大トロと那智の滝 グリーン車乗り放題2週間の旅2025 13日目



14日間の鉄路旅もこの日と翌日で完結。日帰り旅行を2日間続けましたが、最後の2日間は泊りがけ。
前回の紀伊半島訪問で大トロ丼店が臨時休業だったことから、今回はリベンジ。再び特急くろしお号に乗って南を目指します。
今回の14日間の行程は以下の通りです。
1日目 池袋→新宿→塩尻→長野→加賀温泉→山中温泉
2日目 山中温泉→加賀温泉→新高岡→城端→五箇山菅沼→新高岡→富山→敦賀→高槻→摂津富田
3日目 摂津富田→新大阪→博多→鹿児島中央→天文館通
4日目 天文館通→鹿児島中央→宮崎→大分→黒崎→八幡→皿倉山展望台→八幡→小倉→博多
5日目 博多→岡山→善通寺→高知→多度津→今治→岡山→博多
6日目 博多→新大阪→東京→新函館北斗→札幌
7日目 札幌→南稚内(→猿払村→宗谷岬→白い道→稚内公園→ノシャップ岬→夕日丘パーキング→南稚内)
8日目 南稚内→旭川→札幌→釧路
9日目 釧路→南千歳→新函館北斗→八戸→八食センター→八戸中心部→舘鼻岸壁
10日目 舘鼻岸壁朝市→陸奥湊→八戸→盛岡→秋田→新潟→高崎→金沢→敦賀→高槻→摂津富田
11日目 摂津富田→高槻→京都→城崎温泉→餘部→福部→鳥取砂丘→鳥取→姫路→新大阪→摂津富田
12日目 摂津富田→新大阪→新鳥栖→佐世保→展海峰→石岳展望台→佐世保→新鳥栖→新大阪→摂津富田
13日目 摂津富田→新大阪→紀伊勝浦→那智山→紀伊勝浦→名古屋→新横浜
14日目 新横浜→東京→銚子→銚子漁港→銚子→東京→中野→お茶の水→秋葉原→東京→京都→摂津富田
この日の行程は
摂津富田→新大阪 07:10発 07:30着 京都線
新大阪→紀伊勝浦 07:340発 11:40着 特急くろしお1号
須崎バス停→那智山バス停 12:44発 13:06着 熊野御坊南海バス
那智の滝前バス停→熊野古道バス停 15:44発 15:47着 熊野御坊南海バス
熊野古道バス停→紀伊勝浦駅バス停 16:32発 16:53着 熊野御坊南海バス
紀伊勝浦→名古屋 17:11発 20:49着 特急南紀8号
名古屋→新横浜 21:24発 22:47着 新幹線ひかり666号


さあ最後の2日間の始まりです。よせば良いのに、この日も05時台に起床し、自宅を06時20分には出発。泊りがけなのと、新宿や中野、秋葉原近辺で大きな買い物をする可能性も鑑みて、いつものダッフルローラーバッグを持参する事にしました。
新大阪駅での乗り換えは4分しかありませんが、取り合えず「パンダ」を撮っておきます。
紀伊勝浦駅までの所要時間は4時間と06分。それなりの燃料(ビール)も確保してあります。



窓越しの撮影も鑑みて、太平洋側の座席を確保しておきました。
青空も覗いており、前半はまあまあの天気です。
ただ和歌山駅から乗って来て後ろに座った男性にしてやられます。
この若い男性が私の背もたれを両手で「ムンギュ」と掴みながら立ち上がるので、私は座席が後ろに落ちるのではないかと思う程。それが3度も続きました。
途中駅から乗って来た中年男性と顔見知りだったようで、その男性の隣りに向かう度にやられました。
その2人の会話を聞いていると、この若い男性、どうやら紀伊勝浦駅近辺のホテルマンの様で、数日の休みが取れたのか和歌山に戻っていたみたいなんです。
そんな観光業従事者が、前の座席の背もたれをムンギュと掴み、その座席の人間に迷惑が掛かっている事が分からないとは、和歌山県民も世間離れしてますか?
そんな人間にカスタマーサービスが出来る訳がありません。


定刻の11時40分、特急くろしお1号は紀伊勝浦駅に滑り込みました。筆者はここから忙しいです。
先ずは荷物をコインロッカーに預け、「熊野御坊南海バス」の窓口に行って確かめたい事がありました。それは「那智エリア世界遺産フリー乗車券」の文章中に「那智駅~那智山」間は乗り降り自由で、乗車は紀伊勝浦駅バス停と書いてあります。
しかし、私は紀伊勝浦駅駅から北に歩いて10分程の所にある食堂でマグロ丼を食べ、その直ぐ近くの「須崎バス停」からバスに乗りたかったのです。しかし、乗車は「紀伊勝浦駅のみ」を匂わせる文面があります。
私は食後に紀伊勝浦駅に歩いて戻らねばならないのか、それとも須崎バス停からでも乗車可能なのかを聞きに行きました。
しかし、回答は「運転手に聞いて下さい」。ではもしバス運転手が「ここからでは乗れませんよ」と乗車を拒否すれば、私は歩いて紀伊勝浦駅に戻り、数十分後のバスに乗る事となり、大幅なスケジュール変更を余儀なくされます。
窓口の女性から的確な回答を得る事が出来ないまま、私は徒歩で北に向かうしかありませんでした。
この辺りで、和歌山県民に疑問の目を向け始めます。
そしてリベンジを無事に果たせました。ただ「大トロ丼」では無く、中トロとの混合丼になっていました。お店のご主人との会話で、こちらの元店主さんが引退をしたいので、店を受け継いでくれないかと頼まれて店を維持している事を教えて頂きました。
ご主人は一件挟んだ真横にある焼肉カイチさんの元経営者で、店を弟さんに譲って現在は「まぐろのヤマキ」を運営しておられるそうです。美味しかったです。

さて時間になったので、近くにある須崎バス停に参ります。
スマホアプリで購入してあった「世界遺産フリー乗車券」を運転手さんに見せます。
何も言われず乗車出来ました。
南海バスさん、駅のバス停だけしか乗車出来ないというのは不親切なので、改定をお願いします。
バスは隣りの那智駅を経由し、熊野古道の入口近くの大門坂バス停で6名ほど降ろし山に向かいます。



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バスは定刻の13時06分に終点・那智山バス停に到着しました。
さあこれから数時間は登り坂・下り坂の連続となります。気合を入れて歩き始めます。
1枚目の写真が参道の出発地点。勿論大門坂バス停で下車し、熊野古道を歩いてここまで来た方は、後少しで神社です。
筆者は3枚目の写真左上に写っているトイレに入り、再び気合を入れます。でも結構な登坂です。
筆者は神社までは登りますが、その後は那智の滝へも、大門坂へも下りを利用する事にし、体力温存する方法を選択しました。ホンマは大門坂を登りたかったのですが、帰りにバスで途中下車して一部だけの撮影に留めました。
  
さて参道の途中にあるトイレで軽くなり、続きの参道を登っていきます。
朱に輝く鳥居をくぐりながら高解像度機で何枚も撮ります。でも今では4500万画素を高解像度機とは呼ばないのかな。でも撮ったRAWの容量が一枚85MBもあるんよね。
もし6000万画素で撮ったら、一枚の写真容量って100MBを軽く超えてきますよね。それって新たにHDDを手に入れる必要が高まるので、素人写真家には不要なんよね(笑)。
 
さあ最後の階段です。
こんな山の上にある熊野大社ですが、煩悩の境地に達するには、人間、自らをイジメ抜く必要があるんですね。筆者は未だ還暦を越えたばかりなので、このレベルの坂道は問題無かったですが、いつガクンと落ちるんでしょうね。
若い衆よ、悪い事は言わん、今の内に何もかもやっときなはれ。身体が動かなくなったら、何もできなくなるんでな。
  
朱が映える礼殿と鳥居です。
イザナミノミコト
この方が祀ってあるのだそうです。
元々は那智の滝近くにあったそうですが、1700年前にこの場所に移転したと書いてありましたが、西暦325年って古墳時代。日本史の中で「空白の4世紀」の真っ只中です。
その前から祀られている大社なんですねぇ。
  
大好きな色である朱色を目の前にして、心も身体もその細胞も動き出しました。凄い色だと思いませんか?
筆者が赤いオーロラに引き込まれるのは、これが理由なのかも知れません。しかも、その赤色オーロラを撮るにはカメラを天体用に改造しなければなりません。
めっちゃ素直に改造してまうし(笑)。でも改造すると、昼間はまともに撮れないカメラになるので、心して改造されたし。まあ今では、クリップインフィルターとしてセンサー前に戻せば、昼間でも使える様になりますけどね。
3枚目の写真に写っている鳥が「ヤタガラス」。サッカー日本代表のシンボルロゴに描かれているものです。
  
歩を進めると礼殿の右隣りに「青岸渡寺」があります。
神様と仏様が対等に祀られているって格が上がりますねぇ。
木造建築の粋を極めた手法で建てられている感が否めません。度重なる震災でも崩れることなく、その姿を維持しているお寺です。どんな仏様が住んでおられるのか。

そのお寺を見ながら右側面に回り込み、首を右に振ると那智の滝が見えてきます。
写っているお二人さんは、いずれもインバウンド旅行客。23歳まで大阪に住んでいた筆者が、61歳になるまでこの地を訪れる事が出来なかったのに、世界の方に先を越されまくっていました。
まあ灯台下暗しなんですけどね。だって、筆者は大阪北部の出身で、京都の大学に通っていたのに、未だに清水寺に行ったことがないのですから。
では大瀧と三重塔が呼んでいるので、前に進みます。

大黒天堂に寄り、駐車場を左手に、青岸渡寺尊勝院という宿坊を右手に見ながら、階段を右手に下りていきます。
この撮影地は、その階段を全部下り切らないで、その途中、宿坊・尊勝院の裏庭前にあるスペースから撮ったものです。観音菩薩の前まで来ると行き過ぎなので御注意を。
 
1枚目が宿坊の裏庭より下で撮ったもので、2枚目は観音菩薩の像前まで下りて来て撮ったもの。
三重塔と大瀧の位置がかなり変わることがお分かりになるかと思います。
三重塔にも登ってみましたが、景色はそれなりでした。
早速、那智の滝に向かう事にしました。

三重塔を左手に見ながら道路を下ります。
ヘアピンカーブを3回経て、いきなり左手に下に向かっていく「この様な石畳階段」が現れます。
インド系のインバウンド客数名と鉢合わせになりましたが、杖を突いている人でさえも斜度を無視したペースで下って行っており、途中で悲鳴が聞こえたかと思ったら、その内の一人が足を踏み外して「ほぼ転落」しかけてはりました。
それ以降、このインド系グループは筆者を追いかけて来ませんでした。だって、モーグル経験者の筆者と同じぺースでこの殺人的階段を下ってるんですもん。あり得まへん。
言っておきますが、メキシコのチチェンイッツァー遺跡にあるピラミッドの斜度には及ばないものの、全ての石が並んでいない恐ろしい階段なので、このインド人みたいに無理はなさらないように。
恐らくは「ただの負けず嫌い」連中だから。
ただもっと悲惨なのは、先に大瀧に寄ってしまった方。その後に大社に向かうわけですが、この急な階段を歩いて登る事になりますので。

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バス道路横にある大瀧への入口にやって来ました。
ここから那智の滝まで、これまた急な階段が続きます。


これまでのレポートをご覧になれば、熊野那智大社や那智の滝を訪問するには、急な階段を登り下りする事が求められます。元気なうちの訪問をお勧めします。
さてその大瀧ですが、落差が133メートルと日本一ですね。
そこに神が宿るという考えも日本ならでは。海外では神はたった一人だけですからね。
ちなみに筆者が若い頃、週5でガイドとして同行していたミルフォードサウンドという氷河が削った入江にあるスターリングの滝 Stirling Falls は、その落差が干潮時に155メートルになります。
でも周辺の景色が雄大な事から、落差が30メートル程と勘違いしてしまいます。

そしてこちらが飛瀧神社(ひろうじんじゃ)の鳥居です。
この先にある観覧舞台に300円で入場する事も出来ます。筆者は撮影機材を濡らさないように、こちらで神様とお別れしました。


さて時間が15時20分になりました。バスの時間が15時44分なので、そろそろ戻ります。
この階段ですが、登りより下りの方が大変ですので御注意を。
道路まで戻って来て驚いたのが、その先にあるバス停に30名近くが並んでいます。バスの出発まで未だ20分近くあります。そこで次のバス停まで道路を歩いて下り、そこから熊野古道の一部である「大門坂」に入り撮影をしようと考え坂を下り始めます。
しかし、歩道が全く無く、これはダメと思いました。
そこで、トイレタイムを追加し、その目の前からバスに乗る事にしました。なんせ乗り放題チケットを持っていますから。
トイレを終えてもバスを待つ人はさほど増えておらず、30名さんは「何故20~30分も前から停留所に並んでいたんだろ」と思う始末。無事にバスに乗り込みましたが、筆者は次の「熊野古道」バス停で降ります。
ただ、この行程は体力を温存したままの最適のスケジュールだったと感じました。熊野古道バス停で下車した方は筆者以外おらず、「熊野古道のパンフレット撮影が行われた場所」の一つをスルーされるのか、それとも満席のバスに乗っている皆さん全てが歩いて大門坂を登ったのかとも思いました。

15時50分位に熊野古道バス停で下車し、その直ぐ側にある大門坂の途中から入ります。次のバスまで40分程度ありますので、その間ずっとここで撮影をしていました。
これが「大門坂」で、熊野古道の一つです。
この時間でも登っていく方があり、日本の日没は海外よりも早いので注意せられよと思いながら見送っておりました。
それより、この坂を下って来る方も少なくなく、坂を下りきった所にある大門坂バス停でバスをキャッチするのだろうと思いました。
筆者も歩いてバス停まで行こうと思いましたが、太陽が低くなるにつれて周辺が暗くなり、この坂道の雰囲気が良くなってきてしまいました。という事で、バスはやはり直ぐそこにある「熊野古道バス停」から乗る事にしました。
如何ですか、この景色。精霊感半端ないですね。ただ撮影の間、ずっと蚊との戦いだったんですよ(笑)。
ちなみにバスは8分程遅れて来ました。始発から2つ目のバス停で待ってたので、乗車に時間がかかったんでしょうか。



紀伊勝浦駅の2つ手前にあるバス停で下車し、コンビニにて宴会用のべ燃料とツマミを買おうと思っていたのですが、那智駅でインバウンド客の乗降にも時間がかかりタイムアップ。
コンビニに行く時間なんて全くありません。それより駅のコインロッカーに預けた荷物を出しているだけで特急の出発時間ギリギリと判明。
特急南紀8号の中ではお酒もなく、所持していた水を飲むしかありませんでした。
ハイブリッド車HC85系でしたっけ、初乗車出来ました。
また途中伊勢鉄道を通るので、その間の運賃と特急料金を別に払っておきました。


特急南紀8号は3分程遅れて名古屋駅に到着しましたが、この特急、日本で最も定時運行率が低いんとチャイますか?
数回乗った内、定時着は皆無。何も無かったのに名古屋着20分遅れが一回。13分遅れが1回、そして今回は3分遅れ。
途中で何のトラブルもないのに遅延が当たり前って、やっぱJR東海さん、無理し過ぎよ。
正午にランチを食べて以来、水のみで過ごして来ましたので、久しぶりに「きしめん」を食べる事にしました。在来線ホームで天ぷらを揚げているので、新幹線ホームには行かなかったのですが、伺った店で「この時間は天ぷらは終っていて、新幹線ホームだとギリギリかな」と言われました。時間は21時丁度。
慌てて新幹線ホームにある店に行くも、やはり「かき揚げ」は売り切れでした。代わりにエビ天にし、遅い夕食にしました。ただ、全く足りません(笑)。
そこで、ひかり号の中で一人宴会とし、ホーム売店でタップリと購入し、ひかり号なのにN700S型で来てくれたグリーン車車内でタップリ飲みました。ええ旅や。
新横浜駅には定刻の22時47分に到着し、ローラーバッグを転がして5分先のコートホテル新横浜にチェックイン。翌日の最終日に備えます。
次回は最終日で、新横浜駅07時06分発の新幹線に乗って東京経由で銚子へ行きます。
海鮮を食べて特急に乗り舞い戻り中野駅までもグリーン車。天体改造用の中古カメラとシグマのアートレンズを買い、秋葉原で買い物をし大阪に戻ります。お楽しみに。