「終わったぞ、婆さん」
ハシゴに上り、電球を磨いている婆さんにそう報告する。
「もう終わったのかい?」
婆さんは信じられない様な顔をしている。
「最低でも一時間はかかるんだけどね。まだ三十分しか経ってないよ?」
「あの程度で三十分もかかるのか?」
鼻で軽く笑いながらそう呟く。
すると婆さんは一気にハシゴから降りてきた。
そしてモップを槍の様に私に突き出してくる。
「アンタ、手抜きしてないだろうね?」
「嘘だと思うなら確かめてくれば良い」
私がそう言うと婆さんは物凄い速さで私を横切り、非常階段を上がって行く。
「本当に元気な婆さんだな……」
あんな老人ばかりなら高齢化社会になっても未来は明るいかもな。
婆さんは二分程度で一階に戻ってきた。
そして最初に言われた言葉は――。
「大したもんじゃないかい」
これだった。
「よくまぁ、あんなにピカピカにしたもんだね~」
婆さんはそう言いながら私の肩をポンポン叩く。
「今どきの若者、この程度の事が出来なくてどうするってんだよ」
先程婆さんが言っていた台詞の真似をする。
すると婆さんは声を上げながら喜んだ。
しかし一瞬、どこか……悲しそうな顔をした様に感じた。
そんな事を思っていると婆さんは私に何かを差し出してきた。
差し出された手には千円札。
「ほら、お駄賃だよ」
「別にいらないよ……」
そう答えると婆さんは私の手を掴み、千円札を握らせる。
「良いから貰いな。好きな物をこれで買うと良い」
そう言いながら婆さんは優しく微笑んだ。
そしてハシゴをたたみ掃除道具を片付ける。
「あぁ、もう好きにして良いよ。アンタに頼む仕事は今日はもうないからね」
婆さんは私の方に顔を向けるなりそう言った。
そしてそのまま寮官室へと戻って行った。
私は婆さんに握らされた千円札を見つめる。
何故だろうか、一瞬婆さんは確かに悲しそうな顔をした。
しかも手伝ったらやけに優しくなったし。
挙句の果てにはお駄賃まで渡してくるし。
「何なんだ、あの婆さん」
まぁ、考えていても仕方ない。
ポケットから財布を取り出し、婆さんから貰った千円札を入れる。
時刻は午後二時ジャスト。
今日は街の見学もかねて散歩にでも行くか。
/続く