次の日も、その次の日も、裕也先輩は学院に来なかった。


 「ゆまぁー、アンタほんとにつきあってるのー?」

亜紀が私に聞いてくる。

「た……多分……」

「何それ……」

呆れた口調で言われるのも無理はない。


 あの後特に付き合おうと言われたわけでもなく、別々に部屋に戻って普通にお別れをして帰ってしまったのだ。

「普通さぁ、ケーバンくらい交換するでしょ」

携帯番号を交換する事すらしていなかったのだ。

「だって……いっぱいいっぱいだったんだもん!」

「そーだとしてもさ、裕也先輩なんで来てないのよー」

「あたしにだってわかんないよぉ……」


自分の気持ちを伝えて、先輩からも好きって言ってもらえて……

なのに裕也先輩が今何をしてるのかさえ分からないなんて。


 私が落ち込んでいると、遠くから声がした。

「亜紀ちゃーん! ゆまちゃーん!」

健君と雅人君がこっちに向かって手を振っていた。


 亜紀は、あたし雅人君タイプかもなんて言いながら向こうに走って行く。

背が高くて、ヒョロヒョロしている雅人君は、亜紀の好みに当てはまっていた。

この間のカラオケで音楽の趣味も似ていたらしく、珍しく亜紀が乙女モードになっているのは

言われなくても気づいていた。


 亜紀が行った代わりに、健君がこっちにやってきた。

「久しぶりだね」

「あっ……うん……」

(そいえば……返事まだしてなかった……)



気まずい空気が流れる。



でもこのままじゃいけない。

「健君……こないだの話だけど……」

そう言いかけると、健君が私の横に座った。

「うん……裕也から聞いた」

「えっ……?」

私の顔を見てニコっと笑った健君は、言葉を続けた。

「まさかあの無口な裕也と付き合うなんてなぁー」

「ごめん……ね…」

「なんで謝んだよー、俺クチうまい方だしーまたすぐいい子見つかるからいーって」

笑いながら健君が言う。

「あっでもね、ゆまちゃん」

いきなり真剣な顔をする健君。


「ゆまちゃんを可愛いって、付き合いたいって思ったのは本当だから」


ストレートな言葉にドキっとする。

「うん……ありがと……」

それを見た健君がまたニッと笑った。


(健君て………いい人だなぁ……)


「てか裕也は?今日休み?」

健君達は北校舎なので、普段先輩と顔を合わせる事がない。

「それが昨日も来てなくって」

私が俯くと健君は溜息をついた。

「………ったくアイツ何やってんだよ」

健君が裕也先輩に電話をかける。


 何回目かのコールで裕也先輩らしき人が出たようだった。

こっちからは声が全く聞こえない。

「はぁ? まぢで? お前それ早く言えよなー」

健君が電話越しに少しムッとしている。

「ゆまちゃんすげー心配してるぞ!」

私が顔を上げると、健君が電話を渡してくれた。


 「も……しもし…?」

私が恐る恐る話しかけると、電話の向こうの声はいつもと様子が違った。

「ゆま……ごめん……連絡できなくて…」

声が掠れている。咳も何度か出ていて、電話しているのも苦しそうだった。

「風邪…引いたんですか?」

「みたい…だな……心配かけてごめん………」

風邪は辛そうなものの、私は声が聞けたのがすごく嬉しかった。

「いえっ、それより……大丈夫ですか?」

「ゆまの声聞いたら…少し元気でた」


顔が熱くなるのが分かった。

「じゃあ……あの…おだいじにしてください……」

「ありがとな……」

電話が切れたので、健君に返した。

「ゆまちゃん顔真っ赤だけど大丈夫? 裕也の風邪うつった?」

健君が笑いながら茶化す。

「もー違うってば!」

私がふてくされていると、健君が何か思い出したように立ち上がった。

「これからさ、みんなで裕也んち行かねぇ?」

「えっ!?」

「アイツ一人暮らしでロクなもん食ってねぇだろぉし、景気づけに乗りこんでやろーぜっ」

意地悪を思いついた子供の様な顔をしている。

なんか嫌な予感………。



結局先輩に何も許可を得ないまま、健君達と私達は裕也先輩の家に行くことになった。


ペタしてね


 返事はいつでもいいから、と健君は先に部屋に戻って行った。


頭が混乱して、自分がどうしたいのかもわからない。

抱きしめられていた感覚がまだ残っていて、胸がドキドキする。





「ゆま」





その声で一気に現実に引き戻される。

少し機嫌が悪そうな裕也先輩が少し離れた所で壁にもたれてこっちを見ていた。


(今……名前で呼んだ………?)

驚いた私は、目を泳がせて視線を合わせないようにする。


その行動は先輩の機嫌を更に損ねた。

「健の事好きなの?」

そう言いながら私の方に歩いてくる。

「えっ……あっぁの好きとかっ! ……そーゆーんじゃなくって……」

「じゃあなんで抱き合ってたの?」

「えっ………」



(さっきの……見られてた…っ)



「抱き合ってたわけじゃなくって……ぁの……」

俯いてしまう私。

どうしても目が合わせられない。






「こっち見て」



更に低くなった声にビックリして、恐る恐る顔を上げる。

でもその声とは逆に、先輩は哀しそうな顔をしていた。


「俺の目、見れない? 俺と話すの嫌?」

その問いかけに、ビクっと反応してまた俯いてしまう。

「嫌なんじゃなくて………」

「………じゃなくて?」



まさかいきなり好きですなんてとても言えない。

きっと引かれるのがオチだ。





「俺は………ずっと気になってたけど」





え………………?



顔を上げると、裕也先輩が顔を真っ赤にして横を向いている。

「い……ま、なんて……」



私の思考回路は大渋滞を起こしていた。

どーゆう事………?




「お前が入学してきた日。 笑ってる顔見て目が離せなくなった」



鼓動が速くなる。



「今までは、顔が見れたらそれでいいと思ってた」


先輩が、私を見つめながらゆっくり話す。

その真剣な眼差しに、私も目が離せなくなっていた。



「けど……健と仲良く話してるの見て、すっげー腹立った」



もしかして………先輩……妬いてる……?


「俺には笑った顔見せてくれないのに、他の男にそんな顔すんなって……思った」



こんな時に不謹慎だと思ったが、その言葉がすごく嬉しくて思わず笑ってしまった。

「な………」

「ご…めんなさ……っ」

嬉しくて、嬉しくて、どうしても顔が笑ってしまう。


「俺…結構真剣なんだけど」

先輩が真っ赤だった顔を更に赤くして少しムっとした。

「違うんですっ!……先輩がそんな風に思ってくれてたなんて嬉しくって………」

私が照れながら笑ってそう答えると、先輩にいきなり抱きしめられた。



「せっ……せんぱいっ?」

突然の事で頭がまたパニックになる。





「その顔………反則」




先輩に抱きしめられて、私はあらためて思った。


(健君とは違うこの気持ち……あたし先輩の事好きだ……)





「先輩………私…先輩の事が好きです…」

それを聞いた先輩は、手をほどいてゆっくり向き直る。






「俺も…好き」





ゆっくりと顔が近づいてきて、唇と唇が触れる。





その日、二人は恋人同士になった。



ペタしてね


 どーせ一緒なら、と健君は座る場所を 

雅人君、亜紀、健君、私、裕也先輩の順で座らせた。


(もー………健君のバカ……)

入口から一番遠い位置に座った裕也先輩の隣になった私は、左側がどうしても向けずに困っていた。


 亜紀や雅人君、健君は大盛り上がりで次々と曲を予約する。

スクリーンを見る為に顔をあげると、視界にどうしても先輩の姿が入ってしまう。

亜紀が歌っている歌の歌詞を目で追っていると、同じくスクリーンを見ていた裕也先輩が急に振り返って目が合った。


ビックリしてあからさまに目を逸らせてしまった。



先輩がまだこっちを見ている視線が伝わる。

どーして良いかわからなくなった私は、亜紀がちょうど歌い終わったのをいい事に立ち上がって外に出た。



 「はぁ………」

自販機の横に座って溜息をついた。

(あからさま過ぎだったよね……嫌われちゃったかな……)

そう考えると、どんどん悲しくなってきて涙目になる。

(あたし……こんなに涙線弱かったっけ……)



 下を向いて俯いていると、誰かが横に座ってきた。



「どーした? 具合悪い?」



健君が私の顔を覗きこむ。

「健君………」

顔を上げた瞬間、目に溜まっていたものが頬を伝って流れ落ちた。


「えっ! ちょっ………ええっ?」

健君が私を見て慌てている。

「あっ! ご、ごめんっ! 全然なんでもないから! ほんとごめんっ!」

私が手で顔をゴシゴシ拭いていると、ふわっと温かいものに包まれた。




気がつくと、私は健君に抱きしめられていた。




「け……健く……ん?」

「……ゆまちゃんてさ」



健君が抱きしめながら耳元で呟いた。

「泣いた顔も可愛いんだけど」



抱きしめる腕に力が入る。

「最初見た時にさ、可愛いなって思ってたんだよね」

「え………?」

腕をほどいて私の両肩を掴む。

「何で泣いてるかとか聞こうと思ったけど………やめた」




そして健君は真剣な眼差しで私を見て言った。








「俺と………付き合ってくんない?」



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