表面の荒れた白っぽい壁の中で、眠るともなく眠っていると、屋根を打つ雨の音。
── ふと雨の音に耳を澄まし、気持ちが雨の側に行くと、壁はその姿を消し、僕は雨降る中にいる。
あるいは、波に洗われる浜辺なのか。── 雨に降られ、木の葉のざわめく浜辺に。── 夕暮れ時ともなれば、舟は岸辺に引き上げられ、夜空の星の下、舟の姿。(1/21)

石畳のゆるやかな坂道。両側に連なる古びた土塀。
家々、静かな生活。── ほんの一歩だけ遅れる、生活のその時間。(1/22)

「青木繁などはうまいが、見えない裏側を描けていない」。
この言葉に、梅原龍三郎は同感したそうだ。── 求めているものが何かの問題だろう。(1/11)

郊外。土のむき出しになった、黒く冷たい田畑の彼方には山々。
田畑の中に、一ヵ所、肩を寄せ合うように墓標。
背後を二両編成の私鉄電車が走ってゆく。── 山々の手前の、冬の空を真っすぐに飛んでゆく鳥。(1/20)

スタインベック。「朝食」。
「おれたちはこれで十二日間、美味いものを食べているんだ」。(1/9)

二日前、外に出ている時、彼女たちが二人で来たそうだ。(1/29)

友人がアテネから送ってくれた絵葉書に、夜のアクロポリスがうつっていた。
照明の中の廃墟というものは不思議なものだ。
── 人が自らの力でもって文明を築き上げてゆき、しかしその文明の本質にあるものが、それを築き上げた人々を、結局守ってくれないことが分かった時、文明は死滅するのか。── それならその文明は、最初から死滅の上に築き上げられてきたのか。
── 廃墟、それは、砂漠の人々が遠く見つめる蜃気楼なのか。(1/20)

国木田独歩。いつ晴れるともしれない吹雪の中にビバークし、友人とわずかな酒で暖を取っているような姿。
── 誰が言っていたのか忘れたが、彼の作品からはバッハのチェロ組曲の短調の曲が流れてくる。(1/21)

未知の街のよそよそしさ。
長く住み、慣れればその場所が、安全を約束してくれた気になるものだ。
未知の街は記憶に汚されてもいず、より鮮明に見える。── 何もわからないからだ。
その鮮明さが、僕の内に不思議な緊張感を与えてくれる。(1/4)

よく晴れた街頭。コートを着ている人も少ない。ショーウィンドウからは様々な商品が、行きかう人に微笑みかけている。(1/8)




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街の外れ、子どもたちの歓声が上がっている。
何人かの子どもたちが、小さな水路のある所に集まっている。
流れがトンネルに入って、二メートルほど隠れた後、再び現れる場所で彼らは小さな舟を浮かべている。
舟を流れの中に放すと、それはやがてトンネルの中に入る。
彼らは出口の所で待っている。
「まだ出てこないぞ」。
「ああっ、ひっくりかえってる」。彼らの高い笑いが響く。(5/15)


僕にとって不思議な言葉、「ご縁があったら、またいつか」。(5/4)

弥勒とは、「いつくしみから生れた者」だそうだ。
中宮寺の弥勒菩薩像。竹山道雄は、「各部の末端に仄かな反りがある」ことを指摘している。内から外へと放射しているものがある、「張り」の表れなのだろうか。
──
その黒い肌。── それは閉ざされた悲哀の彼方にあるものを感じさせる。泥と血痕との彼方にあるものを。白ければ、単なる無垢しか感じさせないかもしれない。
──
その硬い素材。── 素材の硬さを感じさせないほどの透明な息吹き。逆に、硬い素材でなければ、あのような確かな存在感 ── 優しさ、美しさといったものは感じさせないのかもしれない。
──
竹山道雄は、少年時代から、この世の中にはこんな人がいるに違いないと思っていたイメージが、中宮寺の弥勒菩薩像だったと書いている。(5/10)

入江。すっかり古びた桟橋は、歩くとぎしぎしと歪んだような音を立てる。
横には小さな舟が二、三隻、使われることもなく停泊している。もう半分ぐらい水につかっているものもある。
桟橋の下には水がよどんでいる。水深はそれほどないのだが、水の濁りのため、底は見えない。
なにもかもが停止し ── 物音は聞こえず、水の流れも感じられない。
── やがては皆、見えないところに沈んでいくのだろうか。(5/13)

雲が大きく切れた空には、黄金色の巨大な光の輪がいくつも連なっている。
僕は墓地の向こう側にいる何人かの人にそれを知らせようとした。だが彼らには何も聞こえないらしかった。
光の輪はいつか一つになってしまい、それは日食の太陽になった。
── そうして僕と親しいものが、僕に笑いかけた。(5/15)

生物は大気の乱れの一点にも敏感だ。
彼。感覚的な消耗の中にいて、極端な敏感さと、極端な鈍感さを持つに至る。
敏感さゆえに、世界の一面に異常なほどに反応し、しかし鈍感さゆえに、壁があるかのように何の反応も起きない。
── その壁ゆえに、考え方はきわめて個性的なものにもなるだろうが、── 敏感さが消えてしまえば何も残らないのかもしれない。(5/14)




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あらたな植民地に舟は向かう。その内の多くは廃墟に埋もれ、許されてある方向にだけ、果てもなく舟は進んでゆく。
── 文明における試行錯誤。許されない方向に、数知れない廃墟。(8/16)

朝、家々の窓が開き、あの少女が笑いかける。
── 光る風が荒野の姿をさえぎり、楽の音。(8/15)

ふと振り返る砂浜に、足跡など残ってはいなかった。
彼はその消えた足跡とともに、彼の得体の知れない疲労感も消え失せていることに気づいた。
── 病んでいたのか、だが、なにが病んでいたのだ。
そのような、ささやくような問いかけすら、足跡とともに波の音の中に消えて行った。(8/19)

「もっとリラックスなさいよ」
「眠るときはリラックスしているんですが・・・」(8/12)

フェルディナンド・コンラートのバロックリコーダーの演奏が、かつて好きだったのだが、久しぶりに聴いてみて、そこに一つの特質があるのに気がついた。
フォルテ、フォルテッシモにおいて、力というものが内から表出するものではなく、作り上げられたものという感じがするのだ。
同じように、ピアノ、ピアニッシモにおいては、休息が作り上げられる。
── 作り上げた休息は、消えることがない疲労を背負うだろう。力も休息も作り上げるものではない。(8/9)

村上もとか。「たしかに、おれたちは下らん人間だが・・・、刃物は・・・刃物は下らなくねえ」。
── 一切の運動の減速は、ただ「幸福」の中にある。(8/18)

ローリング・ストーンズ。焼け付く喉。赤と黒との砂漠。(8/10)

朝は雨が降っていたのだが、昼、設計室の外に出るとすっかり上がっていた。ビルの上の青空、白い雲。
別の場所に用事があった。
途中、小さな公園を通り過ぎた。三人の男がベンチに座っていた。
「そうだよ、あの野郎、いつもああなんだ」
── 横の寺に木々は茂り、ところどころ青い小さな花が咲き、木の柵と壁。
── そんな不思議の横、終わることのない告発の言葉。── つらぬく時間が、告発を痛めつけてゆく。(8/7)

芸術作品。そこに描かれているものが「処罰の光景」であるなら、より良い芸術作品ほど、より本質的な罪業の一面を持っているはずだ。(8/14)

バッハ。「フーガの技法」。
風景は人に幸福を与えるものではなくなり、存在のざわめきとなる。
この音楽に僕は、回帰というものを感じる。
ニーチェが回帰の思想を見出したとき、その瞬間に見ていたという波の単調なくり返しのざわめきを、僕はこのフーガの技法に感じる。(8/19)



水石の世界 The Art of Natural Stone~バッハの「フーガの技法」とともに




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海岸線に沿って、銀の線路は走る。夏草の香と、開け放された家々の窓と。
この場所、かすかに潮の香は漂い、波の音が響いては来るが、── 海は見えず、陽光の下に家々の屋根。
── 男と女が浜辺に降りてゆく ── 手で触れることすらできないものを求めて。
── かすかに潮の香は漂い、波の音のひびくその街、故郷よ。(10/24)

川沿いの、堤防の上の道。
昼下がり、川と野草とのざわめきが、彼方に広がる黒雲を知らせてくれるのだが、── 川面には無数のきらめき。子供たちは黒いカーテンの手前まで走ったら、また戻ってくるのだろう。
──
なにもかもを打ち壊して侵攻していくものがある。その侵攻に背信する人々を処刑場に送り込みながら。
波打ち際の轟音はどこにでも響き、常に新たな告別と歓喜との侵攻が、牢獄を打ち砕いてゆく。(10/24)

風の中、無数の旗は赤道の真下の極地を走る。砂漠は燃え上がる、都市も、地下室も。(10/15)

快晴の秋の日。家々の壁は肌のようだ。色褪せはじめた木々の無数の葉。
風と日々とは走り、その中に所々、一瞬輝くもの。
── 路上、転倒した子供が泣いている。
人のいないホームから見える、朽ちてゆく秋の風景 ── 忘れてしまったものは何なのか。
──
家々の肌に刻み込まれる影、禁忌を持たぬ子供たちは転倒し、泣き声を上げ、そうしてふたたび起き上がり、走り出す。
風と日々とは走り、その中、壊滅していく神殿と予測と。(10/22)

長い橋を渡り、新しい街を通り抜けてゆくと、木々の茂る丘があった。
遠い昔の古墳だった。木々の多いその付近、細い道路の両側には古びた家々。
── 立ち去った人々が残した、何も語らぬ彼らの思い。(10/22)

曇り空。太陽はもう沈んだのか。
光は次第に失せてゆき、橋の上から見る川面には、淡い靄も出て来たようだ。
── 闇の手前に立つ少女の笑顔は、今でも現れはするのだが、── 疲れ切った魂は、暗い安息の底へ、底へと。(10/20)

鉄条網の向こう側に、人は花束を投げ込む。
暴力は、はや処刑され、── 鉄条網の冷たい輝きの向こう側に、人は花束を投げ込む。
放棄された無数の植民地に生きるものの姿は絶え、── 悪魔のしつらえた寝台で、また一人、誰かが死んでゆく。(10/11)

「それはいけない、こちらへ進むのだ」。牧場ではモラリストたちの高らかな声。
「そちらは汚れている。こちらへ進むのだ」。だが汚濁など、どこにあったのか。
──
さすらう夜の裏通り、ネオンの連なり、客引きの声。
光と音と臭気の混沌。── それは確かに、「大僧正様の御座」と同じ広間にあった。(10/16)




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思い出の中の夏。それはいつも、ある種の涼しさを持っている。
鮮烈な浅瀬に満ちる光 ── あの日の尾瀬。広大な空間に満ちる光と、清烈な水と、そうしてはてしない静けさと、そうして・・・。(7/22)

阿修羅、永遠の戦いを続ける彼は、複数の顔を持つ。
── 苦痛に歯噛みする少年のような顔と、哀しむ女のような顔だ。(7/22)

涼しい日が続く。眠っている最中に土砂降りになった。── 眠りの中で僕は海を思い出していた。(7/20)

塀の上に風呂敷包が置いてあると思ったら猫だった。(7/20)

やや丸顔の可愛らしい顔立ちをした女。彼女は占いに凝っている。
── 僕にいろいろな話をしてくれた。(7/15)

サルトルは心的なものをプシュケーと呼んだ。
ギリシャ神話のプシュケー。── おっちょこちょいのプシュケーは、若く美しいエロースと愛しあい、エロースはプシュケーを神の座に引き上げる。(7/20)

夕暮れ時に降ったり止んだりの雨。夕時雨は冬のものだが、夕時雨を思わせる雨。
涼しい風の中の夜。こんな時間にどこかから聞こえてくる水の音。(7/14)

芥川は詩を重視した。詩という名で限定しているわけではなく、詩的なイメージを浮き上がらせることを重視しているのだ。── 密度の高い緊張感を持つ詩的イメージをもつ作品を。(7/13)

雨に濡れた灰色の夕暮れ時。涼風が吹き抜ける中、建物は皆、居ずまいを正してどこかを見つめている。
遠くから響いてくるのは鳥の声だ。そうして涼風の中に水滴の音も。
── 川に沿った、草に囲まれた長い道。(7/3)

悪魔。「私を信じるって!?そう、信じればいいのだ、それだけで充分だ。
私のすべてを見たいって?いらぬことさ。私が持っているのは、この美貌だけなのだから」。(7/1)

文学論。どこかの喫茶店か何かで交わす文学論もあるし、夜の雑踏や野外の太陽の下にある、言葉で交わされない文学論もあるだろう。── 両方とも必要なのだ。(7/4)

「残酷なのは嫌いだ。荒っぽいのは好きだけどね」。(7/16)

誰も泣いてなどいない、静かにうつむいているだけだ。
── モーツァルトの「クラリネット協奏曲」へ、青木繁の最晩年の絵画へ、中原中也の「わが半生」へ、芥川龍之介の「蜃気楼」へ。(6/27)




Mozart, Concierto para clarinete en La mayor K622




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いくぶん、体の方は健康を取り戻したような気もする。
雨上がりの午後。横になって上を見つめていると、ほこりがゆるやかに空気の中に漂っているのが見える。
それを目で追っていたあの幼少時の記憶が、透明な炎のように、一瞬よみがえる。(10/4)

パチンコで大負けした友人が言った。
「小遣いを賭けて、小遣いが無くなっただけだよ、人生を賭けたわけじゃない。人生が無くなっちまうからな」。(9/30)

ランボーは表現を破壊することを教えたのではない。新たな表現は破壊されてさらに新たになっていくことを教えたのだ。(9/22)

今朝、夢うつつで、僕はハープシコードで演奏されている音楽を聴いていた。
ラジオをつけたままにしていたのかと思いながら聴いていた。
だがすぐに、それが自分の頭の中で流れているのに気がついた。そうして、気づくと同時に音楽は終わってしまった。
──
それに前後して、僕は無数の言葉を頭の中で連ねていた。
単語それぞれの意味を考えると、その言葉は意味をなさないメチャクチャなものだった。
ただ語感だけの文章が流れていたのだ。これも気がつくと同時に、終わってしまった。(10/8)

彼方の夕陽の下に、都会のコンクリートのビル群は皆黙している。
所々には高く水銀灯の、神経を感じさせる光。
無数の線路が白く光って、ゆるやかにカーブを描いている。車中からは、皆黙って、遠い夕陽を見つめている。
── 水銀灯ばかり見える視線もある。(9/17)


スタン・ゲッツ。この季節の夜の雑踏の中を、ズボンのポケットに手を突っ込み、空を見上げながら歩いていく。(10/3)

子どものころ。母の実家へ行く電車の中で、僕はすっかり退屈していた。決められた空間内で長い時間を過ごす事は苦痛だった。
僕は妹を引っ張って、電車の中を歩き回っていた。
同じ車内に、力士が何人かいた。
「あ、おすもうさんだ」。
僕らは少し離れて、彼らを珍しそうに見ていた。
それに気づいた一人が、手招きして僕らを呼んだ。
「年、幾つだ?」
僕は指を七本立てた。妹は真似をして指を五本立てた。
彼は笑顔で僕らにキャラメルをくれた。(9/24)

あの夏の日。山の中の長い登り坂、長い茂みを抜けてたどり着いた、高原の広い野原。
── 目に映る光に眼がくらんだあの日々。(9/24)




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波は浜の奥にまで白く光りながらなだれ込む。── そうして、引いてゆくときには澄み渡る。(5/14)

未知のカーテンを通して不思議な植物の香が漂ってくる。
── 壁の中での自由。そこが始まりだった。
壁の中に沈黙する意識の前に妖精たちはやってくる。不思議な香と、音と、彩色と。
未知のそのカーテン。次第に満ちてくる熱と、かすかな湿気。── もう四年にもなるのか、繰り返し訪れる夜が。(5/11)

夜の雨。都市の路面を濡らし、乱反射する光は、にじみ、そうして歪んでいく。
── 観客席を出れば、舞台の上の真剣さも怠惰も、この路面を歩く人々には、別物なのだ。
── 都市の夜の雨。万象のざわめきの中、リズムだけは最後に残り、これから生まれるものの母体となる。(3/12)

都市。小雨の中の一日。悪い夢の後の灰色の雑踏。高架線路を走ってゆく電車の轟音。
かと思えば、通りの横、焼き付いたエンジンの雨に打たれる音。── 流れない水は濁っていくばかりだ。(3/10)

懐かしさを感じさせる下町。
細く折れ曲がる通りの両側には、ふぞろいな家々の軒。そうして鉢植えの植物の姿。── そのような場所は僕に、心情の自由な飛翔を感じさせてくれる。
── だがそれは子供たちにだけ与えられたものなのかもしれない。
遠くにはビル群の灰色の姿。
時おりやってくる風の中、鉢植えの花々のかすかなざわめき。(3/7)

夏。陽炎の中、雑踏の人々の姿。そうして建築群。
それらの姿はゆらめき、色のない炎となっている。高まる気温はなにもかもを天へと引き上げる。
夏、拡大の歓喜。
──
窓は光に満ち ── 牢獄は地下へと遠ざかり続ける。
友、恋人、皆がどこに住んでいようとも、その身の血と熱とは、「同じ人々」をつらぬき ── 陽炎は燃え上がる。(6/24)

この街から離れる日が近付いている。
目を閉じると、故郷の海のざわめきがやってくる。防波堤の先の赤い灯台。── 停泊している漁船の数々。
午後の日差しの下に、休息のその時間。
── 静けさの中のその時間、彼方の灯台は何を語っているのか。
── 海原を、体の乾いた鳥たちは走ってゆく。(3/2)

未来への、淡いもやの中へと延びる糸の一本が、ひっそりと切れていく。
── 秋の彼方の日々。日差しの下に広がる墓地。その墓標の沈黙。
木々。遠くの地を指して飛翔する鳥たちの姿。
あの白い部屋の中にともされるかすかな炎はいずれ消え去るだろう。
風の中、「この瞬間」の輪郭ばかりが、いつでも目の前に広がっている。
── 「転入届」を出さなければ。── 僕は、「近づいている」気にでもなっているのだろうか・・・。(3/7)




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風景に秋の彩色は入り込んでくる。
夏の日の澄んだ熱の中に乱舞する彩色と香との、それら妖精たちの姿は、
── 向かい合う少女のその笑顔にも重なる、それら妖精たちの姿は、どこへと、遠のいてゆくのか。
── ともに向かい合うことをやめ、よく知っている北国の生活の中へと戻ってゆくのか ── 路上に、木々に、街々に、悲惨と歓喜と、それらすべてに秋は。
(8/26)

芥川龍之介。「歯車」
僕は苛立たしさよりも苦しさを感じ、何度もベルの釦を押した。
やっと運命の僕に教えた「オオル・ライト」と云う言葉を了解しながら。(9/3)

やらなければならないことがたくさんあるが、ほとんどが手付かずだ。
義務として受け止めず、「僕そのもの」、僕自身の活動と考えること。(8/31)

荒野。彼方まで広がる焼け跡。倒れた、数知れぬ柱。
この風景の中、なお燃え上がっている炎は何なのか。── 焼け跡の彼方には、城壁。(8/21)

長い間、僕の歩いた田園地帯。自らを何ら語ることのない、数知れない生命。
── 僕がそこに差し挟んだものは、なんだったのだろう。
荷を背負い込み過ぎ、僕はただ虚構を差し挟もうとしてきたのだろうか。
── そんな時、風景はいつでも、沈黙の、拒絶の輝きしか放ってはいない。
(8/31)

鏡を磨き上げて、そこに世界を見つめようとする男と、風景に彩色を施し、そこに世界を見つめようとする男と。
── メドゥーサとの対峙。芸術もまた。(9/4)

彼方の水平線から、風と波とは手に手をとって走ってくる。
── 時間。この都市の建築群の中、何をも確かめることなく歩いてゆく影。
(8/23)

眼前の黒い森の、不思議な重たい音。逃げ場もなく、隠れる場所もなく、そこに立つ少年たち。
── 切断。壊滅してゆく情愛の中、少年たちの存在。── 燃え上がり、巨大化する彼方の蜃気楼。(8/28)

暑い日差しの下、初めて歩く道。── 数知れぬ事件の群れ。
少年の日々の闇への恐れ。それは正当だった。── そうしてそこで求めたのだ。闇を、そう、「街」のすべてを知ることを。
知られるべき確かさ。数知れぬ信仰。── 数知れぬ事件に破壊されながら。
(9/3)

雑踏。人々の表情と、声と。── 家々、空。窓という窓が、生活というものを示している。
夏も過ぎ、季節の中、ふと立ち止まれば、その場所にいつでも、光は、音は、熱は、そうしてあらゆる感触はある。── 殺戮の風も、そうして優しい声も。
── 家族に手紙をまとめて書く。のびのびになっていたが、これでほっとした。
(9/2)



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宙を走る細い銀線。── 細身の、黄金色の影を持つ男女が、笑いながらその上を歩く。
無機質の世界の中で、「生活」は抱かれる。── 地上の最上の富。(2/9)

雨、── 深夜、ひろがる街の灯も雨の中だ。腕に道具を持ち、背に影を負う無数の生活。行きかう表情。
求め過ぎれば、眼前の沈黙はその裏に、牙を持つ闇を潜ませるのか。
──
潮は満ち、干上がっていた岩場のくぼみを洗いはじめる。
黙す硬い世界の輪郭の中へと踏み込み、万象の運動は絶えることもなく、
── 夜の雨 ── 今は見えぬ太陽は、黄金色の残照を与えれば、新たな場所へと向かう。(2/5)

晴夜。この街は、星がよく見える。(2/6)

「ルバイヤート」の作者、オマル・ハイヤーム。天文学者兼数学者。
詩は余技程度のものだったが、そこには真摯な告白がある。
妖精たちの美しい姿から目を外しきれずに、生活に向かう姿。
──
「解けぬ謎」より。
その旅は、数知れぬ山河を越え、地平線の彼方へとめぐった。
だが、向こうからは誰も来ず、行くだけの道に、戻ってくる旅人の姿はなく。
最初から、無理に引き出された世界なのだ。生きていても、煩悶以外、得るものはなかったではないか。
そうして今は、何のためにここに来て、住み、去るのか。
知ることもなしに、仕方なしに告別をするのだ。(2/12)

シートンの狼王の話や野生馬の話は、僕に不思議な感動を与える。
自由。それは、自己の力を抑制するものを、自己の内から追放していなければ、得られないものなのだろう。(2/11)

雑踏に木の葉は舞い、街の喧騒をしみこまされる。
── 漂い、漂い続け、朝露に濡れた地に落ち着けば、かすかな風の中、地の感触にその喧騒を洗い流していく。
本来の、あるがままの沈黙として。── 様々な喧騒の中を縫い、ハープシコードの弾き出すリズムに乗って。(2/13)

ふと見る、二年半も前の記念写真。── 定着された映像の中に、その日々に信じていたものが、重なって見えてくる。
── 似過ぎていた、なにもかも。それは確かにあの日々、僕を陶酔させた。
── もう、机の中に戻しておくことだ。夢の数々は確かめられ、「代理人」はどこにもいない。
── この世に放り出された命。(2/6)

カール・リヒター。強靭かつ正確な、湧き上がるリズムが様々な表情を持つ音律を支えている。──
彩色の豊かな風景に保証される、人々の行為。そこに表出するもの ── 求めなければ、より多くを与える。(2/16)



水石の世界 The Art of Natural Stone~バッハのオルガン音楽とともに (1)



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少年期。図書館に開館と同時に入り、子どもの僕には高すぎる椅子に、足をぶらぶらさせながら座り、夕方まで本を読んでいた。
頭がやや貧血を起こしたようになった状態で家に帰る、あの不思議な陶酔感。
── そうして夜は、おそらくそのことも忘れてぐっすり眠っていた。(10/29)

ヴァレリー。神々の静寂の上に、長く視線を投げて・・・。(10/30)

極寒の地で流氷はあまりにも美しく、── 流氷に乗ったまま流されてしまう者もいる。(11/2)

朝。茶色のジャンパーを着た男が犬の散歩をしている。
中型の雑種犬はロープをぴんと張りながら、ビニール袋をくわえている。男がそれを取り上げようとするが、放そうとしない。
── 高い屋根にはもう朝日が照り始めている。雲一つない空の下には、まだ夜の重たさを残している建物が連なっている。(11/28)

価値の否定と言っても、往々にしてそれは、別の似たような価値の肯定であったりする。(12/9)

知ってたかい?あの建物には白蛇がいるんだ。おれが小学校四年のときだったかな、見たのは。
校舎の裏で、おれたちが箒でおどかしたら、校舎の中に逃げて行ったんだ。
(10/29)

僕は寒い日が好きだ。十三か四のころ、教科書に同じ中学生の「冬に入る日」という詩が載っていた。こんな内容だった。
── 青い空に風は強く吹いていて、山々のとがった姿がくっきり見える。
家の横には白菜がたくさん積んである。軒には大根がたくさん下がっている。
今日は冬に入る日だ。(11/12)

サントブーヴ。「評論とは、その作家の中に自分の影を見つけることだ」。
(11/12)

冬の日の、良く晴れた午後。
広い畑の中の道を少女が二人、犬の散歩をしている。
ハウンドドッグだ。犬はいつものあの沈黙の緊張をすっかり忘れて、夢中で少女に飛びついている。
「だめよお、だめよお」。少女たちの歓声が響く。彼女たちは高い笑い声を上げながら、犬の頭をなでている。
── 穫り入れの終わった畑道を、二人の少女と犬とは、どこまでも走っていった。(11/20)

カミュ。「なぜ僕は芸術家であって、哲学者ではないのか?それは僕が言葉でものを考え、観念によってではないからだ」。(11/21)

バッハ。チェンバロのためのパルティータ ロ短調。
血は精神の傷口から噴き出す。(10/31)




J.S.BACH "French Overture" Partita B minor BWV831
 - Gustav Leonhardt : Cembalo - [Vinyl record]



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