私が所属している次世代政策基盤研究所で、経済産業省の『未来の教室プロジェクト』と教育技術に関する『EdTechとこれからの教育』なるオンライン・シンポジウムをやることになっていたんですよ。

 最初、すぐ定員になってしまったので告知しなくてもいいのかなと思っていたら、なんか事務局長の加藤さんが「閲覧できる人を1万人に増やしました」とかいう後楽園ホールなみの話に盛り上げていたので慌てて告知するわけであります。

第3回NFIシンポジウム【「未来の教室」キャラバン2020 #8】:EdTechとこれからの教育──デジタル時代の教育を考える! https://nfi-symposium03.peatix.com/

 政策目線で申し上げれば、一昨年の「柴山プラン」以降、経済産業省と文部科学省とで学びの体系をどうアップデートしていくのか議論が重ねられてきた中で出てきたPC一人一台をすべての児童に配るGIGAスクール構想、そして、やってきたコロナウイルス対策としての全校一斉休校(休業)になって、いかに日本の子どもたちの学びを止めないか、それにテクノロジーや制度がどう後押ししていくのかは強い課題であったことは言うまでもありません。

 さらには、PC配っている以上、一人ひとりにあった教育とは何かという命題や、そもそも6334制でやっているいまの学校制度の出口が最終的に東京大学・京都大学や国公立医学部への入学者数で競うようなスコアリングで大丈夫なのか、そしていわゆる日本人・日本社会がいかなる社会にするために教育を変えていくべきかという学力観の問題に立ち入ることになります。

 いまでこそ、高大接続の問題で騒ぎになったり、英語やプログラミング教育、果てはSTEAM教育に人工知能を使った教育メソッドの拡大が進み、教育ベンダーも学校教育の現場も子どもが少なくなっていく中で大きな転換期を迎えています。私は1973年生まれのベビーブーム、団塊Jr.世代であり同期が堀江貴文で申し訳ないわけですが、そのころの偏差値70と、いまの少子化で年度出生数が三分の一になろうかという2020年時点の偏差値70とでは学力には雲泥の差があります。少なくなっていく子どもたちの適性をどう評価し、テクノロジーはいかにサポートしていくべきなのでしょうか。

 という話を他の人がします。私も登壇するわけですが、社会調査側から、Edtechが必要な子どもたちをどうサーチし、教育プログラムの中できめ細かくフォローしていくべきかについての概論なども語れればと思っています。

 ご関心のある方は、ぜひご来場くださいませ。無料です。


山本一郎主宰経営情報グループ「漆黒と灯火」

山本一郎(やまもといちろう)YouTube


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 コレ。

デジタル改革関連法案ワーキンググループ(第2回)議事次第
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dgov/houan_wg/dai2/gijisidai.html

 どこから突っ込んでいいのか分からないわけですけれども、これが我が国の大事なデジタル庁設置に関する協議で、日本国内・海外のデータ流通をどうするか審議する場で提出されてしまったそうなんですよ。

 それも、先日日経の「スーツ・オブ・ザ・イヤー」に輝いた慶應義塾大学教授の宮田裕章大先生がやらかしたと酷評されていたので見物しにいったら、これがまた酷い。

 冒頭から「資料1-1デジタル庁の創設に向けた論点(宮田教授提出資料)」として「" 21世紀の基本的人権“データ共同利用権” の確立」→「所有財の側面だけでなく、共有財の側面も考慮したデータ活用」とありますが、いや、そもそもこれデジタル庁立ち上げる際に最初に問うべき論点じゃないですよね。なんでいきなり憲法問題が始まってるの? 改憲ありきなの?

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 しかも、この基本的人権で確立されるというデータ共同利用権とやら、誰の権利で、誰に対して行使できるものなのか、まったく明記されておらず、さっぱり理解できません。さらに、所有「財」、共有「財」と、個人に関する情報が経済的対価の対象であると定義されております。いや、個人に関する情報については、競争法(公正取引委員会)マターでもない限り、本来は財ではないんですよ。財であるなら、自分の情報を誰かに売って対価を得る行為が正当だよと説明しなければならなくなり、いきなり個人情報保護法の立法趣意と正面衝突してしまいます。

 で、続く「データ共同利用権(仮称)について(案)(宮田教授提出資料)」では、宮田裕章大先生はこのようなことをお書きになっております。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dgov/houan_wg/dai2/siryou1-2.pdf

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 あ?? なんやこれは?

 国民の利便性に資するデジタル政策を実現するために新しい組織を新設しようという話をしているところに、有識者として呼ばれた宮田裕章大先生が、「利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、(国民の個人に関する情報の元になる)データ利用を認める」ことが、21世紀の基本的人権に組み込まれるとかいうデータ共同利用権の正体なんですか?

 これって、憲法に記される国民の権利ではなく、データ共同利用権によって国民の情報が公益性の名のもとに誰かに共同利用されてしまうことを追認する仕組みに過ぎませんね。しかも、誰の権利であって、誰に対する権利なのでしょう。

 資料を全部読むと、おそらく国民の権利のように見えて、個人に関する情報が簒奪される仕組みのようにも見え、また、その共同利用する対象は国家か、国家が認定した組織・法人などです。共同利用されるデータの中身が良く分かりませんが、医療情報なども念頭に置いているとなると、個人の健康に関する情報(PHR; Personal Health Record)だけでなく遺伝情報なども含まれる可能性が高くなります。今回の感染症対策でゲノム情報を追い、特定の遺伝子を持つ人物が重症化しやすいという公衆衛生の知見が得られたこともありますし、そういう知見を得ることが社会の利益に資すると言いたいのでしょう。

 しかしながら、これらはいわゆるホワイトリストであって、必要に応じて公益になったりならなかったりしてはいけないので、事前に具体的に列挙せよという話になってしまう。個人に関する情報に基づくデータの共同利用権が我が国の基本的人権に加えられるとして、反社会的人格や経済的な信用情報、趣味嗜好なども犯罪行為との相関性があるからといって公益性のもとに共有される怖れだってあり得ますから、そういうものを除外しましょうという話があるわけですよ。

 つまりは、「政府が認めた公益性があれば、政府(デジタル庁など)または政府が認めた組織・法人などが、権限を持って国民本人の同意がなくても個人に関する情報の元となるデータを利用できる権利を認める」ことが、この宮田裕章大先生の本件デジタル庁主張の大原則になります。いや、そこまでは言ってないと言いたいかもしれませんが、内容を見る限りそうとしか読み取れず、それ以外の方法でこの資料の内容を理解できる人は是非教えてください。

 これはまさに『憲法とAI』でたびたび問題になる、データで差別されない社会、本人に無断でスコアリングされない権利という枠組みからは真っ向から対立してしまいます。それなら基本的人権などと言わず、普通に個人情報保護法を基幹として分野ごと個別に特別法を立ち上げて対応してよ、というレベルの話ですね。

 なお、人権宣言を引くまでもなく、基本的人権とは「人が生まれながらにして持っている奪えない権利」であり、これを政府が国民に対して行わないという決まりが憲法ですので、すべての人の奪えない権利を(政府が定める)公益性の名のもとに共同利用するという時点で違法な改憲提言を堂々と政府議論で宮田裕章大先生がしてしまったことに他なりません。 

世界人権宣言
https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/317151/u-sengen.pdf

 これ、我らがドワンゴ川上量生さんが身体を張って私たちに教えてくれた海賊版サイトに対するブロッキング議論とさして変わらない非常に危険な議論で、こんなもんがコロナ対策という大義名分で堂々と政府内で有識者ペーパーとして開陳されておるほうがおかしいと私は思います。

 着地点としては「このようなペーパーが政府のサイトに堂々と掲載されているのは恥ずかしいから撤回するなり差し替えするなりしてほしい」というのと、改正個人情報保護法を基本として、情報法の枠内で個別の事案ごとに特別法をきちんと作り、国際的な情報法制との協調が可能な運用を行うことしかないんじゃないかと。

 医療情報の分野はまさにこれからいろんな取り組みが起きようというところで、政府の中枢でこれというのはさすがに脱力することしきりです。国民の利益に資する議論に立ち返ることを祈るのみです。


山本一郎既刊!『ズレずに生き抜く』(文藝春秋・刊)
https://books.rakuten.co.jp/rb/15879273/

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 一定方面で騒動になっているスターリン関連の話ですが、山形浩生さんの大元の議論をお読みいただければ分かる通り、冗談抜きで、本当にこんな感じです。

偉大なる首領スターリン閣下のありがたきインタビューでも読み給え。
https://cruel.hatenablog.com/entry/2020/10/14/095323

 で、これに対する批判というか、まあまったく見当違いの意見が並んでいて、ああ、意外と知られていないのだなと思いました。

 指摘は少ないので敢えて書きますが、リベラル(現在で言う自由主義であり、当時もいまも知識人階級は大事だよという根拠になる考え方)とスターリン主義とはまったく異なります。芝刈り機と首刈り機ぐらいの違いです。そして、ソビエト連邦や共産党の歴史をある程度知っている人であれば、当然この手の話なら話題に出るべき「役に立つ馬鹿(useful idiot)」論が捨て置かれます。

役に立つ馬鹿
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%B9%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A4%E9%A6%AC%E9%B9%BF

 本件については、最低でも東京大学名誉教授の塩川伸明先生の議論に目を通しておいて損はありません。

なぜ世界中で「リベラル改革」が困難を極めているのか
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52047

 翻って、中国共産党の浸透工作における日本学術会議ネタなども、天安門広場天安門広場なミームとは別に類推しておいて良いと思います。スターリン主義と、中国共産党が進める習近平イズム的な拡張主義とはやや近い概念じゃないかとすら感じるんですよね。ハーバード・ジョージ・ウェルズの議論は、レーニンまでは開放の段階論として消化されたにせよ、スターリンは違う。本当に違う。

 山形記事では「単に手玉に取られるウェルズ」という扱いになっていますが、現在の日本も、当時のイギリスも、知的生産の中心となる(リベラルな主張を行う)インテリの人たちは常に自由に発言のできる正義の側に置かれ、彼らの主張によって労働者は開放されるのだという大前提を疑わない(だからプロパガンダに利用される役に立つ馬鹿になる)のですが、スターリン主義はそもそも知識人を社会階層として必要とせず、全体主義の中で知識は労働の下に隷従する概念でしかありません。

 と思ったら、山形さん的に面白かったからなのか、追記記事が出ていました。

スターリン閣下はお怒りのようです:インタビューの読み方説明
https://cruel.hatenablog.com/entry/2020/10/15/110928

 ウェルズ側にそのようなシナリオがあったのかどうかはともかく(ウェルズがそういう主張をしたいと思っていただろうという意味では間違いなく山形論は正しい)、議論の抄訳としてはこんな感じだろうと思います。はい、スターリンは狂ってますね。でも、それはいまの私たちの社会、知的な文脈からすれば「こんな人が指導者にいてはいけない」「おかしい議論だ、正気とは思えない」という話なのであって、かの時期のソ連は本当にあれが彼らの正論であったということは知っておくべきだと思うんですよね。

 いま読んでも冷汗しか出ないわけですけれども、知識に対する考え方や、全体主義的な価値観を否定する言論に自由はないという点においていまの中国とは大差ありません。生活を豊かにする技術は大事にされ、技術者が尊敬される中国のすばらしさはある一方で、ウェルズ的(リベラルの)価値観といまの中国共産党との関係は、その部分において当時のソ連スターリニズムと結果として同じであるというのは理解されるべきなのだろう、と。

 一般論やネタとして消化されるべきではなく、これから米中対立の最前線で冷戦構造に飲み込まれる我が国に生きる者として、最低限の「教養」として持っておいてほしいと願うのみです。


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