名もなき歌 闇のまま抱き 光生む @ Let It BeのPTSD癒しの宗教哲学 | 翠雨★PTSD予防&治療心理学研究所

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PTSDが爆発的に流行しています。
心的感染症ですから、もはや万人にとって他人ごとではないのです。健康で自分らしく個性的に天寿を全うするためにPTSDを学びましょう✨



 


ポール・マッカートニーが



作詞作曲



困難な時に



ビートルズ解散直前の不安定な時期



癒された夢を歌ったものだそうですが


普遍性があるので大ヒットしました。



つまり哲学的だということ



夢のなかに



わらしべ長者も


いきづまりお寺に忍び込んで眠りこけました。





亡くなったお母さんが出てきて


「Let it be(あるがままに)」と語りかけられたということですが



このシンプルな語の解釈が☯ムズカシイですが


イメージそのものとして感得できます。


— 説明はできない = 不立文字 わかるのに☯わからない。




「Mother Mary」が現れて


「知恵の言葉をささやく」といえば


聖母マリアを連想しますよね。


双方はとても関連の深い存在で


ユング心理学では


自分の母親と縁が薄い人は


グレートマザー(太母)と結びつくしかないと言いますし


『崖の上のポニョ』の母親は


グラン・マンマーレです。




智恵の言葉「Let It Be」も


日本人ならば



「どうにもならないことを無理に変えようとせず


あるがまま受け入れよう。


そうすれば、いつか答えや光が見えてくる」


無我の意味として



自我の思い通りにはならないもの


ウィトゲンシュタインなら


無駄なこと考えるな💢かな🤔



仏教的に聴こえます。


確かに


諦めた時に



なすすべがなくどうしようもないから


— 行動が変化している。


なにもしないとき


— こころも変化している。


実は明らめている。= 諦念



上手くゆくということはわりとありますよね。



覚った人は


通過儀礼(イニシエーション・洗礼)だったと感じる。



歌詞の中盤では


さらに


観音さまのように



お寺にあるようなピカピカした姿では


子どもが怖がるから


お母さんの姿になって現れるそうです。



『大丈夫だよ』


『心配しなくていいよ』とうたいあげます。



「心が傷ついた人たちも、いつか答えにたどり着くだろう」


「夜が雲に覆われていても、自分に差す光がまだある」


— 「今が暗くても☯必ず希望は残っている」 日にち薬


 



ジョン・レノンが離婚したときにも


息子さんのことを思って


「Hey Jude」を書きましたが




両親の離婚に傷ついていたジュリアンを励まし


「落ち込まないで」


「君ならこの悲しみを乗り越えられる」というメッセージ




世界中の人々のこころに寄り添い続けています。


 


「状況そのものを魔法のように変える」のではなく



ハッピー💊ドラッグのように



叱咤激励するのでもなく



認知行動療法のように



「傷ついた心に寄り添って


少しだけ前を向かせようとする」


— 具体的には非指示


やさしいまなざしで見つめられるのは


お母さんとの関係が



前記事チャイコフスキーらと対照的



まるで信仰のようだったから



母メアリーへの想いを込めた「Yesterday」



普遍性があるのでしょう。


 


1968年リリースの


オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(Ob-La-Di, Ob-La-Da)が



ナイジェリア人のコンガ奏者の口癖


— 完成バージョンのメンバーには含まれていない。


どのような状態でも


こんな風に


淡々と


歌っていればいいというような歌



『幸せなら手を叩こう』のようだと思えば



1964年



この曲も


作詞家が



生命倫理学者



学生時代フィリピンボランティア活動をしていた際に


耳にした原曲を


帰国の途に着いた際に


旧約聖書の 詩篇47篇 を参考にして


 詞をつけたものが元になっているそうです。


しかも


仲間内の愛唱歌として歌われていたのを


偶然、坂本九が耳にし


いずみたくの元にうろ覚えのまま持ち込み


それを元にいずみが採譜してレコード化


全国的にヒットしたものだそうです。


 


うたのつくられかたにも


目に見えない現象学がありそうです。



フッサールのように


頭で考えて動かすのではない。


— 文学では三文小説と呼ぶ。