先輩の風邪は思ったより長引いた。

私達が押しかけに行って騒いだのも悪かったんだろう。

幸い、お見舞い(というか病人の邪魔)に行った4人に風邪がうつる事はなかった。


 病院では、季節の変わり目によくある風邪だと言われたらしい。


 まだ秋が始まったばかりだというのに、外は随分と肌寒い。

私は少し寝坊した為にいつもより電車を3本も遅らせてしまったが、乗り継ぎがうまくいったのか学院の最寄駅に着く時間は普段とさほど差がなかった。


 今朝みたいな時間でも間に合うという新たな発見で少しテンションが上がった私は、学院に軽い足取りで向かう。

学院入口のすぐ横にあるコンビニを通り過ぎた時、ふと裕也先輩の姿が目に入った。


(朝からいい事づくしだなぁ~っ♪)


先輩に話かけようとコンビニに入った時、先輩のすぐ横にいる人物に気がついた。

そこには、何度か見た事のある女の人が先輩と何やら楽しそうに会話をしていた。

名前までは分からなかったが、先輩と同じ学科だというのは知っていた。



(裕也先輩……笑ってる……)



先輩は私に見せた事のないような笑顔で、その人と話している。

胸がチクリと痛んだ。



(やばっ…こっちくるっ!)


会計を済ませた先輩がこちらを振り向いたと同時に、コンビニの柱の陰に隠れる私。

てかなんで隠れてんだろ………。


二人はコンビニから出て行き、そのまま学院に入って行った。


さっきまであんなに気分が良かったのに、そのテンションは一気に崩された。

(そ……そりゃぁ…仲のいい女友達くらい………いる…よね…)


私は重い足取りで学院に入って行った。




 「ゆまーおっはよーぅ!」

階段を上がりきると、亜紀が私に気づき喫煙所から手を振る。

「おはよーぉ……」

私が元気がないのに気づいた亜紀は、煙草の火を消してこっちにやってきた。

「どしたの? 元気ないじゃん」

「ん……まぁね………いちごパフェとイナゴの佃煮が同時に来た感じ」

「はぁ?」

亜紀が頭にハテナマークを浮かべる。

「あっそいえば、さっき裕也先輩通ったよ」

その言葉にビクっとする。

「なんか、女の人と仲良さそうに階段上がって来てたけど」

とどめの一撃をくらった………亜紀に。


「あ、もしかして外で遭遇しちゃった系?」

「しちゃった系………」

「向こう気づいてなかったの? ゆまに」

「全っ然。 仲良く何か話しながら歩いてたし、声かけらんなかった……」

隠れてたから気づくわけもないんだけど。


「なにぃ? もぅピンチ?」

亜紀が面白そうに私の顔を覗きこむ。

「他人事だと思って……」

私が頬を思いきり膨らませていると、近くでプッと笑う音が聞こえた。




「すっげー顔」




事の元凶が笑いをこらえて立っていた。

「あっ、裕也先輩おはよございますー」

「おー」

亜紀が挨拶した後、私にしか聞こえないような小声で言った。

「気になるならハッキリ聞けば?」


じゃあお先ーと言って亜紀は教室の方へ歩いて行った。



 久しぶりに見る先輩の顔。

会えて嬉しいのに、話せて嬉しいのに、さっきの1シーンが頭をよぎってまともに顔が見れない。


「朝から膨れてなんかあった?」

先輩はまだ笑いを堪えている。

そんな笑わなくても………


「べ……別に何でもないです」

私は俯いて言った。



「……その敬語やめねぇ?」

顔を上げると、先輩が自分の頭をクシャっとして続けた。

「なんか他人行儀みたいだし」

う……と言葉に詰まる私。


「でも…先輩にいきなりタメ口ってゆーのもなんか…」

「その先輩ってのもやだ」

「え…?」

「裕也」

「えっ!?……えぇっ!?」

無理です無理です!と言うのも聞かない先輩。


「じゃあ、今から敬語使うのと先輩って呼ぶの禁止ね。」

「えぇっ!?そんないきなり無理ですっ…!」


「あ、敬語使った」

そう言うと先輩は私の腕を引っ張って、抱きしめた。

「えっ!?せっ…先輩っ!」

渡り廊下を歩く数人がこちらを見ている。

「あ、ぁのっ……」

「先輩って言った」

抱きしめている腕がほどけたかと思った瞬間、唇に温かいものが触れた。

軽いキスだったが、公衆の面前でこんな事をされて気が動転してしまう。



「一回破るごとに罰ね」

先輩が意地悪な笑顔をした。

「えっ………」

私が動揺していると、先輩が耳元で囁いた。


「なんなら……もっと激しくしても俺はいいけど」


その言葉で一瞬にして身体が固まる。

「嫌だったらちゃんと約束守ってな」

そう言うと先輩………いや、裕也は教室に戻って行った。



………何か言いたかったのに、言葉が出てこない。




唯一、気づいたのは……





(裕也って………ドSっ……!?)


ペタしてね


 俺の部屋は1Kだからここからキッチンは見えるものの、会話までは聞こえない。

とゆーか、近くにいるゆまの友達と雅人の会話が邪魔をしてるというのが本当のところだ。


(この二人うるせーな……)


 俺が寝ている目の前で、好きなバンドの話をしている。

俺は、バンドというよりレゲエとかHIPHOPの方が好きだ。だから最近のヴィジュアル系バンドなんてものは一切分からない。

でも、この間学祭でゆまがそれらしき服を着てたのを見た時は正直やばかった。

まーあれはゆまが着てるから似あうんだろーけど。


キッチンの方をチラっと見ると、ゆまと健が仲良く料理をしていた。




健の奴……そんなにくっついてんじゃねーよ。




 俺は健がゆまに告白したのを聞いた時、正直焦った。

健は顔もそこそこだし、話上手だし無駄に明るいし、そこは俺も見習いたい所だけど……

その事があってから、健がゆまに向ける視線がやたら気になる様になった。

ゆまが俺の事を好いてくれてたのはすごく嬉しかったけど、やっぱり相手が健となると話は別だ。

いつゆまが健に心変わりするか分からない。



………俺はずっとゆまの事が好きだったんだ。


笑顔も


照れた顔も


怒った顔も


泣いてる顔も


全部独占したい。


俺の為だけに向けて欲しい。


今までは、そんな事思った事もなかった。

ゆまの事になると途端に頭が回らなくなる。



 さっきも玄関でゆまを悲しませてしまった。 俺がいない間に健と仲良くしてる姿を想像したら

無性に腹が立ったんだ。



(俺、余裕ねぇなぁ………)



そんな事を思っていると、キッチンからゆまの笑い声が聞こえた。

健に向かって赤くなりながら笑っている。


(あんな顔見せるなって………)


俺はだんだん腹が立ってきた。

見てるのも辛くなった俺は、布団を深く被って寝てるフリをした。




 少し経ってそのまま寝ていた俺は、いい匂いで目が覚めた。

「せんぱい、起きれますか……?」

ゆまの呼ぶ声で布団から顔を出す。


さっきまでいた健や雅人達はいなくなっていて、そこにはゆまと二人だけになっていた。

「健達は……?」

「飲み物切らしちゃったからって近くのコンビニに行ってます」

ゆまが雑炊を持って来た。

「食べれますか…?」

心配そうな顔をして俺の顔を覗きこむ。



……その上目遣いはヤバイだろ。



「ちょっと腹減った」

抱きしめたくなる気持ちを抑えて、ゆまから雑炊をもらおうとした。

「ぁっ、ちょっと待って!まだ熱いから……」

ゆまは雑炊をレンゲですくってフーフーしだした。


コイツ…無意識でやってるな…。


「どぉぞっ」

そのレンゲを俺に差し出す。



やべぇ……可愛すぎ。



俺がじっと見つめていたのに気づいたゆまは、我に返ったように慌てだした。

「あっ…ごっごめんなさいっ!弟が風邪引いた時によくやってたからつい…」


………俺は弟か。


「いーよ。 食わせて」

俺がそう言うと、ゆまは真っ赤になりながら俺の口に雑炊を運んだ。

「………うまい」

その言葉を聞いてゆまの顔がパっと明るくなった。

「よかったぁ………」

照れながら俺に笑顔を向ける。


………健達がいなかったら襲ってたな。


しばらくまともなものを食べてなかったせいか、俺はその雑炊をペロっとたいらげた。

「ごちそーさま」

「おそまつさまでしたっ」

ゆまが喜んでキッチンに戻る。





 俺は、自分が風邪を引いている事を忘れてキッチンにいるゆまを後ろから抱き締めた。

「せっ……んぱぃ…?」

「俺ちゃんと言ってなかったから」

「え……?」


女は言葉に出して形にしてくれなきゃ不安になる生き物なのよっ

なんて誰かが言ってたのを思い出した。



「俺と付き合ってくれるか?」



ゆまは一瞬ビクっとして、それから耳まで真っ赤にして返事をした。

「あたしでよければ…喜んで……」

自分の心臓の音が早くなってるのが分かった。


 ゆまがこっちを向いて、心配そうに言う。

「先輩…寝てないとだめですよ…?」

そんな顔で言われたら、抑えが効かなくなりそうだ。


その時、幸か不幸か健達が戻ってきた。



「あー! またちちくりあってるー! バカップルー!」

ゆまの友達が俺達を指さして笑った。



その後は、言うまでもなく俺の部屋は宴会の様なうるささで夜を迎えた。


ペタしてね


 ピーンポーン―――……。

裕也先輩の家の前まで来た私達は、音を立てない様にゆっくりインターホンを押した。


 しばらくするとインターホン口に掠れた声がした。

「………はい」

「郵便局ですーお届け物にまいりましたー」

健君が裏声で喋る。


 かなり時間が経ってから裕也先輩が部屋から出てきた。


「………は?」


先輩は私達(というか、健君)を見て怪訝な顔をする。

「お見舞いきちゃったー」

「おっじゃまっしまーす」

彼女みたいな声でずかずかと部屋に入って行く健君と雅人君。

その後ろにいた私達に気づき、先輩がビックリした。


「な……んで……」

顔を横に向けて咳をしながら、私を見た先輩が少し怒っている。

亜紀が気を利かせて先に入って行った後、二人きりになってなぜか気まずくなった。


 「具合悪いのにごめんなさい……でもちゃんと食べてないって言ってたから心配で…」

「……誰が言ってたの?」

「えっ?健君……ですけど……」

「ずっと一緒にいたの?」

「え……?」

この時やっと先輩が怒っている理由がわかった。


「ごめん……なさい」

私が俯くと、裕也先輩は少し溜息をついた。

「悪ィ……変な事言った」


先輩………苦しそう…。


「あの………大丈夫ですか…?」

私が、先輩の頬に無意識に手をやると、先輩はそれを拒絶して振り払った。


一瞬何が起こったか分からなかった。

「あっ………ご、ごめんなさいっ」

振り払われたショックがだんだん現実味を帯びてきて、私は涙目になる。

その顔を見て先輩が慌てて言った。

「ごめんっ………そーゆー意味じゃなくて」

咳をしながら言葉を続ける。

「風邪………うつったら困るから…」


その先輩の優しさに私は更に涙がこみ上げた。

先輩がボソっと呟く。



「………抱きしめてぇ…」


「えっ?……ひゃっ!」


先輩に抱きしめられて、鼓動が速くなる。



「風邪……うつっちまうかも」

先輩が少し笑った気がしたから、私もなぜか嬉しくなった。

「それで先輩が元気になるなら……いいです」

「……ばーか」


先輩は優しく私を抱きしめてくれた。

幸せな時間が訪れる。



 「ちょっとーそこの二人ー! ちちくりあってないで早く入ってきなよー」

亜紀が恥ずかしい事をサラっと言う。

「亜紀ちゃんそゆ事言わないの、女の子なんだから」

雅人君が亜紀の頭にグーの手を置く。

亜紀はそれだけでも幸せそうだった。


 「来るのはいーけど、風邪うつされても文句ゆーなよ…」

先輩がおぼつかない足取りで部屋に向かいながら喋った。

健君と雅人君が、先輩の肩を組んでベットに寝かせる。

「病人は寝てなさいっ」

無理やり布団に入れられた先輩は、何か言いたそうだったがそのままおとなしく布団を被った。



 その姿を健君が見てニヤっと笑ってから私に後ろから抱きついた。

「ゆーまちゃんっ、裕也のメシ一緒につーくろっ♪」

「ちょっ!健君っ!?」

私が離れようとするより先に、健君が私から離れた。




「触んな。俺の」




裕也先輩が健君から私を引き離していた。

先輩の身体にすっぽりおさまる私。


(お………俺のって………)



顔が一気に赤くなる。



 健君は予想をしてたのか、笑いながら先輩に言った。

「俺フラれたんだよー? 少しはねぎらってよー」

健君は冗談らしいが裕也先輩は怒りなのか熱なのか、顔が赤くて機嫌が悪い。


「ゆまちゃんに風邪うつっちゃってもいーんだー?」

そう言われた先輩はくっと息が詰まる。

おとなしく私から離れた先輩は半分ふてくされながら布団に戻って行った。


(な……なんか可愛い……)


そんな事を思っていると、健君が

「おーしっ、じゃあゆまちゃんとメシ作ってくるねー」

と私の腕を引っ張ってキッチンに連れて行った。


ペタしてね