亜紀はあれから一度も雅人君の話題を出してこない。

亜紀の中で諦めがついたのか、それとも無理に忘れようとしているのか………。

私も特にそこに触れる事はしなかった。

というより………触れてはいけない気がしたから…。



 「ゆまちゃん……だよね?」

亜紀が急なバイトの交代で学校を休んだ日

私がいつもの様に学院に来ると

待ち構えていたかのように尚君が話しかけてきた。

尚君とは顔を合わせただけだった為、会話を交わすのはこれが初めてだった。


 「ちょっと………いいかな? まだ時間あるよね?」

「うん……あるけど………」

「少し移動しない?」


いつも元気そうな尚君がやけに落ち込んでいる様に見えた。

裕也と話そうと思って早く来た為、幸い授業が始まるまでまだ時間があった。

私は、尚君と近くのマックに向かった。




 「まぁ………俺がゆまちゃんに用があるって事は亜紀ちゃんの事だって分かると思うけど…」

尚君が話を切り出す。

「亜紀が…どうかした?」

あまりに悲しそうな顔をする尚君を見て、なんだか嫌な予感がした。


「亜紀ちゃんに直接言えない俺ってホント女々しいんだけどさ…」

「?」

尚君は、左右に目をキョロキョロさせた後言った。



「亜紀ちゃんてさ、好きな奴とかいるのかな…」



「………え?」

その言葉が理解できず、私は首を傾ける。

「あ…いや……なんかさ……亜紀ちゃんに聞いたと思うけど、俺と亜紀ちゃんて……その…」

尚君が言いにくそうに続ける。

「順番違った…ってゆーか……成り行きであーなっちゃった感じで……」

尚君の言いたい事を徐々に理解しだした私は、尚君が話し終わるまで耳を傾けた。


「亜紀ちゃんには言ってないんだけど、俺さ……亜紀ちゃんに会ったのって飲み会が初めてじゃないんだよね」

「え? だって亜紀は初めて会ったって………」

「うん、そーなんだけど…俺ずっと前から亜紀ちゃんの事気になってて」

「え? どーゆー事?」

「えと……だから………」


 亜紀の事を前から知っていて飲み会の時に話しかけた事や、亜紀に手を出さないつもりでいたのに飲み会の日にああなってしまった事、その為に告白しそびれてしまった事。

そして、最近亜紀の様子がおかしい事を尚君は事細かに話してきた。


 「え…? て事は尚君は亜紀の事本気なの?」

我ながら失礼だと思ったが、聞かずにはいられなかった。

「俺ずっと本気なんだけど…って順番違ってたら本気だって思われないかー」

尚君が苦笑しながらコーラを飲む。



「亜紀ちゃんさ………寝てる時泣いてるんだよね」

「えっ………?」

「なんかそれ見てると耐えられなくてさ…何にも出来ねぇ自分に腹が立つってゆーか」

そして、今にも泣きそうな顔で尚君は言った。




「やっぱりそれって好きな奴がいて、そいつの事想ってって事なのかなぁってさ……」




亜紀が泣いているのはきっと………雅人君の事だ。

やっぱり亜紀は雅人君の事忘れられないんだ……


そう思うと何故か涙が出てきて、たまらなく苦しくなった。


「ご、ごめんっ! ゆまちゃんの事泣かすつもりじゃなくて…っ」

尚君がそう言いかけた時、突然腕を掴まれて立ち上がらされた。




「……っ ゆ………や?」

腕をつかんだのは尚君ではなく、裕也だった。

事の状況を知らない裕也は尚君をキッと睨んだ後、私を引っ張る様にして店を出てしまった。



 「ちょ………っ裕也っ!?」

裕也は何も言わずに人気の少ない路地裏に連れて行く。

細い路地裏に入ると、壁を背にして裕也の両手に行く手を阻まれる。



「何で泣いてんの?」

裕也が眉をしかめて聞いてくる。


「………これはっ……」

亜紀の事を話そうか迷っていると、裕也は無理矢理唇を当ててきた。


「っ………!!」


今までとは違う、荒いキス。


「ーっ………っやだっ!!」

私が力いっぱい振りほどくと、裕也は私を強く抱きしめて言った。



「なんで………なんで他の男に泣かされてんだよ……!」


「裕也…っ……痛いっ…」

私が泣き声で言うと、裕也は我に返ったように抱きしめていた腕を離した。




「……っごめん」

裕也の言葉と同時に私の右手が裕也の左頬を叩いていた。




私は裕也を睨んでから、その場を走り去ってしまった………。


ペタしてね

 2次会のカラオケは明け方まで続いたみたいだった。

でも、私と尚君は途中で抜け出して尚君の家に泊まった。


まぁ………

泊まる=どーなるかっていうのは分かってた事だけれど。



尚君は遊んでそうに見えて意外とマメだった。

付き合うという形にはなっていないにしろ身体の関係は出来てしまったし、尚君もその辺には特に触れずに私に会ってくれる。

実際、尚君の遅刻が減ったのも確かだった。


 「亜紀ー、お昼一緒に食べてかない?」

ゆまが久しぶりに私を誘ってきた。


 裕也先輩とゆまが付き合ってから、私と遊ぶ時間はめっきり減ってしまったけれど

そんな事で私とゆまの仲が崩れるとは到底思えない。

何かあったら夜中でも電話し合えるし、駆け付けられる。

大事な親友だからこそ、ゆまにはいつも笑っていてほしいと思う。


 「裕也先輩ほっといていーのー?」

私が意地悪く言うと、今日は健君達とご飯食べて遊ぶんだってーなんて言いながら手鏡で髪を直している。

健君「達」………雅人君もいるんだろーな………。



 「亜紀? どしたのボーっとして」

「えっ? 何でもない何でもないっ! 何食べ行こっかー」


 この間ゆまから雅人君に彼女がいる話を聞いた時、正直すごくショックだった。


きっと彼女がいるって雅人君が言わなかったのは、彼女がいなかったら付き合えたなんて可能性を出させない為の雅人君なりの優しさなのかなぁ、って勝手に良い方向に解釈してしまった。



「………で? 亜紀は尚君とはどーなのよ?」

ゆまがポテトをほおばりながら聞いてくる。

「ん? んー………まぁまぁーかなぁ……」

「まぁまぁって何よー」

「エ.ッチはしたけど」





「えっ!? したのっ!?」

一瞬会話が止まった後ゆまが大声をあげ、慌てて自分の口を押さえた。

「ホラ。 ゆまが帰ってこなかった飲み会の日にね、成り行きで」

「成り行きでって………付き合ってないんでしょ?」

「んー多分」

「………亜紀ーぃ?」

ゆまが怒った顔で私を見る。

「………わかった…ちゃんと話すよ」

こういう時のゆまには逆らわない方がいい。



 私は、あの飲み会の日にあった出来事を一部始終話した。



 「そっかぁ………」

ゆまは難しい顔をして何かを考えているようだった。

「なんかさ、やっぱり女は愛される方が幸せなんだなぁって思っちゃったり?」

私がおどけて言うと、ゆまはまた真剣な顔になって言った。

「けどさ、付き合ってないのにそゆ事する男って……あたし苦手だな。 亜紀の事本当に好きでいてくれてるの?」

ゆまの過去のトラウマがそうさせているのか、その部分がやけにひっかかる様で、話しながら悲しそうな顔にもなっている。

「あたしも嫌だけどさ、でも今は雅人君の事も忘れないといけないし……」



「そ………の事なんだけどさ………」



ゆまが口ごもって何か言いたそうにしていた。


「なにー? あっもしかして彼女一人じゃなかったってオチ? 雅人君かっこいいもんなぁー」

私が笑って話すと、ゆまは首を横にブンブン振ってから言いにくそうに答えた。






「雅人君の彼女………旦那さんと子供いるんだって」


ペタしてね


 ピーンポ―――ン

私が裕也の家のインターホンを押すと、しばらくしてドアが開いた。



 「え……? なんで?」

裕也が驚いた顔をして私を見た。


「健君に聞いたの。 裕也が片づけしてるって」

「………あぁ」

「なんかお手伝いできるかなぁって思って来てみたんだけど……」

と言いながら部屋をのぞくと、既に片づけは終わっているようだった。


「さっき片づけ終わって、今そっち行こうと思ってたんだけど」

「あっそーだったんだ? じゃあ一緒に戻る?」

そう言うと裕也は少し考えてから言った。


「せっかくだし、お茶でも飲んできなよ」




 裕也の部屋に入るのはこれで2度目だったけど、なんだか落ち着かない。

必要以上に家具が置かれていないせいか、広く感じる裕也の部屋に今二人きりだというのが更に緊張を増してしまう。


「コーヒーでい?」

「へっ!? ぁ、ぅ、うんっ」

「んな緊張すんなよ何もしねーから」

裕也が肩を揺らして笑いながら言った。

「なっ……そーじゃなくてっ」

「ハイハイ、わかったわかった」

裕也は軽く私をあしらった後キッチンに向かった。



(な………何話そう………)



コーヒーカップにお湯を注ぐ音がやけに響く。


 「あっ、そーいえば雅人君の事なんだけど……」

私は亜紀にまだ言ってない事を話した。

「なんか…雅人君に彼女いるって亜紀に言いにくくて……」

「………そっか」

コーヒーカップを二つ分持ちながら裕也が話す。

「でもさ」

テーブルにコーヒーを置いて、裕也は私の顔をまっすぐ見て言った。


「そーゆーのって、言われない方が悲しいんじゃないの?」



そう言われて私はハッとした。

亜紀はあんな性格だから、隠し事をされるのが一番嫌で、以前それで喧嘩した事があったのを思い出した。


「大事に思ってる友達だったら話してほしいって思うけどな、俺は」

「そー……だよね…」

「てかゆまじゃどっちみち隠しきれないんじゃないの? わかりやすいし」

裕也が意地悪な顔をして私を見る。

「もーっ」

私は裕也の胸を叩こうと右手を上げたが、あっさり掴まれてしまった。



「残念」



そー言って裕也は私の唇に触れた。



最初は軽いキスだったが、慣れてきた頃裕也の舌が私の口を開けて入ってきた。

私も舌で答えようとしたけれど、うまく呼吸ができずに苦しくなる。


「んっ……はぁ…」


思わず声を出すと、裕也はキスをやめて抱きしめてきた。




「さっき何もしねーって言ったけど無理かも」





「…………え…………えと…」


私の顔を見て裕也が笑った。

「ゆまってすぐ赤くなんな」


自分でも火が出そうな位、熱いのが分かる。



 「健達の所戻るかー」

裕也が立ち上がって支度を始めた。

「えっ………? あっ…うん」

裕也の家に一人だけで行く事がどーいう意味で、それなりの覚悟だってしてきたのに

なんだか拍子抜けしてしまった。




 「なに? 続きしてほしかった?」


裕也がいつもの意地悪な笑みを浮かべて私の顔を覗きこんできた。

私が赤くなって俯くと、裕也は私の頭を撫でて言った。


「そーゆーのは少しずつな? 一気にしたら優しくできる保障ねぇし」

裕也はジャケットをはおりながら鍵を探し始めた。






「………!!」




気がつくと私は無意識に裕也を後ろから抱きしめていた。



「………っゆま?」

自分でもよくわからなかったけど、こんな気分のまま健君達の所に行くのは嫌だった。





「裕也………して?」



私の方に向き直った裕也にそう言うと裕也は驚いた顔をしたが、すぐに言った。



「その言い方やばいって……」






その夜、私達が健君達の所へ行く事はなかった………。


ペタしてね