2018.11.10
もう12月なんですよね
気を抜いたらすぐ来年が来そうだわ(^▽^;)
続き、行きマー―――ス♪![]()
神子畑選鉱所(みこばたせんこうしょ)や神子畑鋳鉄橋(みこはたちゅうてつきょう)を 見た後
ぷち移動します
しっかし天気ええなあw
辿り着いた場所にはトロッコが
もちろん乗るよね~♪ って、ホンマにかい!!\(^^;ナンデヤネン
どこか分からない人が多いでしょうが
史跡 生野銀山(いくのぎんざん)だヾ(*゜ー゜*)ノ
兵庫県朝来市(但馬国)に開かれていた戦国時代から近代にかけての日本有数の銀山である。
織田信長・豊臣秀吉の直轄時代を経て、慶長5年(1600年)徳川家康は、但馬金銀山奉行を配置、佐渡金山、石見(いわみ)銀山と並び天領として徳川幕府の財政を支えてきた。
明治新政府が日本の鉱業(鉱山・製鉱所)の近代化を確立するために最初に官営(直轄)鉱山とした模範鉱山であり、明治22年(1889年)には生野鉱山と佐渡鉱山が皇室財産に移され、宮内省御料局の所管となった。
明治29年(1896年)には三菱合資会社に払い下げられ、以後、三菱の経営で国内有数の大鉱山として稼働してきたが、昭和48年(1973年)に閉山した。その間に掘り進んだ坑道の総延長は350km以上、深さは880mの深部にまで達しており、採掘した鉱石の種類は70種にも及んでいる。
昭和49年(1974年)に観光施設として史跡・生野銀山が開業、平成29年4月28日には 日本遺産の構成文化財に指定された。
へぇ~~~♪ (⌒▽⌒;)
中に入ると、実際の坑道と人形でその当時のことを説明
掘大工・・・ノミ1本で命がけで鉱脈をさぐりあてて掘り進む
って、マジか!!Σ(=゜ω゜=;)
水滴が落ち続いて苔が
これなんか凄い
狸掘(たぬきぼり)といって、この穴を這いながら掘り進んだらしく
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こんな感じにねwww
洞窟や坑道ではもはや『テッパン』の熟成酒
・・・買って帰らんけどね(^▽^;)
ひとり、づかづかと先に 突き進むリターンくん
・・・迷子になればいいのに(笑) (o¬ω¬o) ← もはや『接待』の二文字はない(爆)
広いよね~、ここw
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途中にあるこの鉄製のトンネル
かっちょいい~♪ ![]()
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昔の状況を 分かりやすくしてある
さすが日本遺産![]()
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そして昔のこととは言え
こんなもんで坑道が崩れないように支えるかあ~???![]()
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ムカシノヒト イノチシラズネ![]()
こっちの方が分かりやすいかな
五枚合掌支柱組(ごまいがっしょうしちゅうぐみ)
岩盤の状況が軟弱で落盤などの事故を防ぐための支柱に木材を使って組まれる工法です。
大きな檜の丸太で組み上げられた支柱は安心感を与えてくれます
くれます くれます くれます くれます・・・そうかあ~???(; ̄ー ̄川
ダイナマイトで岩盤を吹っ飛ばす 発破作業の図
50発掛発破器って、鳴り始めたら止まらんなあ(爆) (☆Д☆)
実際につかっていた道具を 展示したりして
そして奥まで行くと
下の穴は昭和34年頃 うんぬんかんぬん
深さは30mある エッ( ̄ ̄ ̄ ̄^ ̄ ̄ ̄ ̄)ヘン ← 自慢じゃのぉ~![]()
おお~っ♪
深ぇなあ、おいっ
( ̄O ̄;)
その名も
シュリンケージwwwww
そして 満足して出口に向かう2人
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やっぱり、かっちょええじゃろぉ~![]()
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まあこのあたりでコスプレした青年ではない人が、デジイチ三脚立てて自撮りしてた
動かないんで人形かと思ってガン見してたら ・・・動きやがった![]()
その時の気分をひとことで言うと
イケ、ファンネル!! |||(>_<")○ ・:*[‥…━━━☆)゜o゜(★━━━…‥]*:・(爆) ← 分かる人には分かるけどなw
リターンくんとその話で盛り上がりながら歩いてると
透き通った水が結構な量で溢れてた
なんでも天正5年 羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)がこの地に入った時に、この水を飲み そのおいしさを激賞しお茶をたてたという由来があるらしく
じゃあ飲むべ ( ̄∇ ̄+)
と、思いながら ふと顔をあげると
おいーーーっ!
激賞させろやッ!!!(爆)
щ(▼ロ▼щ)
【 つづく 】
























