いにしえの将軍家の庭園から、荒漠とした河川敷きへ - 常陸太田市 西山荘、西山公園、久慈川河川敷き
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常陸太田市の西山荘と隣接する西山公園に行った。徳川光圀(水戸黄門)は引退後に西山荘で暮らした。
がっつり曇っていたのだが、帰路には青空が広がり始めたので、思い立って久慈川の河川敷きにも足を延ばした。
河川敷きは荒漠としたエリアだ。大雨が降れば河川敷きは冠水する。だから河川敷きに細かく手を加えても意味がないのだ。
ずいぶん久しぶりなのだが、もし行かなくてもこの風景が広がっていると感じるのは、楽しいことでもある。
「ねえ、知らなかったの?きみが行っても行かなくても、もちろんそれはあるものなんだよ。世界はきみを中心に回っているわけではないんだからね」
「うん、だからね、そんなエリアをめぐりたくなるんだ。ま、いわゆる調査ってやつかな」
「調査だって?馬鹿なの?タヒぬの?」
「なにがタヒぬだよ、ヤングな言い方するな、阿呆」
「あ!言ったな!、うるせえぞ、うるせえ!」
「・・・」
天候が穏やかな日、龍神はただ眠っているだけなのだ。ただ龍神の子たちが、通り過ぎる人々に話しかけてくるのだ。