昨日は娘の友人たちと手芸。


これまでの続きです


職種による性格傾向が

にていて

しかも その傾向が日本とイギリスでも全く一緒だったという話.

その傾向というか 考え方見たいのをちょっと書いてみます。


まずは例え話から

例)何か障害がある人に

少し介助して立ってもらう時


私たちリハビリ職種なら

はまず原理として物理を考えます。

 それはテコの原理であり

 位置エネルギーであり

 時に回転とかも


そうすると原理に当てはめて物理的な関係として

支点(地面に足がついているところ)

に作用点である重心が載るのがベスト

乗らなくてもそれに近づける。


→ そのためには 具体的には

支点(である足の接地点)は引くべき

(あまり前過ぎたら無理ゲーになるので)


あとは位置エネルギーを使えるように

立つなら あまり低過ぎない方がいいし

ベッド→車椅子にするときは少しでもはじめが高い方が位置エネルギーが得られる。



さらにそこに 各病気の特性 その人の色々な体の特徴を照らして どういうふうに手伝うのがいいか最適解を導き出すという感じです。



つまり 根本的な物理の原理があり

→ これに照らした 作業、動作の基本原理があり

→ さらにいろんな変数をこの原理に入れて最適の方法を探す。


つまり ベストの方法を選ぶには その人の個性とか状況と共に 元々の原理を そしてそれがなぜかとかを理解する必要があるのです。




さらにこの 個人の状況なる変数もさまざまで

片側が動きにくかったり弱かったり ってのはまだ単純な方で

片側が感じにくい(感覚障害)だったり

運動障害でも麻痺だと姿勢等によって筋の緊張状態まで変わる。

さらに 人の認識というものがあって それが病気で一般と変わったりもします。

そういう変数についても しっかりと評価して理解して(そこにも 化学から導き出されたり 脳科学からだったり 病気の知識だったりの原理が関わってくる)


さらに これ プラス 環境


そんなわけで

基本原則 ✖️ 個人の状況(とその原理) ✖️ 環境

を持ってようやく最適解を導くって感じです。

(でも伝えるときは どの機器を使って どう持って どこに気をつけてこう立つ とか最終的な最適解のみを伝えるのが普通)


(その最適な方法はセラピストや それぞれのセオリーによって違っても すごくすごく基本の原理は同じか近い)




そして ここでもうひと段階話が変わる


立つ ってのは

普通 「目的」ではない。
人生や 動作においての。


ここが 以前書いた「科学的」の落とし穴と言いますか、、、、、。


立つために立つ人はあまりいなくて

(まあ モデルさんとかは美しく歩くとか立つが目的になりうるかもですが普通違う)

だから

その先に 何か目的を持ってくることで 

→能力がどうであれ立つことが増えるし 

逆に その先の何か目標がなきゃ

→能力があったって立たないこともあるし 間違いなく頻度は増えない → すると能力は自然に落ちる


PTさんで 物理に詳しく方法の解析等が上手い方がたくさんいます。


ただ 多くの患者さんにとって 立つのは

目的ではなく通過点

その先によって 立とうと思うか(どれくらい立つのか)否かは変わってくるのです。

歩くのも全く同じ。

歩行をしっかり解析できることは大切

ベストなトレーニングももちろん大切

でも その先に何があるかで それをするかしないか が全く変わってくる。


特に 脳の損傷の人の場合は そこで言われて立つこと と 自分の生活やらやりたいことやらを 関連付けることが苦手になったりします。


そうしてよく聞くのが

「リハビリ中にモチベーションが低い」

「頑張って取り組まない」みたいな、、、、、。


こういう発言の背後にありがちなのは

「科学的なのは 適切な物理的な評価と それに照らしてベストの支援をすること」というような考えのような、、、、。(あくまで個人的見解、、、かな)



でも

実際は 人が何をどのように理解し

「何を理解し 理解せず

どんな外的刺激により どんな行動が導かれるのか」 そこまでが科学で扱われるんです。


そこには

 ー認知に関わる機能的なことも

 ー(なんなら最近では言われる 腸内細菌の影響もあるかもだし)

 ーこれまでの経験や

 ー個人的性格

 ー心理的なもの

 ー知的な能力や関連づける能力

 ーさらには社会的な環境から受ける影響とか

そういう また別のフェーズの

理解すべき原理があるのです。


こういう部分はやはり STさんや心理や OTが強いような、、、、。


もちろん 大体においてそういう動作分析はPTさんの方が上手なので それをせめているわけじゃなくて あくまで 一つの動作にはそういう全く違った 段階があるということ。


お互いが 得意分野を活かして助け合えばいいのだと思います。

つまり PTさんがそのスキルで立ったり歩いたりするの上手にしつつ

OTやらが その動作を惹起するような 目的をどんどんその人に作っていくというか気づかせていくというか。そうしてチームワークがうまくいくと 患者さん一人一人がどんどん元気に良くなっていく。


逆に PTさんが「患者さんがやる気ない」と言い始め OTがPTさんのその背景に目をやらないことを責める なんてことになると良くないのだけど

結構あるあるだったりする。






例え話長くなったけど

 

すいません 長くなっちゃったけど

とりあえずリハの中にはそういう



[リハビリ全体の考え方として]

通常どういう仕組みでそれが生じるのかを考え 



それができないとき どのように解決するかを さまざまな原理に基づいて考える
(だから その原理を深く知ったり 実際と繋げたりを深めていく)


 でもその中でも

階層みたいなものがあって


人や行動を作っているものたち

    

細胞や部分で見る目
(解剖や化学や)

生物レベルだがそれらのつながっていくレベル(生理学とか運動学とか)

病気に関するもの(内科学や病理や各論や)


人間の作業や行動 日常生活

役割や

心理学系

さらに大きな目で見る社会学系

そして法律などなど入力

のどの部分までを見るのかが職種によって違ってくる。だから習慣として 人を見る時に思考に入れる範囲が違ってくることが多い。

のかなと思います。


もちろん どっちよりかは各療法士によって違いますがね




ああ だめでした。

まだ終わらない泣き笑い


もう1話続きます。

(すいません本当に アメブロネタじゃないですよね。そのうち削除して他で書くかもです)