👤「僕等は、なぜ、生きているのか?何のために生きるのか?」
👤「僕等は、人の”幸せ”のために、生きましょう」
※私の、習い事の先生からシェアしてもらった話です
私の先生は”若い人たち”の、お世話もしています。
その「若い人たち」というのは、安心や安全な環境でなく、生まれてからずっと、よく言われる不安や危険のそばで育つことを強いられた人たち。
そういった環境なので、体に良くないモノを吸っていたりするので、若くして亡くなる方も多いそうです。
その中の“ある子”が...
👤「私は何のために生きているのかわからない」
👤「生きる意味がわからない」
その先生に、よく話していたそうです。
その後、しばらくして、ある時、
その子の住む地域が天災におそわれました。
緊急避難所は体育館、支給品は寝るための毛布が一枚。
そんな場面になると、いつも危険や不安を感じながら育った子は、困っている人や、弱っている人に、気が付くセンサーがとても敏感になります。
その子は、体育館の床の上で、毛布一枚では「腰が痛くて眠れない」と、つらそうにしていた、おばあちゃんに気が付いたので、
自分の毛布をあげて、朝まで腰をさすってあげたそうです。
その経験のあと、先生と再会した時、「生きる意味がわからない」と言ってた、その子が、
👤「先生、私は何のために生きているのか、生きる意味がわかったような気がする」
そう言ったそうです。
どう感じますか?
👤「僕等は、なぜ生きるのか?何のために生きますか?」
👤「僕等は、人の”幸せ”のために、生きましょう」
心理療法家のマシューこと
村岡真匡でした。