岸田の婆さんがオイラの部屋を訪ねてきたのは、正午前。
深い眠りについている時だ。
岸田の婆さんの容赦ないチャイム&ノック攻撃で、オイラは目覚めた。
頭が重い。
「厄介なことになったよ」
「管理業者に、難儀なことを言われたか?」
「管理業者は親切に対応してくれたよ。
事情を話したら、すぐに理解してくれて、向こうから登夢くんのお父さんの職場に問い合わせてくれた。
問題は、それから」
岸田の婆さんは地味色の千鳥格子の傘を壁に立てかけると、玄関内に入り後ろ手でドアを閉めた。
岸田の婆さんよ、そんな傘を持っているなら、そっちを貸してくれよな。
オイラ、短距離でもどんなに恥ずかしかったか・・・。
「登夢くんのご両親、どこの誰だかわからないんだよ」
ゴクンッ、オイラは生唾をのんだ。
岸田の婆さんの瞳が鈍く光っている。
「申告していた勤め先は実在しない、保証人もデタラメ。
管理業者は大焦り、警察に届けるそうだよ」
「デタラメの保証人って・・・、 審査するだろ?」
「うん・・・ 審査時に不審な点は何一つなかったらしいよ。
提出する書類に不備もなかったし、毎月のお家賃だって延滞ないって。
あと難しい事を色々説明してくれたけど、私にはよくわからなかった。
気になる事があったら、前村さんから問い合わせてみて」
そりゃそうだ、どんなにしっかりしていても、岸田の婆さんは婆さんだ。
歳を重ねるほどに、理解力が低下するのは避けられない。
特に、日常に必要でない内容は。
「となると、登夢くんを預けるのはリスキーだな。
岸田さんの孫が面倒事に巻き込まれても困るし。
オイラが預かるよ」
背に腹は代えられない、オイラは意を決した。
岸田の婆さんには荷が重すぎる。
それに、事情を知れば岸田の婆さんの息子だって、反対するだろう。
オイラの勤務シフトくらい、どうにかなる。
どうにか…。
「バカ言っちゃいけないよ!
登夢くんは私が責任を持って預かる。
親が何者でも、子供に罪はない。
今となっては老いぼれ婆さんだけどね、その昔は肝っ玉母ちゃんで通っていたんだよ。
子供のためなら、任せときな!」
岸田の婆さんが豪快に胸板を叩いた。
発言を引き金に顔に赤みが差し、肌に艶が出てきた気がする。
いくつになっても女性は女性、母性本能って奴に男は勝てないぜ。
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