今年も3月11日が来ました。


 あれから4年。



 流れゆく月日の中、

 ときどき報じられる

 震災被災地や原発関連のニュースに触れて、

 また、

 「忘れないで!」とでも言うように、各地で起こる、

 幾つかの地震速報を見たりして、



 「これは他人事ではない。」と思いつつも、



 遠く離れていたにもかかわらず

 その当時、受けた衝撃が、

 私の中で、次第に薄れていくのを

 正直、どうしようもない。。。



 「神戸」から20年の節目でもある今年、

 NHKをよく視る我が家では、


 このところずっと、

 いろんな角度から、手を替え品を替え、

 震災特集番組が組まれていたのを

 視ることになった。

 
 実際に観たのは、全体のごく一部だったと思う。

 感動的な番組や

 考えさせられる番組や、

 「何かをしなければ」と突き動かされるような

 番組もあった。


 けれども、一方で、

 「ここ数日の番組構成は、某局の『24時間テレビ』そっくりだなぁ。」 

 などと、不遜なことをうそぶいている

 私もいた。


 そして今年も3月11日が来た。

 この日はたまたま、

 私にとって(←あくまで「私」にとってだが、)

 忙しい、大切な日だった。


 それも一段落して、


 節目の午後2時46分には、私は帰りの電車の中にいた。

 ところが、

 私は「その時」をすっかり忘れていた。



 だから、その時、黙とうすらしなかった。。。


 昨日まで、いや、今朝まで、


 「この日」「この時」がどんな時か、

 はっきり意識していたのに。



 けれども肝心な「その瞬間」に、

 私は、全然(!)

 「繋がって」いなかった。



 反省です。
 冷たい北西の風が吹いてきて、

 庭の吹き溜まりに

 落ち葉がたまっている。


 
 たまっているその場所は、

 不思議と風がほとんど無い。



 たまっている落ち葉を、箒で寄せて

 プラスチックの「み」に集める。

 上手く集められなくて、

 両手でかき集める。



 空気は冷たく、

 時おり吹き抜ける風も冷たいのに、

 日差しを一杯に受けたカリカリの

 その落ち葉たちは、

 一つ一つが銘々の

 その「温もり」を持っている。

 香ばしい、緑と太陽の香りがある。
 

 
 そこには一つの温もりがある。



 急に突風が吹き、

 カラカラと

 集めそびれた落ち葉たちが風下に転がっていく。



 日陰には、

 温もりの感じられない落ち葉たちが

 それでも同じように

 じっとしていた。



 その中の

 目についた落ち葉たちを「み」に集めた。



 冬晴れの風の強い日

 風はあくまでも冷たく

 日差しは温かく

 日陰はあくまでも冷たい。


 


 落ち葉の吹き溜まりに

 また突風が吹き抜けた。



 新しい落ち葉たちが、

 空から

 バラバラと

 落ちて来た。


 
 自然は、とても不思議だ。
 


  



   選挙の一日が終わった。
 
   戦後最低の投票率だったとか。
 


   それでも、

     全体の率は50%を割ることは無く、

     「期日前投票」の投票数は前回選挙よりは多かったが…。


      ・・・・・

  
   総選挙は終わり、結果が出た。


    この結果を、どう考えればいいのだろうか???



      1人ひとりが、「投票に行ったか、行かなかったか」に関わりなく、

  
     すべての日本に住む人が、


       この「結果」と、引き続いて「これから起こること」を、


     それが、良くても悪くても、


       どんなものであろうとも、


     しっかりと受け止めて、引き受けなければならない。




      「それから」の日々が始まる…。