―――――次の日、重い足取りで職場へ向かった。


昨日は結局智幸から何の連絡もなかった。


あんなわけわかんない状況で

ばかー!!

なんて言われたら、そりゃ嫌われもするよね………。



私が働いているドラッグストアは2階建てのお店になっていて、私は2階で化粧品を売っている。

智幸は1階の雑貨ブース担当だから、階が違う私達はほとんど顔をあわせる事がない。


………といいつつ、普段は理由をつけて1階に降りる私。

智幸が2階に来る事なんてもちろん、ない。





だがこの日は違った。


早番の子が先に休憩に行って少し経つと、智幸が2階に上がってきたのだ。


昨日の事もあって、私は目が合わせられないでいた。

でも心臓の音は、聞こえそうなくらいドキドキしている。


智幸とすれ違って1階に降りたお客さんで、2階に人はいなくなり

智幸と二人だけになった。


(こんな時に2人きりって! 気まずいんですけど!!)



私が棚を整理していると、智幸に後ろから声をかけられた。




「リカ」




一瞬身体がこわばる。



「ごめん」


一言智幸に言われた。



………何に対しての ごめん ?


家に入れなかったから?

別れたくて?


「なんで………謝るの?」

私が聞くと、智幸は頭を掻いて言った。

「昨日泣いてたの、僕のせいでしょ?」


やばい

仕事中なのに泣きそう


私が口をへの字にして泣くのを我慢していると、智幸がプッと吹き出した。


「ひど………なんで笑ってるの」

張り詰めていた糸が一気に切れて、遂に私は涙を流してしまった。


「あっ……す、すまない」

智幸は慌ててハンカチをとりだす。

「リカはわかりやすくて可愛いなと思って、つい笑ってしまった」




―――初めてだった。

智幸に可愛いなんて言われたのは。


「いっ………今っ」

涙がぽろぽろこぼれる。

「今可愛いって言ったぁぁ………」


「嬉しい時にリカは泣くのか、新発見だな」

智幸が爽やかな笑顔で笑うもんだから、もう昨日の事なんてどうでもよくなってしまった。


「今日仕事終わったらデートするか?」

「するぅぅぅぅ」


智幸に借りたハンカチで涙を拭いて鼻をかむ。

ウォータープルーフのマスカラしてきて良かった……


「ハンカチありがとう」

「せめて洗って返しなさいコラ」


こうやって少し優しくされるだけで、すぐ許してしまう。

少し話せるだけで、こんなに幸せな気分になってしまう。

私ってば相当重症だ。


「ご飯おごりだからね」

「わかってますよ、お姫様」

笑顔でそう言って、智幸は1階に降りていった。


ペタしてね


智幸の住んでいるアパートには行った事があった。

行ったことがあるというか、家の前までなんだけど。


職場の同僚数人で、智幸の家に押しかける計画を立てていたのだけれど

玄関先で見事に追い出されてしまったのだ。


なんだかんだいって見た目は、上の中くらいかっこいい。


………い、言い過ぎか。


実際私も一目惚れで恋に落ちたくらいだから、それなりにはかっこいいと思う。

職場でもなにげにモテている。


ただ、本人が全く女性に興味がないのではないかという噂も、並行して広まっているのは言うまでもない。


私が智幸と付き合っているのは麻衣子意外知らない。

そんな事知られたら、職場中大騒ぎになりそう……

なんて思いながら歩いていたら、いつの間にか智幸のアパートの近くまで来ていた。



(らぶ☆チェリーに勝てますように………)

そう思いながらインターホンを押した。




………出ない。

らぶ☆チェリーが始まっている時間だというのに、いないなんて事………



電気のメーターに目をやると………がっつり回っていた。


(居留守かよ!!)


もうこの時点でらぶ☆チェリーに負けた感満載だったけれど

負けじとインターホンを押し続けた。


ピーンポーン………ピーンポーン――――――

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーーーーン



反応が全くない。





………てかテレビの音聞こえてますけど



悔しい気持ちと悲しい気持ちが混ざって、妙に悲しくなってきた。


こんなに頑張っても、智幸は私より2次元を選ぶ。

きっと告白をOKしてくれたのも、気まぐれだったんだ………

私の事少しでも好いてくれてるのかななんて思った自分が馬鹿らしい。


2ヶ月も付き合ってるのに

まともに手だって繋いだ事ない

ハグなんてしてもらった事もない

振り回されただけ? 

暇な時に都合よく遊んでくれる子が欲しかっただけ?


肌寒い秋の夜空の下、かじかんだ手を袖にしまってうずくまる。


もうやだ………

視界がぼやけてくる。




………ガチャ



目的の番組が終わったのか、外の様子を見に来た智幸。

私を見つけて目を見開いた。


「リカ? こんな所で何して………」

そう言いかけて、私が泣いているのに気づく。


「えっ!? ど、どうし「智幸のばかー!!」」



私は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で叫んだ後、その場を走り去った。


ペタしてね




「今日から 『らぶ☆チェリー』 始まるから、夜は会えない」




――――耳を疑う様なセリフを放たれた。




私、村上リカ(ムラカミリカ)の彼氏、長谷部智幸(ハセベトモユキ)は

いわゆる………



オタクだ。



派遣社員として働き出したドラッグストアで彼に出会う。

一目惚れをしがちな私は失恋したばかりだった為か

見た目がドストライクな彼に2秒で恋に落ちてしまった。




そう。


黙っていればかっこいいのに。

彼は2次元中毒といえる程、どっぷり美少女にハマってしまっていたのだ。



それに気づいたのは、以前休憩が一緒になった時の何気ない会話。

一目ぼれをしていた私は、何か話しかけようと声をかけた。


「は、長谷部くん……っ!」

「………??」


智幸に見つめられて、言葉を詰まらせた私は

彼の持っていたうさぎのクリアファイルを見て、褒める。

「そっ、そのうさぎのクリアファイルすっごい可愛いねー! どこで買ったの?」


すると、智幸は目をキラキラさせて話し出した。

「もしかして村上さんも『らびっつキュンキュン』好きなんですか!?」

「ら………らび……?」

「これ限定販売でなかなか手に入らなくて……」


真剣に話す智幸が何故かすごく可愛く思えて

話の内容など頭に入らず彼の顔をずっと眺めていた。




恋は盲目。


完全に私は彼に恋をしてしまったのだった。

オタクだろうが構わない!

だってタイプなんだもの!


………と思ってはいたけれど、さすがに性格が悪かったら続かない。


だが彼は、パーフェクトだった。

優しいし、頼りにもなる。

悲しい時は黙って側にいてくれる。



………唯一、異常な美少女萌えを覗けば。 




そして、さっきの言葉。



「ちょ……なにそれっ! 今夜デートするって言ったぢゃん!」

「放送日が急遽今週になった。 今回は僕の誤算だ」

「誤算て……え? じゃあ今夜はあたし一人でご飯食べろって?」

「まぁ、そういう事になる」

「そういう事になる、じゃなーいっ! 録画しとけばいいーじゃん!」

「わかってないなリカは。 リアルタイムじゃないと駄目なんだよ」

「あたしもリアルタイムでデートしてほしーんですけど!!」

「じゃ、そーゆー事で」

「人の話を聞けーっ!!」


そそくさと早番を切り上げて帰る智幸。

(うぅっ……こんな時に遅番だなんてっ)

ハンカチがあったら噛みちぎりたくなるくらいの気持ちを抑え、私は仕事場に戻った。




「麻衣子ぉぉぉ~2次元に負けたぁぁぁぁ」


休憩時間、時間差で一緒になった麻衣子にすがりつく。

「………アンタそれ何度目?」

「ご………五度目です」

「愛されてないんじゃないのー」

職場の友達、井川麻衣子(イガワマイコ)は私の唯一の理解者。

サバサバしていてたまにキツイ事を言うけれど、根は優しいいい子なのだ。

「2次元に負けるなんてまだまだね、リカ」

「せんせー、今グサっときました……」


もともと、私が智幸に告白してOKをもらったわけで

智幸も

「別にいいけど」

な返事だったし、正直智幸が私の事を好きなのかどうかも分からない。

むしろ好きだなんて言葉を口にされた事もない。


「ねぇ麻衣子はさぁ、なんでここで働いてるの?」

気を紛らわそうと、そんな質問を投げかける。

「あー、お給料いいから」





……会話終了。



「もっとさーこー話を広げようとか思わないの?」

「めんどい」

「はは………相変わらずツンツンね…」

肩を落としていると、先に休憩の終わった麻衣子が休憩室のドアの前で振り返った。


「家行っちゃえばいいじゃん」

「えっ?」

「来ちゃった~外寒ぅい~とか言えば入れてくれるって」

「………」


付き合って2ヶ月になるけど、そういえば家に行った事など1度もなかった。

家に行くのはおろか、キスさえもしていない。

男性と付き合うのは初めてではなかったし、いっその事こっちから熱いキスでもしてやろうかと思ったけれど

それで嫌われるのだけは嫌だった。


「成せばなる、成さねばならぬ、何事も」

麻衣子がそう言い捨てて、休憩室を出て行った。



(いくら2次元好きとはいえ、彼女が行ったら優先してくれるよね…)

(てか彼女かどうかも曖昧………!!)

(………はぁ………仕事終わったら行ってみよっかな)

(そーだよねっ、行っちゃえばこっちのもんだよねっ)


そんな百面相をしているのを見て、微笑んでいる人にも気づかず

私は重い腰をあげて、午後の仕事に向かった。


ペタしてね