「なぁ、あの男は付いてきてるのか?」
「知らないわよそんなの。アイツ運動神経悪いから私達のペースには付いて来れないんじゃない」
呆れたように愛花がそう答える。
カッコイイ事言っている割に、体力が無いと意味がないだろうが。
そう心の中で愚痴りながら階段を更に上がって行く。
鳴き声は先程と比べて、ハッキリ聞こえる様になっていた。
「着いた、ここの階からね!」
愛花は七階に着くと流れる様に廊下に出た。
乱れた息を整え、廊下をゆっくりと歩いていく。
私も愛花に続いて行こうとしたその時、視界に不可解な物が入る。
手摺や壁の至るところに爪で引っ掻かれた様な痕が着いているのだ。
「ん? ライト、どうかした」
立ち止まる私に愛花が近づいてくる。
私は答えずに、爪痕を指さした。
「何、この痕……」
「恐らくアヴェンジャーのだろうな。奴らの形は多種多様だが、このタイプは獣系だろ」
アメリカに居た時は人型から獣型、犬型など様々なアヴェンジャーと遭遇した。
勿論、それだけとは到底思えないけど。
「詳しいのね、ライト」
「あぁ、それくらい知ってる。皆殺しにする相手だからな」
「皆殺しって、弟さんの事?」
その言葉に私は背筋をゾクリと震わせる。
爪痕から愛花へと視線を向ける。
と、愛花も私をじっと見つめていた。
「……何で知ってる」
私は一度もこの女にライアンの事を話していない。
なのに、どうしてその事を知っているのだろうか。
「ごめん、護から聞いたの……」
申し訳なさそうに愛花はそう言った。
まぁ、そんな所だろうと思っていたけど。
「ごめんね、嫌な事聞いちゃって」
「別に良いさ、隠す気なんてないしな」
私はそう答えると、鳴き声のする方へと視線を向ける。
が、私は向けた視線の先に疑問を抱いた。
「ドアが開いてる?」
どの部屋もボロボロではあるがしっかりとドアは閉められている。
なのに何故706号室のドアだけが開かれているのだろうか。
「あそこに居るのか」
私は一人そう呟きながら706号室へと早足で向かう。
そして部屋の近くまで行った時、私は気色の悪い臭いに鼻を押さえた。
「ち、ちょっと、何この臭い……!」
付いてきていた愛花も私と同じ様に鼻を押さえる。
鉄の様な臭いが706号室付近からプンプン臭って来ているのだ。
そして、そこから導かれる答えは一つだけだった。
「……血の臭いだ」
アメリカの軍に居た頃にはこんな臭いを嗅ぐなんて日常茶飯事だ。
けど、何というかこの臭いは少しばかり濃すぎると思う。
「血って、ま……まさかエレナッ!」
愛花は顔を真っ青にして私を横切り706号室へと先に入って行った。
「エレナ、えれ、ん……んぅぅぶゥ!」
玄関前で愛花はその場にしゃがみこみ、吐き気を必死に堪えている。
その反応からあの部屋の光景が想像出来た。
私も玄関前まで移動すると、部屋の中に視線を向けた。
物凄い鉄の臭いが襲ってくる。
部屋の中には三十人の女の死体、そのどれもが耳を切断されている。
中には胴体のみになっている物まである。
そしてその奥、窓際に崩れる様に座り込んでいる少女が一人。
鳴き声にもならない声を上げ、頭を抱えながら震えている。
「はぁ、はぁ、エレナ……」
吐き気を堪えながら愛花はフラフラと立ち上がると、部屋の中へと足を踏み入れる。
すると、すぐの所でグチャリと汚い音が響きわたった。
愛花は自分の足元へと顔を向ける。
そこには切断されたのか、右腕が転がっていた。
愛花は口を押さえながらエレナへと手を差しのべる。
「エレナ……私よ、こっちに来て、早く」
その愛花の声に気づいたのかエレナはゆっくりと顔を上げる。
「愛花、さん……わ、私……」
「大丈夫だから、もうここには何も居ないから」
だから早く来て、と愛花はエレナに呼びかける。
しかしエレナは全く動こうとせず、ただ愛花を見つめている。
よく見ると足がガクガクと震えているのが分かる。
あまりの恐怖に立ち上がる事すら出来ないらしい。
私は愛花を横切り崩れ落ちているエレナへと近づいていく。
するとエレナは愛花から私へと視線の向きを変えた。
「らい、ト、さん……」
目から涙を流しながら私の名前を呼ぶ少女。
私はそんな彼女の肩を組んで立ち上がる。
「私は……正常、です……」
何か意味深な事をブツブツ呟くエレナ。
しかし今はそんな事を気にしてる場合じゃない。
玄関の所で呆然と立ち尽くしている愛花に目で外に出ろとアイコンタクトを取る。
すると愛花は口を押さえたまま先に部屋の外へと出ていった。
私も続く様にエレナを抱えたまま部屋の外に出る。
一瞬、窓ガラスが突き破られている事が気になった。
/続く
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