………」

あたしがそう言うと亜紀は私の背中を思いっきり叩いて笑った。

「いざとなったら尚くん呼ぶしへーきだってー! ゆまに慰めてもらったしもう大丈夫っ」

亜紀がいつもの調子でそんな事を言うもんだから、私もつられて笑ってしまう。


「尚くんとどーすんの? 亜紀は」

「ん………もう少し考えてみるわ。 向こうが本気ならこっちも真剣に向き合わないとだしね」

「………そか」

私がそう言って笑うと、亜紀が私の後ろに視線を向けて言った。




「行く前に来ちゃったね」


振りかえると、裕也が頭をかきながら近づいてきていた。




「ゆま借りていい?」

裕也が亜紀にそう言うと、亜紀はどーぞどーぞと私の背中を押した。


「ごゆっくりーぃ」

亜紀がニヤニヤしながら私達を見つめた後

さっき泣いていたのが嘘だったかの様に

ステップを踏みながら学院を出て行った。




 少しの沈黙の後、裕也が口を開いた。



「………さっきは………ごめん」


「あ………たしも………叩いたりして………ごめんなさい」



意外な返事に驚いたのか、裕也が目を見開いてこっちを見た。

「亜紀に聞いたの………」

「………そっか」



二人して俯いてしまう。




「「あの」さ」




同時に発した言葉が被って、私はまた俯いてしまった。






「俺、ゆまが他の男と一緒にいるだけで………すげー嫌だ」


「………裕也…?」

「………すげー腹立つ」


裕也が顔を真っ赤にして言うから、私自身もみるみる赤くなるのが分かった。


「あ………あたしだって!………あたしだって嫌だよ………」

小さい声で呟いたけれど、裕也の耳にはしっかり入っていた。


「あたしも、裕也が女の人と楽しそうにしてるとモヤモヤするもん……」

「ゆま………」



私が涙目で裕也を見ると、裕也は一瞬眉を寄せて私を抱きしめた。


「そんな顔するなよ………」

「………だって…」





 「ごめんな」

裕也が私を抱きしめながら呟いて、そのまま私の首筋に顔を埋める。

私は首を横に振ってから離れて、裕也の左頬を手で覆った。

「痛かったでしょ………ごめんね……?」

それを聞くと、裕也は何か思いついた様な顔をしてから私を見つめた。




「悪いって思ってるならここでキスして」


「………へ?」



それはあまりに突然で、私が考える間もなく裕也の唇が触れた。

「ん………っゆ…ゃ……」


舌を入れたキスの後、最後にチュッと音をたてて離れた裕也は意地悪な笑みを浮かべて言った。




「ごちそーさま」

「………っ!」

私は顔を真っ赤にして震えた。


「裕也のばかっ! 変態っ!」

「ひでー」

裕也が目を細めて笑いながら私に言った。




こんなやりとりをしながら幸せだと思った私のすぐ側にはもう

小さな嵐が二つ、巻き起こり始めていた―――――。


ペタしてね

 学院に戻った私は、授業内容が耳に入らずボーっとしていた。


(裕也………なんであんな事したんだろう………)


 なんだか頭がついていかない。

尚くんが亜紀に本気だったのも、亜紀が雅人君の事すごく想ってるんじゃないかって事も。

そして裕也にさっき強引にキスされた事も……。



(こーゆー時に限って亜紀いないし……)




 「ゆまちゃん、どーしたの? 元気ないね」




てっちゃんが私の横に座ってきた。

この学院は特に席の指定がないので、授業中に移動しても良い事になっている。


「うーん………なんか色んな事いっぱいありすぎて」

私が溜息をつくと、てっちゃんは心配そうな顔をして言った。



「俺で良かったら……相談乗るよ?」



 てっちゃんは優しい。

クラスの皆に好かれていて、話し上手だし聞き上手だ。

学院祭で一緒に仕事をした時も

重いものを持ってくれたり面倒な仕事を率先してやってくれたり

本当に皆の兄貴分という感じだった。

私の事もよく気にかけてくれたし、いい人だなぁって思っていた。

それがあったからか、てっちゃんにはスラっと話せそうな気がした。



 「あのね、あたし付き合ってる人がいるんだけど………」



それを聞いたてっちゃんの顔が曇った。

「えっ………あっそうなのっ? そっか……この学院の人?」

「うん……学科の先輩なんだけど…」

「………ふぅん…」

少し考えた後、てっちゃんがニコっと笑いながら言った。


「その彼氏と何かあったの?」

「それがね、さっき………」

「ゆーまっ! おっはようっ」


私が話を切り出そうとしたタイミングで亜紀が横に座ってきた。

「えっ? 亜紀? どしたの? 今日バイト代理でしょ?」

「人足りてるからいいってさー。 そーれーよーりー」



亜紀が顔を近づけて言った。


「裕也先輩に無理矢理されたんだってー?」

「ちょっ…! 亜紀っ」


てっちゃんに聞こえるような声で言う亜紀の口を私は両手で塞いだ。

てっちゃんを見ると眉を寄せて顔を歪めている。


「あっごめんねてっちゃん! さっきの話は平気だからっ! あはははっ」

「ゆま何? さっきの話ってー」

「いーの! 亜紀ちょっと来てっ!」

私は授業中にも関わらず、亜紀を引っ張って渡り廊下に連れて行った。




 「いーじゃん! あいつ絶対ゆまの事好きなんだから見せつけてやればいーんだよー」

「そんな訳ないでしょー? てっちゃんは誰にでも優しーの!」

「なぁに? ゆま好きなのー? あんな秋葉系ー」

「好きとかじゃないし、てっちゃんは秋葉系でもないからっ」

私が亜紀に言うと亜紀はふぅんと言いながら私を見た。



「………なによぉ」

私が少し怒って言うと、亜紀は溜息をついて言った。


「ゆま、隙ありすぎ。 だから裕也先輩に妬かれるんだよ」

「へ………?」



 亜紀はさっき通り道で裕也に会ってからの事を一部始終話してくれた。


「じゃあ……裕也は、それで妬きもち妬いてあんな事した…って事?」

「それ以外何があんのよー、そんなにされるまで嫉妬してくれるなんていーじゃん」

「………あたし、裕也に酷い事しちゃった………」


私が俯いていると、亜紀は横から私の顔を覗きこんで言った。

「で………、一緒にいたチャラ男って尚くんでしょ?」

「………うん」

「なんでまた尚くんとツーショットなのよ」


苦笑しながら話す亜紀に、今度は私が尚君と話していた事を話した。



 「尚くん………あたしの事本気だったんだ………」

亜紀が顔を真っ赤にしている。

「亜紀が泣いてるって言った時もすごい悲しそうな顔してたよ?」

「………そっか……」



 私は、ずっと気になっていた事を切り出した。

「亜紀はさ………あの、ま…雅人君の事は………どぉ………なの?」


そう言うと、亜紀は笑いながら言った。

「雅人君ね、こないだメールであたしに謝ってきたんだ」

「……え?」


「その気にさせちゃった事とか、彼女の事言わなかった事とか」


そして、泣きそうな顔をして続けた。



「でも、本気であたしの事好きになりかけた時もあったって。 ズルイよねー」



――――亜紀が人前で泣いている所を見た事はない。


「それ見たらなんか悲しくってさ、夢にまで出て…それで泣いてたのかも」


だけど、これ以上何か言ったら亜紀はきっと泣いてしまう。


「でも、もーフッ切れたよあたしは。 縁がなかったって思えばいいだけだし」


泣きそうになるのを堪えてからか、掠れた声で話す亜紀を私は抱きしめて言った。





「あたしの前じゃ泣いてもいーんじゃないの?」





そう言うと少しの沈黙の後、胸の辺りから鼻をすする音が聞こえてきた。



私は亜紀の背中をポンポン叩いて、亜紀が泣きやむまでしばらくそこにいたのだった。


ペタしてね


 バンッ!!!

――――――――――コンクリートの壁を叩く。





「余裕なさすぎだろ……俺……っ」




 たまたま通りかかった店の中で、ゆまが知らない男と話していて………

それだけでも気が狂いそうだったのに

ゆまの所へ行ったら何故か泣いていた。


ゆまが何で泣いているかわからなかった。

けど、他の男に泣かされている所なんて見たくなかった。


 ゆまに叩かれた左頬がズキズキと痛む。

でも、それより自分の胸の方が痛かった。



「最悪だ………」


そう呟いて学院に戻ろうとすると、そこにゆまの友達が通りかかった。

向こうも俺に気づいて立ち止まる。


 「あれ? 裕也先輩? 何してるんですかこんな所で」

「………いや、別に」

「もう授業始まってますー………よね?」

「あぁ……」

「???」

首を傾けて不思議そうな顔をしている。


 「あ、今日私バイト代理で入る予定だったんですけど、人足りてるから平気だったみたいで急いできたんです。 裕也先輩は………」

そう言いながら俺の右手を見て驚いた顔をした。

「先輩! 手っ! 血ぃ出てますけどっ!」

「………あぁ………平気、痛くねぇから」


「いや、痛くないとかそーゆー問題じゃなくて……」

呆れた顔をして俺を見た後、低いトーンで言った。



「ゆまと何かあったんですか」


何かあったら許さないというような目で俺を見ている。



こいつ………するどいな。



「まったく………ゆまといい裕也先輩といい、わかりやす過ぎですって」

「………俺、そんなにわかりやすいか?」

「分かってないの、ゆまくらいですよ」



ゆまとさっき一緒にいた男の事、この子ならわかるかも知れない。



「さっき………ゆまの事…泣かせた」

「はぁ!?」

ゆまと違って元々声のトーンが低いせいか、すごみがある。


「理由によっては、先輩の事許しませんよ」

腕組みをして片足に重心をかけている。


「俺の知らない男と二人で会ってた。 で、ゆまの事泣かせててカッとなって………」

「なって?」

「無理矢理襲った」




「………………信じらんない………」

一瞬よろめいて頭を抱えている。

「てか! ゆまに限って裕也先輩の他に男がいるわけないじゃないですか!」

「え………」

「あんなに毎日裕也が裕也がってあたしに話してくるのにっ」



ゆま……俺の事ばっか話してるのか………。



「裕也先輩が、あの綺麗な先輩と一緒にいた時だって!」

「綺麗な先輩??」

「ほら、あの同じクラスの! 細くて綺麗な人ですっ! よく先輩が一緒にいる……」

「あぁ………美衣か…」

「ゆまってば、その人と先輩が一緒にいるの見ただけで不安になってずっと元気なかったし」


「そー…だったのか」


溜息をついて俺の顔をじっと見た後、再び話し始めた。



「で、ゆまと一緒にいた男ってどんな感じの人だったんですか?」

「………すっげえチャラチャラしてるギャル男」

顔はハッキリと覚えている。 思い出すだけで腹が立った。




「………もしかして………尚君かな…?」

そいつの事を知っている様な口ぶりだったからか、俺は更に怒りが増してきて問い詰めた。



「そいつ何なの? ゆまの事狙ってんの?」

そう聞くと、うーん………と考え込んだ後、苦笑しながら言った。






「あたしの………セフレ?」


ペタしてね