先日の記事の続きです。
祖母がいるのは
名古屋から約40分のまちです。
そこで 最近サービス付き高齢者住宅に入りました。
93歳。
今年 心臓やヘルニアで3回も手術したと聞いて心配していきました。
(知らずに言ったけど 名古屋アジアスポーツやってて
町中大変なことになってました。かなり直前に宿取ったんですが 本当よく取れたな私!)
元々奥飛騨に住んでいました。
両親の家は 素晴らしい茅葺き屋根の
囲炉裏があり
湧水の流れるお家でした。
祖父と結婚して
だいぶ今どきな家に住みましたが
その家はあまりに広くて管理は大変そうでした。
(部屋もたくさんあるけど さらには蔵付き 池付き)
祖父が亡くなるとすぐに 家を片付け
もっと街中に出てきて
まさに今流行りのミニマリストという感じの
こじんまりした平屋を建てて
住み始めました。
そこはいつも
常に整理整頓されていて
築20年経っても
新築のようにピカピカでした。
そして何よりも風通しがいい!
余分なものを持たないこと 整理することに徹底している人で
性格も本当にさっぱりしている人です。
祖父が死んだら本当にする その時のやたら大きな家を出ることを決め
蔵もあったのですが
ご近所さんになんでも持って行ってと言って
蔵を開いてしまいました。
今考えれば 70で 街中に出るのには度胸が入りそうでしたが それを楽しみ
そしていろんな活動をしているような人でした。
本当サバサバしてて
そして社交的。
細かなこと気にしないのです。
かっこいい感じのおばあちゃんでした。
(名古屋の水族館も本当良かった!)
そんな祖母も90すぎて そんなに手術してどうなってるかな とあったら
確かに 体は 一回り小さくなってたし
多少は気弱になっていましたが驚きの連続でした![]()
なんと
「入院中暇だし」
「どうせもう死んでもいい年なんだから」
「人から聞いたりテレビでやってるいいってことはやってみてたのよー」
と言って 自主トレと自分マッサージしまくったと言って
視力が回復してました🤣
気のせいレベルではなくて もうずっと使ってた老眼鏡を せずに本読めるようになってしまってて😂😂😂😂ちなみに目の手術はしていません。そんなことあるんですねー。
そして ばね指。
こちらも酷くて ちゃんと伸ばすことも ちゃんと曲げることもできなかったのですが
「入院中暇だったから」
「もうこんな歳なら ちょっと指くらい折れても別にいいやって テレビで見たストレッチとかやってたのよー」
と言って、、、
これまで完全にまがんなかった指
しっかり握れるようになってた!
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リハ職のお世話になってとかじゃないんですよ。
自分で!!!!![]()
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私自身 リハビリ職で
やれば指なども多少少しずつ良くなると知ってるし
指導するけど
そんなにやる人もいなくって、、。
でも 90超えてもこんなに良くなるんだ!
って衝撃でした。
いつも驚きの行動力で驚かされてきたけど 今回もまためちゃくちゃ驚かされた
本当 スーパーおばあちゃん!
ちなみに 施設は静かな人が多くてつまらないらしいですが その中で唯一元気で話し合うのは
98歳のおばあちゃんらしいです![]()
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こちらもスーパーおばあちゃん!!!
と そんな祖母と昔話や家族の話してて
繊細なおじの話になりました。今 精神的に弱ってて休職中らしいです。そんな息子のことも「まあ あの子は昔っから繊細だったもんでねえ」「仕方ないね」と カラッと笑うおばあちゃん。私はこの叔父と年も近くて、よく遊んでもらってたので、驚きましたが おばあちゃんはまあ 良くも悪くも ある程度距離を持ってみてる感じ。こういうところにてるかも と思いました。
そして 私に関してのおばあちゃんの評が
「あんた 昔っから 思い切りが良かったもんねえ」
と
ま マジか?!
この人に言われると なんか すごい重みが、、、
私個人的には 「私ってとろくて 恥ずかしがりな子」と思ってたんですが だいぶ違った評価でした。
小さい頃 夏休みは親が商売があるので 夏中ずっと祖母の家で過ごしました。
その時に 一緒に祖父母の持ってた 山椒畑の山椒もり(とること)によく言ってたんですが なんでもそこは草がボーボーに生えてて 私はそこを気にせず わけ行ってザクザク歩いて行ったのに驚いたと話す祖母、、、
その 叔父や 私の妹などは そこを歩くのを嫌がったらしい。知らなかった、、、。それみてまあ この子はすごいと思ってくれてたらしい。
私は 山椒もりの思い出はあるけど 草がどうだったとか全く覚えていない、、、。繊細さがないみたいで(笑)
私は 「小さな頃のんびり(とろくて)で 恥ずかしがり屋で、、、そんな子だったけど
大きくなって 細かいこと気にしなくなって 外国まで流れで行っちゃった」
もんだと思ってたんですが
祖母の目に見えてた私は だいぶ違ったみたいです。
驚くほど細かいことまで気にしいの母には
私はとても育てにくかったと思うし 怒られてばっかりだったけど そんな私の大雑把さを良いものとしてみてくれてた祖母。
祖母の家にお世話になると言っても よくある祖父母のようにやたら甘やかされたりかどに世話を焼いてもらうというよりは 結構小さな時から一人の人として適度な距離で接されて ここがあなたの部屋よと部屋を渡されたその部屋で 自立して自分で荷物整理や布団の上げ下げもして 過ごさせてくれていました。そして 遊ぶのも祖父母と遊んだ記憶はなくて、近所のおおらかな田舎の子達と毎年のんびり遊びました。(毎年行くので友達できた)
毎年夏は1ヶ月以上田舎で過ごすその時間が 幼い頃の私には 思い返せばだいぶいい息抜きになっていたように思います。
あの時間があったから
私はこういうふうに育つことができたんだろうともおもいます。
そんな スーパーおばあちゃんとの対面と
新たな自分発見になったいい旅でした♪
(住みません長くなった)
ちなみに そのせんさいな叔父は 大学生になる頃からちょくちょく うち(祖母の家ではなく私の子供の頃の家)に結構長く居候することがありました。
私はあの細かい母とで大変だったけれど
叔父は叔父で 気にしいの母がいる
あのいえは 意外と居心地が良かったのかもしれません。
マイペースなシロイルカちゃん、ベルーガ🩷大好きです❤️ ここの子達は鴨川の子達より活動的な感じがしました。
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