首をすくめて、少し肌寒い秋の空を見上げる。


俺は、今までの事を思い出しながらまた歩き始めた。


 いつも教室で待っているはずのゆまがいない。

ゆまの友達がまだ教室にいたから聞いてみたけれど

「え? 先輩の所行ってないんですか?」

また何かしたんですかと言いたい様な顔で俺を見てくる。


階全体を探してもいない。

外に出て学院周辺や、お店を探しても愛しい姿は見つけられなかった。




 もしかして何か事故にあったんじゃないのか?

いるはずのゆまがいない事に焦っていた俺は、ゆまの携帯にかけるという選択肢がある事にこの時やっと気付く。


 ゆまに電話をかけて少しすると繋がったが、音がまるでしなかった。

「どこにいんの?」

息を切らせながら俺が聞いても一向に答えない。


 その時扉を閉める音が聞こえた。

………家に帰ったのか。

何で何も言わずに帰ったんだ? 俺がどれだけ心配したか………。



 「………先に帰るならそー言ってよ」

勝手に帰られた事に少し腹が立った俺は、怒ってる口調だったかもしれない。

けれど、その後返ってきたのは、耳を疑うような言葉だった。





 「別に………毎日一緒に帰るなんて約束してないし」




………確かに約束はしていない。

けど、ゆまがそんな事言うなんて何かおかしい。

俺は直接会いに行って聞かないとわからないだろうと思い、

「そ………わかった」

そう言って電話を切った。


 けれどその日はバイトが入っていた。

もうすぐゆまの誕生日。

ゆまの喜ぶ顔が見たい……何かプレゼントしたいと思って少し前から始めていたのだ。



バイトが終わってからゆまの所に行こう。

そう決意して、バイト先に向かった。






22時。

バイトが終わり、その足でゆまのアパートに向かう。

なんだかずっと長い間会っていないような気がして、俺の足は無意識に足早になっていた。


早くゆまに会いたい。


ゆまに触れたい、抱きしめたい。


ゆまの様子が変だった理由もちゃんと聞こう。


そう思っているうちに、ゆまのアパートの前まで来てしまった。

けれど、ゆまの部屋は電気がついていなかった。

(出掛けてるのか………)

夜も遅いし、そのうち帰って来るだろうと思いアパートの前で待っている事にした。




 だいぶ時間が経った様な気がして、携帯を見ると23時を回っていた。

(遅すぎないか………?)

駅前まで行ってみようと思い歩き出すと、曲がり角で誰かが話しているのが聞こえた。


その声は………忘れもしない、大切な人の声。




「………ゆま?」


そこで俺は、

一番見たくない光景を見る事になってしまったのだった――――。


ペタしてね



 あの事件があってから数日。

てっちゃんは午後コースに変更したらしく、全く顔を合わさなくなった。

午後コースの尚君を待っている亜紀は、たまにてっちゃんを見かけるようだった。

亜紀の性格だから、私にてっちゃんの事はあえて話さないけれど。


 私の気持ちも随分落ち着いてきた頃。


授業が終わると必ず迎えに来る裕也が、今日に限って来なかった。

(まだ授業やってるのかな………)

私は尚君を待つ亜紀にバイバイした後、裕也のクラスへと向かった。



(あれ………終わってる)

裕也のクラスは既に授業が終わっていて、人がまばらだった。




 ドクン―――。


鼓動が大きく波打つ。




愛しい人が笑っている。



けれど、その笑顔の矛先は


私ではなかった。



 裕也が『美衣』と言っていたその人は、裕也の腕をちょこんとひっぱりながら頬を染めて笑っている。

裕也はそれに答える様にその人の頭を軽く叩く。





やだ………






触んないで。



私はその状況が耐えられなくて、その場を後にした。








 ~♪ ~~♪


裕也専用の着信音が鳴る。

電話に出ると息を切らせながら喋る裕也。



「どこにいんの?」



「………」

他の人と仲良くしてるのを見たくないから先に帰りました、なんて言えない。

自然と無言になると、裕也は少し怒った口調で言った。

「………先に帰るならそー言ってよ」




―――何で?


さっきまであの人の前ではあんなに笑ってたのに、私には怒るの?


「別に………毎日一緒に帰るなんて約束してないし」

自分で分かってても、嫉妬故にそんな酷い事を言ってしまう。

暫くお互い無言になった。



裕也の息切れが徐々に軽くなった頃。

「そ………わかった」

そう言って裕也は携帯を切った。




思わず涙ぐむ目。

(何してるんだろう私………最低…)

自分が嫉妬深い事に改めて気付く。







 夜になっても、裕也からの着信もメールもない。

あんな言い方したら裕也が怒るのも当然だ。

(亜紀に電話しよっかな………)



そう思った時、着信が鳴った。

(この音………裕也じゃない)

亜紀かと思ってディスプレイを見ると健君だった。

「もしもし?」


私が出ると健君の明るい声が聞こえた。

「ゆまちゃん? ごめんね今平気? 裕也と一緒?」

「………ううん、一緒じゃないよ。 裕也に用事?」

健君は笑いながら答えた。

「裕也に用だったら直接かけるってー。 あのさ、もうすぐアイツの誕生日じゃん?」

「うん、そだね。 もしかして何かするの?」

「なんかサプライズパーティでもしようと思ってさぁ! ほらでも裕也とゆまちゃんデートする日が被ったらマズイと思って電話したんだー」

「………そっか。 今の所予定はない………かな」

健君が私の元気がない声に気づいたらしく、心配そうな声で聞いてきた。



「どした……? 何かあった? 裕也と」

その優しい声に身体がジワっと熱くなるのを感じた。



「………っごめ、なんでもない」

泣いているのを気づかれないように話す。

「………ねぇ、ゆまちゃん。 これからちょっと出てこれる?」

「………え?」

「夕飯まだ食ってないんだよね俺。 一人で食うより誰かと一緒に食った方がうまいし」



健君の顔見たら………少し元気になるかも。

「うん………いーよ。 あたしもまだ食べてないし」

「まぢで? じゃあ決まりね! 待ち合わせ学校でいい?」

「うん。 じゃあ支度して行くねー」







 学校に着くと既に健君が待っていた。


「ゆまちゃん遅いー! 待ちくたびれたー」

頬をぷくっと膨らませた後、健君が笑う。

「ごめんねっ、考え事してたら降りそびれて」

「あはは、なにそれー!」

健君が笑いながら優しい顔をする。




「………やーっぱ泣いてたね」



私の顔に涙の跡が残っていたのを見つけたのか、健君が苦笑した。

「えっ………あっ…と」

私が慌てると健君がまた笑う。

「ほんとゆまちゃんて見てて飽きないよねー。 コロコロ表情かわるしー」

「う………」

私が口ごもると、健君は私の頭をポンと叩いて言った。

「飯食いにいくかぁ」

「………うんっ、そだね」






 ご飯を食べた後、健君はゲーセンに連れてってくれた。

明るい健君のおかげで私もいつの間にか声にだして笑うようになっていた。



 夜の10時半を回った頃、健君が言った。

「そろそろ帰るかぁ、ゆまちゃん送ってくよ」

「えっ? 大丈夫だよ、健君のマンションあたしの住んでる所と真逆だもん」

そー言うと健君は、苦笑しながら言った。

「俺が連れ回したんだし、こんな暗いのに一人で帰させれないじゃん」

それに………と健君が付け足す。



「ゆまちゃんに何かあったら、裕也も俺も嫌だからさ」

急に真面目な顔をして健君に見つめられて、私も頷くしかなかった。







 「ここでいーよっ、あのアパートだから。 ありがとう」

私がアパートを指差して言うと、健君はフっと笑って言った。

「わかった。 あーでもよかったー」

「ん?」



「ゆまちゃん………笑ってくれたし」

「あ………」

確かに、健君といるとすごく楽しかった。


けれど………好きっていう感情とはやっぱり違うなって思った時








「………ゆま?」






そこにいるはずのない声に、一瞬にして身体がこわばる。


「………裕也……?」

寒さで身体を震わせながら私達の前に姿を現した裕也は、健君を見て一瞬驚いた顔をした後言った。






「は………そーゆー事か」

裕也は悲しみと憤りを含ませた顔をして私を見ている。



「違………っ」



裕也にまっすぐ見つめられて言葉が出ない。


「裕也ちげーって、俺とゆまちゃんはそんな……」

「お前は黙ってろ」

裕也に睨まれてグっと息が詰まる健君。




「もっと早く言ってくれれば良かったのに」

そう言った裕也の顔は、無表情で………私を軽蔑している顔だった。

そして裕也は、そのままその場を去って行ってしまった。





どうしよう。


きっと………私が酷い事言った罰だ……。


言葉も出ず、身体も動かず立ち尽くしていた私の背後が急に温かくなった。






「ゆまちゃん………まじで俺のものになんねぇ?」




無意識に流れる涙で視界がぼやける。



健君に後ろから抱きしめられても、私の心は凍えきっていた……。


ペタしてね



 てっちゃんの部屋を出て向かったのは、健君の部屋。


「健君………ここに住んでるの………?」


 驚くのは言うまでもなく、健君はてっちゃんと同じ高層マンションに住んでいたのだ。


「俺の親金持ちなんだよねー。 一人で住みたいって言ったらこの部屋くれた」

「くれたって………」

サラっとすごい事を言う健君に少し目眩を覚える。


「ゆまちゃんがこのマンション入ってくの見えてさ。 気になって後つけちゃったー」

私の気持ちを落ち着かせようと健君が変な顔をして言う。

「で、健が俺に連絡してくれたってわけ」

裕也が健君の部屋の鍵をジャラジャラさせながら付け足す様に言った。



「ありがと………もし二人が来てくれなかったら………」

さっきの事を思い出して泣きそうになると、裕也がそっと抱きしめてくれた。



「もう大丈夫。 ………アイツに何された?」



裕也が核心をついてくる。


私が口ごもると、裕也は少し不機嫌な顔をして言った。

「やられたのか?」



首を横にふる。


「キスは?」



少ししてゆっくり私が頷く。




「………んの野郎」


裕也が怒りを露わにするとそれを見ていた健君が話の間に割り込んだ。


「まぁまぁ、でも………ゆまちゃんが無事で良かった」

健君が私の頭を撫でると、裕也は私を抱きしめたまま健君に背を向ける。

「なぁんだよー俺がいかなかったらゆまちゃん危なかったんだぞー?」

健君は頬をふくらませながら裕也に言う。



「それは感謝してる。 けど、ゆまは俺のだから」

裕也が首だけ動かして横目で健君に言った。

「はーいはい。 裕也は余裕ないねぇ、ゆまちゃんが絡むと」





『彼氏そんなに自分に自信ない人なんだ?』





てっちゃんの言葉がよみがえる。


なんであたしあんな言葉につられちゃったんだろう………





 「全部あたしのせいなの………」

私が言うと裕也と健君がこっちを見る。



「あたしが…てっちゃんに裕也の事悪く言われて……カチンてきて…それで……」

私が涙をためながら震える声で言うと、裕也は再び私を抱きしめて言った。


「もーいーよ。 わかったから…」

抱きしめる腕に少し力が入る。

「………ほんと………無事でよかった………」

強く抱きしめられても、裕也の手はまだ震えているようだった。




 「俺邪魔みたいだからお茶でも淹れてくるわー」

健君が笑いながらキッチンに向い、リビングとを隔てるドアを閉めた。



 暫く裕也に抱きしめられて、私も無言でそれに応えていた。





「ゆま………」



少し掠れた声。

「俺は何言われてもいいけど、ゆまに何かあったら寿命縮まるからさ」

「………うん」

「だからもう…何言われても勝手に男の部屋あがるなよ……?」

「………うん………ごめ………」

私が涙声で答えると、裕也が離れて唇に触れてきた。



 苦しくなるくらいの長いキスをした後、裕也はおでことおでこをつけて言う。

「今の消毒な」

裕也が照れた様に言う。

「えへへ………」

「何笑ってんだよ」

「やっぱり好きな人とキスすると幸せになるなって実感したとこ」

「なにそれ」


笑いながら突っ込まれる。


ぶっきらぼうな返事だったけど、私にはその会話が心地よかった。




その様子を見ていた健君が

切ない顔をしていたのにも気づかずに―――。


ペタしてね