扉を開ける音と共にリビングに入ってくる足音。


てっちゃんは、玄関に見向きもせず私に襲いかかってくる。





「なにやってんの」





聞き覚えのある声。


 てっちゃんは、仲間だと予想していた声と違ったのか、一瞬こわばってから振り向く。

その瞬間てっちゃんに拳が飛んだ。



 軽く吹っ飛びながら転倒するてっちゃんを尻目に私の顔を見て切なそうな顔をする人。




「健く………な………んで………」



既に涙でぐちゃぐちゃになっている私の顔を、健君は自分の手で拭った。


「………大丈夫……?」

悲しそうな健君の言葉で更に涙が溢れてきた。





「て………んめー」

健君がてっちゃんを睨み再び殴りにかかろうとした。





「健やめろっ」





もう一つの声。



それは、私が今最も聞きたかった………愛しい声。



玄関から息を切らせて来たのは。




「ゆう…や……」


私の姿を見て、一瞬顔をこわばらせた後てっちゃんに向かって言った。






「ゆまに何したんだよ」





その声は今まで聞いたことのない程、怒りを含んだ低い声だった。

かすかに声も震えている。



 てっちゃんはさっき殴られた衝撃で身体が動かないらしく、上半身だけ起こした状態で言った。


「な、何ってお俺はただゆまちゃんが好きで……」


そう言いかけたてっちゃんに健君が怒りをぶつける。

「だからってこんな事していーのかよ!!」

「健」



裕也が健君を止めると、健君は裕也の胸倉を掴んだ。


「お前はいーのかよ!!」

健君に怒鳴られ、裕也が無言で健君を見返す。


「ゆまちゃんがこんなことされ「いーわけねーだろ!!」」

裕也が大声を出すと健君が驚いた顔をした。



「俺だってムカついてんだよ!!」


普段あまり大声を出さない裕也に健君は圧倒されたのか、無言になってしまった。




「けど今は、ゆまを助けるのが先だろ」


そう言って裕也は、緩くなった胸倉にかかった手を振りほどいて私の前にしゃがんできた。




「ゆま………ごめんな」

私の頭を優しく撫でる手に安心した私は、裕也にしがみついた。





「ふぇ………」


泣いている私を裕也が優しく抱きしめてくれる。 

けれど、その手は微かに震えていた。



 その姿を見た健君が、口をキュッと結んだ後言った。

「とりあえずココ出ようぜ」



私をゆっくり起き上がらせた後、健君に私を預けた裕也はてっちゃんを起き上がらせた。


腰の抜けたてっちゃんは、ビクビクしながら目をおよがせている。




「今度ゆまに手ぇだしたら………」


裕也はその後、てっちゃんにしか聞こえない低い声で言った。










「ぶっ殺す」



てっちゃんは腰が抜けてその場にへたりこんでしまった。




裕也と健君に連れられて、私達はその場を後にした――――。


ペタしてね



 日曜日。

メールでてっちゃんに教えられた場所へ行くと、そこは高層マンションだった。



 「わ………高っ」

30階はあるだろうそのビルを見上げて思わず呟く。



(てっちゃんこんな所に住んでるのかぁ………)



着いたら電話をくれと言っていたから、私はてっちゃんに電話をかけた。

ほどなくしててっちゃんが出て、言われた番号を押す。

さすがに高層ビルとなるとオートロックがすごい。

指紋認証までついていて戸惑ったが、てっちゃんが部屋から自動で扉を開けてくれたので心配なかった。



 どうやらビルの25階らしい。

長い間エレベーターに乗った後部屋に向かうと、てっちゃんが廊下で待っていてくれた。



「ゆまちゃん!」


てっちゃんが笑顔でこっちに向かってきた。



「お誕生日おめでとー! はいコレ、たいした物じゃないけど」



持っていたプレゼントを渡すと、てっちゃんは感動したように言った。

「わ………すっげぇ嬉しい……」

「気にいるかわかんないけど」

「いや、絶対気にいるって! ありがとなー」


まだ中身も見ていないのに喜ぶてっちゃんを見てなんだか嬉しくなった。


「あ、入って入って!」



部屋に入ると、20畳はあるであろうリビングと全面ガラス貼りの窓。



 「わぁ…………すごい……」

私は溜息混じりに外の景色を眺めた。



「てっちゃんこんな所に住んでるんだねー! すごいなぁ………」

「一応社会人だったしね。 それなりに貯金もあったから」

奮発しちゃったー、なんて笑いながらてっちゃんが言う。



「あれ? 他のみんなは??」

私が言うと、てっちゃんは少し焦った様に言った。

「あっまっまだ来てないんだ! この時間って言っといたんだけどなぁー」

「そっかぁ………」

私は特に気にも留めず、また外の景色を見た。






「ゆまちゃん」






 すぐ近くで名前を呼ばれて一瞬身体がこわばった。


「わっ………びっくりしたー……」

振り向くとすぐ近くにてっちゃんがいた。




 「俺さ………」

てっちゃんがいきなり真面目な顔をする。

「ん? ………どした……」



私が答えきる前にてっちゃんに抱きしめられてしまった。

「えっ! てっ……てっちゃん!?」



私が驚いて言うとてっちゃんは力任せに私を抱きしめて言った。

「俺ゆまちゃんの事が好きなんだ! 彼氏と別れて俺の彼女になってよ!」



あまりに突然の告白に言葉がでなくなる。

「え……なっ……」

「俺だったら無理矢理襲ったりなんかしない!」



以前てっちゃんがいる時に亜紀がおもしろ半分で言った事を本気でとらえたらしく、てっちゃんの腕に更に力が入った。


「てっちゃ………ぃたい………っ」

なんとか抜けようとするが、男の人の力には到底かなうはずもなかった。




「やめてっ……てっちゃん……!」




「っ好きなんだ! もーおかしくなりそーなんだよ!!」

「てっちゃ………んぅっ…!」

いきなり押しつけるようなキス。



てっちゃんは私を無理矢理押し倒して片手で両腕を頭の上で掴み、服のボタンに手をかけた。

「いやあああっ! やめてえええっ!!」


「おとなしくしてろよっ!!」




てっちゃんの手が私の頬を殴った。


私はあまりの恐怖に言葉もでず、震えがとまらなくなった。


それを見たてっちゃんは、私を見下ろしながら言った。





「好きだから………しょうがないんだよ………!」





てっちゃんはやめようとしなかった。



叫びたいのに声が出ない。




暴れたいのに身体が動かない。




とめどなく溢れる涙と、震える身体だけが

かろうじて抵抗しているようだった。









もう駄目だと諦めかけた時



扉を勢いよく開ける音が聞こえた―――――。


ペタしてね



 裕也との誤解も解けて、私はとても幸せな日々を送っていた。

相変わらずどこにいてもキスをしてくる裕也には正直驚いているけど。


 亜紀の方はと言えば、あれから尚君とちゃんと付き合う事になったらしい。

亜紀は午前コースが終わってからも、尚君の授業が始まるまで健気に居残っている。




 「ゆまちゃん、おはよう」



教室に入るなり突然てっちゃんに声をかけられた。

「わっ、びっくりした。 おはよー」

私が笑って返すと、てっちゃんは顔を少し赤らめながら言った。



「あのさ、今週の日曜に俺ん家で誕生パーティがあるんだけどさ」

「え? てっちゃんの?」

「うん、なんかあいつらがやってくれるみたいで」

そう言いながらてっちゃんはいつも一緒にいる男集団を指差した。


「へぇ~そーなんだ? てっちゃん愛されてるねー」

「ヤローに愛されても嬉しくないんだけどな」

てっちゃんが苦笑して言う。

私がつられて笑うと、てっちゃんは話を続けた。



「でさ、女の子も呼んで来いって言うんだけど………ゆまちゃん空いてない?」

「へ? あたし?」


私が不思議な顔をするとてっちゃんは慌てたように付け加えた。

「あっいやっ、ゆまちゃんには学院祭の時色々してもらったしそのお礼………にはなんないけど」

てっちゃんが頭を掻いて焦っている。


「そんな、お礼なんてあたしがしたいくらいだよー。てっちゃんいつも助けてくれてたし」

私がニコっと笑うと、てっちゃんは顔を真っ赤にして言った。

「あっじゃじゃあ、パーティに来てくれるのがお礼ってのは?」



私は少し考えた。

裕也に言った方がいいかな………。



暫く黙って考えていた私を見て、てっちゃんが慌てて言った。

「あっ別に嫌なら全然いーんだけどっ」

「あっ違うの。 全然嫌じゃないんだけど………」

「………けど?」

「彼氏が………怒るかもしれないし、聞いてみる」



そう言うとてちゃんは眉をピクっとさせた後、言った。

「ゆまちゃんて……彼氏の言う事絶対なの?」

「えっ? あ、そーじゃあないんだけど……」

「もしかして男がいるからって事?」

「………うん……」

私が小さく呟いて俯くと、てっちゃんは私の顔を覗きこんで言った。




「彼氏そんなに自分に自信ない人なんだ?」



鼻笑いを含めたその言葉に少しムっとする。


「………わかった、行く。 日曜日だよね?」

「ほんと? ありがとー! 場所とか時間はまた連絡するから、メアド教えてもらっていいかな?」

「あっうん、いーよ」



なんだかうまく丸めこまれた様な気もしたが、普段てっちゃんにはお世話になってるし

裕也も分かってくれるだろうと思った。





けれど、


この選択が後に波乱を起こす事など、私には見当もつかなかった。


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