見てる間は、A級戦犯の人の話だと思ってた。

ある意味、世界の歴史として重要な出来事のお話です。

映画「明日への遺言」


このお話は、実在の人物岡田資の話である。

この人は、BC級戦犯として東京裁判で裁かれている。


ではなぜA級戦犯でもないこの人が戦後のこの時代に映画化されるにまで至ったのか。

一つは、品格ブームだったのがある。

この映画内でも、他の指揮官は「自分は指示していない。」といい逃れている。

でも、岡田さんは「自分が指示した」として実行した人間の減刑を願い出た。

もう一つは、靖国問題などで戦犯と呼ばれた人への再評価がなされたこと。

これは、岡田が正しき人として描かれていることからも見て取れる。


さて、映画の感想ですが、まずはこの人結構運が良い。

実際はどうだったのか分からないが、弁護士がとてもちゃんと仕事をする。

本人も英語できるのだけど、翻訳家も結構頑張る。

お陰で、観客も裁判官も徐々に好意的になっていく。


あとは、主演の藤田まことの重厚感がすごい。

裁判中は、毅然として自らの主張である、法に適合しているという主張を繰り返す。

東京裁判自体、はじめから結論ありきの裁判だったらしいのだが、これが裁判官の反応を変えていく。

部下の将校たちにも毅然とした態度をとれるよう、指導していく。

全てを巻き込み変えていく、それがオカシクないほど藤田まことに空気があるのがすごい。


これは、東京裁判への問題点を岡田中将という人を通して描いている。

そういう面もあります。

でも、岡田資という人をしっかり描いた作品といえる。

上に書いた将校としての一面。

部下となる青年兵たちの人生の先輩としての一面。

父としての、夫としての一面。

そして、この普通の人間としての面を素晴らしく描き出すのが祖父としての一面だ。

裁判での毅然とした軍人とはまるで別人のような、どこにでもいる「おじいちゃん」。

戦争の異様さを知りながらも、元々の軍人は別なような気がしていた自分を裏切ってくれる場面だった。

当然、天皇崇拝の時代だったし、今とは思想もいろいろと違うでしょう。

でも、自分たちの祖父母を見ても分かるように、人間の本質は違ったりしない。


戦争状態の中の法、人の本質、軍人、いろんなことを岡田の東京裁判から描いている。

これだけを、こんなに自然に描けていることが日本映画が長年培った強さなのかも知れない。

ノンフィクションだけど、決して記録映画的ではなく、フィクションになってしまってもない、素敵な映画です。

ふらっと借りて見てしまうから不思議だよね、ジブリって。

映画「崖の上のポニョ」


なんとも不思議な映画です。

簡単に言うと、昭和の日本版人魚姫?みたいな感じなんだけど子供なんだよね。

この映画、素直に見るととても楽しい映画です。

何も考えずに観ることができる。

まぁ、明らかに普通の人も魔法使ってるだろってぐらいすごいけど、ジブリですから。

そんなくらいで観れます。


ただ、最近の宮崎駿さんは何かと環境問題をくっつけたがるようで。

端々に環境破壊によって失われるもの的なフレーズが出てきます。

エピソードじゃありませんが。

正直、なくてもいいかな・・・と思います。


ジブリらしさの部分では、絵が綺麗、滑らか。

そして、CGを挟み込みすぎないので、明らかに絵なんだけどそれが逆に自然に見える。

その辺は、さすがと思ってみてしまった。


ストーリーもどうしても大人を意識した作品が多い中で、子供のための作品って感じがしました。

大人目線で斜に構えてみると、突っ込みたくなるかもしれない。

でも、素直に見てみるととても素敵なストーリーです。

子供が本当に純粋かはさておき、純粋にただ楽しむつもりで観ると美しさが染み渡ってきます。


とにかく何も考えず、裏とか現実とかまどろっこしいことに捉われず、純粋な心で観てください。

その中では、とても素晴らしい作品です。


2日連続重たい話の感想です。

漫画「ぼくらの」


この作品は、ロボットSF漫画です。

でも、人の心理というのをがっちり描いています。

この作品は、普通のロボット漫画と違う点がいくつもあります。

・まず、世界観はまさ今現在。

・ロボットは、人が開発したものではない。

・良い、悪いとか思想がない。

これだけの要素があるロボット漫画です。


この作品は、冒頭で臨海学校に来た子供たちがゲームに参加することから始まります。

これは実は、ゲームではなくロボットで戦う契約だったのです。

そして、ある重大な事実を1巻も終わろうかという時点で知らされます。

このロボットで戦うと命を失うのです。

しかし、戦わなければこの世界の全ての生命が消えてしまうのです。


この作品の見所は、各キャラクターの性格と人生の複雑さがあります。

主人公達はみな小中学生の子供。

いまだに、社会や複雑な人間関係を知らない。

でも、大人以上に敏感に周りの悪意や逆に光を知っている。

そんな子供たちが、世界の全てを託されるのです。


それぞれの人生はとても劇的なものです。

それらを死と向かい合う過程でとてもしっかり描き出されます。

その中で、人間の弱さや強さをまざまざと見せ付けているのです。

この作品は、そんなものを描き出す脚色にロボットとSFが使われます。

人間というものをとてもしっかり描いているのです。


全11巻で完結したこの作品。

最後まで、変わらぬテンションで、どこか暗く、どこか明るい、そんな作品です。

子供は、成長するようでその間もなく、人生を終えます。

どこか理不尽に不条理に与えられる死と向き合う素晴らしい作品だと思います。



とにかく、名優揃いの映画です。

映画「半落ち」


この映画を書くことには、ためらいがあります。

若輩の感想は、薄っぺらくなりそうな気がする。

それほどまでに人というものに深く迫った作品です。

そして、それを描き出すに足る名優が揃っている作品です。


まず、「半落ち」とは犯罪の事実を認めているものの、細かい内容について話していない状態らしいです。

この作品でも、冒頭に主人公は妻を殺したと自首してきます。

しかし、妻を殺してから自首まで空白の2日間が存在します。

その間の行動が、大きな争点になってきます。

ここでポイントになるのが、犯人が警察官だったということです。

元は優秀な刑事であり、現在は人望の厚い指導員になっています。

もちろん、警察はこれを美談にしようとします。

警察官の殺人は世間に大きな波紋となっているからです。

その中で、警察は無理やりウソの自供を引き出します。

その結果、落ちたとみなされ立件されます。

もちろん、ウソなのでその部分は本当に落ちていない部分となります。

これが、ずっと半落ちのまま残ります。

なぜ言わないのか、そして何を言わせたいのか、これがこの作品深遠さになって行きます。


この作品の主題の一つには、介護問題があります。

主人公の奥さんはアルツハイマー病にかかっており、言動がおかしくなっていきます。

そのため、旦那に「殺してくれ」と願うようになってしまうのです。

そして、その願いをかなえてしまう。

これがこの作品の中に影を落とします。

関わっている人がそれぞれの立場から、その問題に向き合います。

ある人は同情し、ある人は軽蔑し、ある人は尊敬すら抱きます。

しかし、その行動が悪であることは誰よりも行った本人が理解しています。

目の前でおかしくなっていく大切な人・・・。

これにどのように接するかことができるのか、社会がある中でどこまでも続く問題だといえます。


犯人の男性は、この犯行の直後に自殺しようとします。

所謂、無理心中に近い状態だといえます。

でも、死にませんでした。

この心の動きがとても深い部分です。

重い罪の意識、様々な絶望、その中に残る希望。

陳腐な言葉かもしれませんが、希望があれば生きていける。

そのことを実感させられます。


これだけの作品を描き出すために、素晴らしい名優が揃っています。

若手の人気俳優はいませんが、ベテランの実力派が揃ったという感じです。

犯人は寺尾總、追求する刑事に柴田恭平、弁護士、記者、裁判官と名優が揃っています。

それぞれにも家族や同僚など大切な人がいて、名優が揃っています。

その中でも、被害者の姉であり犯人の義理の姉でもある人間の役である希木キリンさん。

奇抜な役を含め、特徴の濃い役が多い方なのですが、今回はとても普通。

でも、そこがとても素敵です。

普通な分、感情がより浮き彫りにされます。

そして、この義理の姉こそこの作品のキーです。

家族を殺した家族に向ける感情とはなにか。

よく知るからこそ、複雑なものになっています。


人を描き出す作品は様々ありますが、その中でもとても深く描いていると思います。

妻を殺すということを、ただの美談でなく描くこと。

それがこの作品の素晴らしさになっているのだと思います。

最初は、AKBの前田敦子の演技力を知りたいと思ってみました。

今は、見た直後にも関わらず感想を書きたくて仕方なくなってます。

そんな作品です。

映画「あしたの私のつくり方」


冒頭に書いたように、前田敦子が成海璃子とW主演になってます。

前田敦子は、これが映画の初出演でその後はAKBの中では演技No.1ということになってます。

たしかに、上手い。

成海璃子と比べると低いけど、初めてにしてはちゃんと演技になってる。

他の同級生などの同世代は不自然だし、先生役の大人にも微妙な演技のひといっぱいいるのに。

あと、「高岡蒼甫」の演じてる雰囲気の教師が女子高にいたら、絶対生徒を狙ってる。

↑もっと役作りしても良かった気が(`・ω・´)

「くぼた」さんはもっと可愛くても良かったのでは・・・。


さて、特に経験のない人間の身勝手な演技批評はこの辺にして、ストーリーです。

物語は、成海璃子さん演じる普通の女の子「寿梨」の語りを中心に進みます。

前田敦子さん演じる「日南子」は、小学校のほとんどをクラスのアイドルとして過ごします。

しかし、卒業2ヶ月前にに些細なことで「くぼた」さんから「いじめられっこ」役を引き継ぎます。

そして、中学3年間はこの役回りは続きます。

ただし、ありがちな陰惨ないじめシーンに長い時間は割かれません。

高校になり、「日南子」は引っ越すことになり、「寿梨」はそのことを聞いてメールします。

しかし、「日南子」は「寿梨」に気付いてない様子。

そこで、「寿梨」は他人の振りをして「コトリ」と名乗り、架空の転校生の友人「ヒナ」について語りだします。

そして、「日南子」は「ヒナ」のマネをして振る舞い、人気者になります。

そこから、二人の周囲の環境に変化が起こりながら、素敵なラストに向かっていきます。


ここまで、ストーリーをここまで書いたのは、どうしても感想に必要だからです。

まず、メールという匿名性がそれなりに高められるツール。

ブログもそうですが、顔が見えない分だけ、ある意味好き勝手書けます。

文章となるために、完成度を上げたり、ある意味フィクションを書けます。

そのようなツールを使うことで「ヒナ」はより完璧な存在になります。

そこで作り上げていく過程が、とってもリアルになってます。

この現代に発生したツールを普及した、当初だったにも関わらず効果的に使っています。


そして、もう一つが自分のかぶるウソの仮面です。

これは、メールの現代ツールとは反対に普遍的なテーマだと思います。

特に、実は子供時代の方が顕著なのかも知れないと思える部分です。

ここでも、「日南子」は「ヒナ」という仮面をかぶります。

「寿梨」も「コトリ」だけではなく、周りの望む自分であろうとします。

「日南子」がいじめられたのは周りが必要とした役柄だからです。

そんな演じている部分というのを二人は、自分の中でしっかりと消化していきます。

この結果、たどり着いた場所は書けません、物語の最大の見せ場ですから。


メールという現代ツールが使いこなせること、過度に周囲の中にあろうとすること。

これは、学生時代特有のものなのかも知れないと思います。

そして、なかなか自分では演じていることを認めたくない年頃なのかとも。

この部分を描く作品を高校生くらいで演じている二人はやはりスゴイ。

どこか、違和感を感じてもおかしくないのに。

高校生くらいだと、自分は自立しているからと言いたくなるコロなのに。

「大人に良いと思われたい」とか「周囲にあわせてる」とか認めたくないコロなのに。


この作品はキャッチコピーに「大人になった少女たちに見てほしい」というものを使っています。

正直それだけでなく、大人みんなに観て欲しいと思います。

そして、学生にも観て欲しい。

きっと、観る人によっても、観た年齢によっても、全然感想が違うと思います。

僕も、観たのが公開された3年前とかだったら感動しなかったかも知れないと思います。

これがこの映画の素晴らしさだと思います。


この映画は、大人に置き換えていたら、劣化してしまうのだろうと思います。

思春期の青春ドラマだから、リアルなんだろうなと思えるのです。

子供だから、避けられないもの、打ち砕けないものがしっかり描かれています。

そして、子供だからたどり着けた答えなのだろうと思います。

「寿梨」と「日南子」のつむぎだした答えに心を揺らしてください。