きつね住むこの界隈。人様はめったに動物を見ることがなくなった。
そんなもんで、きつねの親子は 良く人様に知られていた。
背骨に沿って毛が銀色の親きつねを「ぎん」
川岸をたまのように転がり走る子きつねを「たま」
人様はそう呼んでいた。
ある夜更け。川岸の藪の中で親子で眠っていると、
「ねえ、とうちゃん。起きてよ」
たまは、ぎんを鼻でつつく。
ぎんはパチッと目を開き、耳をたてすました。
「どうした。」
「あのね。向こうの山の上がさっきからチカチカ光るんだよ。きっと花火じゃないかなと思って
さ」
そういうといなや、たまの顔はしまったという表情に変わる。
「どうしてお前は 花火という言葉をしっているんだ。」
ぎんの鋭く黒い目が たまの慌てる瞳を追いかける。
「とうちゃん。怒らないで 聞いて。いつの夜だか忘れたけどさ、とうちゃんが食べ物を探しに
出かけたでしょ。ぼくがここで隠れていると、人の声がたくさん聞こえたんだ。だから、そ
うっと顔を出したら、たくさんの人が道を歩いてたんだよ。そしたらね、みんな花火を見に行
くって話をしてたんだ。だからね 僕 人間の男の子に化けて花火を見に行ったんだ
よ・・・」
たまの話が終わらないうちに ぎんは歯をむき出し、たまの顔に近寄った。
「いいか。何度も言う。ひとりで化けて 人間に近づくなといっただろう。お前のかあさんは
それで帰って来ないんだぞ!!!」
ぎんの低いうなりごえは、たまらなく怖い。
たまは「ごめんなさい」と背を丸め、体を横たえる。
ぎんも、体を横たえ、たまを包み込んだ。
母きつねは、人間に化けて、出かけたっきり 戻って来ない。もうどれくらい経っただろうか。
その日も、ぎんは家族の食べ物を探しに町中に出かけていた。しかし、店先の食べ物をくわえた瞬
間。店の中から犬がとび出てきて、ぎんの脇腹にかみついた。もう一度深くかみなおそうと犬が力
を緩めた。ぎんは大きく飛び跳ね かわした。そして、勢いに身を任せ、すみかまで逃げ切ったの
だった。
それでも腹の傷は深く、一度体を横たえると立ち上がれなかった。ぎんの横にはもう数日も食べ
物を食べていない たま が 元気なく眠る。
母きつねは すくっと立ち上がり、ぎんと たま をみてほほえんだ。
「わたし、人間に化けて、葉っぱもお金に変えて たくさん買い物をしてくるわ」
「だめだ。危なすぎる。」
「大丈夫よ。わたし、これでも小さいときから化けるのが得意だったんですから。坊や。大事
な坊や。すぐに戻ってくるからね。お父さんの言うこと良く聞くんですよ。」
たま は うん!とうなずいた。
母きつねもうなづくと、さーっと走り出し、みるみるうちに 人様のおんなへと変わっていった。
それが、母きつねの最後のうしろ姿だった。
そのうしろ姿を何度も思い返しながら ぎんはたまに頬ずりをした。
「さっきは、あんなに怒って悪かったな。」
「とうちゃん こわかったよ・・・」
たまは振り返って、下からぎんをにらむ。
「・・・花火みたいか?」
「・・・みたい・・・」
たまは、ふてくされて小さな声で答えると、
「よし、花火見に行こう。」ぎんがうなづいた。
「わーい!!本当に良いの?」
たまは あっという間に立ち上がり、目を輝かせた。
つづく・・・